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映画

2009年9月10日 (木)

リンチの新インタビュー集のおハナシ

新しいリンチ関連本ネタ。

Lynch_interviews 本家公式サイトではリンチによる「Interview Project」が進行中だけど、こちらは「David Lynch: Interviews」っつーデイヴィッド・リンチのインタビュー集が刊行されるという話題。刊行予定は9月21日、版元はミシシッピー大学出版局で「Conversations With Filmmakers Series」というシリーズの一冊である模様(他にはウェルズとかコッポラの本が出てますね)。すでに米アマゾンで予約が始まっておりまして、ペーパーバック版が通常価格$22.00のところ、現在なんと32%引きの$14.96也。日アマゾンでも予約受付中で、こちらは¥2,610也。

著者のRichard A. Barney氏はアルバニー大およびニュー・ヨーク州立大の助教授で英語専攻であらせられるらしく、そっち方面のお堅い著作も多いご様子なのだが、なぜにいきなりリンチ本? ひょっとしてもしかして、単なるファンだったりする?(笑)

リンチのインタビュー集といえば、クリス・ロドリーの「リンチ・オン・リンチ」という先行書があるのだけども、あれは単独のインタビュアーによるロング・インタビューでありました。今回出版されるのはそれとは違い、いろんなインタビュアーによって行われ、雑誌やらウェブ記事やらに掲載されたものを再録した「よりぬきインタビュー集」という体裁であるようです。

ネタとしては、「グランドマザー」といった初期作品から最新作「インランド・エンパイア」までの映画作品はもちろん、絵画作品や写真作品をも含めたアレやコレや。「質問に対しリンチが韜晦をもって答えるのでなく、率直に答えたレアなインタビューを集めた(editor Richard A. Barney has chosen the rare interviews in which Lynch opens up to questions rather than deflecting them)」とゆーのがウリになっております。ホンマかいな……とお思いの方も多いでしょうが、実はインタビューの仕方によっては案外マトモに答えていることも多いんですよ、このシト。日本語によるインタビューのほとんど全部が「韜晦の彼方」であるのは、「新作公開」のタイミングでしかそういう機会がないことが大きいように思うのと同時に……まあ、そーゆーわけですな(笑)。

とうゆーわけで、とりあえずポチっとな(笑)。現物が届いたらまたレビューなんかやらかしてみるつもりでありますので、乞うご期待っつーことで。

2009年9月 3日 (木)

ロンドンでリンチ話

本日のdugpa.comネタ。

「Mapping the Lost Highway New Perspectives on David Lynch 」と題したデイヴィッド・リンチに関するカンファレンスが、イギリスはロンドンで開催される模様。会場は「Tate Modern  Starr Auditorium」、期間は10月30日~11月1日の三日間、参加料は25ポンド也とか。

Gregory_crewdson10 参加パネリストは、写真家のグレゴリー・クリュードソン(リンチが好きな画家エドワード・ホッパーの影響下にある作品を撮る)、ダリア・マーティン(「Harpstrings and Lava」(2007)など「内面」と「外界」の関係性をテーマにした作品を作り続ける)、ジェインとルイーズのウィルソン姉妹(双子姉妹でインスタレーションや写真作品を作る)、ブルネル大学心理学者のパーヴィーン・アダムス(「The Inter-subjective Unconscious: Contemporary Art and the Time of Nachtraglichkeit」等の芸術/映画に関する著作あり)、批評家のサラ・チャーチウェルとかとか。バダラメンティの旦那も、はるばる海を越えて来るようです。元気だな(笑)。

んでもって、それにあわせたリンチ作品の上映が行われるとともに、このカンファレンスのために撮られたリンチのインタビュー映像も流される様子。

うーむ、あっち方面では、フランスのデパート「Les Galeries Lafayette」11店舗の正面玄関に「Women of Influence」と題したリンチの絵画が展示されるってぇイベントもあって、これは9月3日から10月3日までなんだよな。もうちょっとどちらかがズレてれば、きっとハシゴするヤツが出たに違いないのに(笑)。

いずれにせよ、リンチ作品に関する基礎研究の動きのひとつとして、このカンファレンスが実り多いものとなることを、遠く極東から祈っておりますデス。あ、当日の記録集とかは出版されないんですかね?

2009年8月 1日 (土)

「A Page of Madness」を読む (2)

つなことで、予想外に続いてしまいましたが、衣笠貞之助監督作品「狂った一頁」に関するイェール大助教授アーロン・ジェロー氏の評論本「A Page of Madness  Cinema and Modernity in 1920s Japan」をば読んでアレコレ感じたことのメモの第二回目。今回は、フランス印象主義映画と「狂った一頁」との関連について。

「狂った一頁」はドイツ表現主義映画の影響下にあるというのが一般的な見方ですが、アーロン氏は、「精神病院」という舞台が「カリガリ博士」と共通していることやムルナウ監督の「最後の人」(1924年製作/日本公開1926年1月)が大きな間テクストとなることを認めながらも、それよりもむしろ、いわゆるフランス印象主義映画*からの影響が大きいと述べます。その論拠は、ざっくりいうと以下の二点です。

(1)フランス印象主義映画の特徴的映像手法である「フラッシュ」が用いられていること
(2)「人間の精神状態」を表現するに際し、(セットを主体とした)メゼンセンではなく、撮影技法による手法を主として採用していること

(1)について説明するには、まず、その当時の日本映画に対して、フランス印象主義映画の諸作品が与えた影響に触れておかなければなりません。日本においてフランス印象主義映画が公開されたのは1925年1月封切のアレクサンドル・ヴォルコフ監督「キイン」(1924製作)が初めてになります。その後マルセル・レルビエ監督「嘆きのピエロ」(1924製作/1925年3月封切)が、次いでアベル・ガンス監督の「鉄路の白薔薇」(1923製作/1926年1月封切)が公開されることになるわけですが、これらの諸作品が備える大きな映像的特徴は、「フラッシュ」と呼ばれる、短いショットの連続によるシークエンス構成の採用にあります(当時は「フラッシュ・バック」と呼ばれていたこともあったようですが、ここではハリウッド映画における「回想場面」を指す「フラッシュ・バック」と区別をつけるために「フラッシュ」で統一します)。この極端に短いショットの連続は、通常リズミカルな一定のテンポで提示され、ときとして緊迫感を盛り上げる目的などでそのテンポが早められる(ショットがより短くなる)といった手法も用いられました。

このフランス印象主義映画が日本で大きな影響を与えた要因のひとつは、こうした手法の土台となったレオン・ムーシナック等の映画理論が、ほぼ同時に伝えられたことにあります。理論と実践というか、学研のグリップとアタックというか(笑)、やっぱ理屈だけじゃなくて現物があったほーがわかりやすいわな。そして、この「フラッシュ」の手法は、そのままその後ロシアからもたらされたモンタージュ理論につながっていった……というのが一般的な見方であるようです。

アーロン氏の指摘を待つまでもなく、実は「狂った一頁」が公開された直後も、フランス印象主義映画からの影響は評者によって既に指摘されておりました**。山本喜久男氏著の「日本映画における外国映画の影響 --比較映画史研究」(1983年刊)に、この作品に関する当時のそうした批評が引用されています。

衣笠は彼のかなり豊富な内容的な手腕をかなぐり捨てて、「キイン」「ラ・ルー(鉄路の白薔薇)」等を土台にテクニックを作り上げた。
(「映画往来」大正15年11月号 宮森南二郎)

で、「狂った一頁」の冒頭のシークエンス……「踊り子の幻想と現実」のシークエンスには、あきらかにこの「フラッシュ」の手法が用いられており、当時の状況からして、アーロン氏も述べるとおり、これはフランス印象主義映画からの影響とみて間違いないかと思います。

んが、ちょっと疑問というかよくわからないのは(2)についてで、アーロン氏は、この作品とジェルメーヌ・デュラック監督の「ほほえむブーデ夫人」(1923)との共通性を強調しています。確かに踊り子あるいは小使いの「幻想」あるいは「幻視」を表す(その前後を含めた)映像は、ブーデ夫人が本を読んだり夫のことを考えたりしたとき、彼女の眼前に表れる「幻想/幻視」を表す映像と類似しています。その点では「共通している」といっても差し支えないと思うのですが、「影響」という観点から考えたとき、確認しなければならないのは「衣笠監督が『狂った一頁』を製作する前に、『ほほえむブーデ夫人』を観ていたかどうか」だと思います。大山崎の探し方が不充分なのかもしれませんが、現在のところ、「ほほえむブーデ夫人」の日本での公開年月日に関する資料、あるいはこの作品に触れた当時の映画評は見つかっていません。また、衣笠監督自身のこの作品に関する言及もないようです。なので、大山崎としては、ここらへんの判断は保留しておきたいと思います。

加えて、このような「登場人物の内面の映像化」もフランス印象主義映画全般の特徴として指摘されるものであり、アーロン氏が両作品の共通点として挙げている「主観的非現実の提示方法」……要するに「登場人物の幻視/幻想を映像的に提示する手法」についていえば、「鉄路の白薔薇」も同種同様のシークエンスを内包しています。もし「狂った一頁」が「登場人物の幻視」の手法においてフランス印象主義映画からの影響を受けているとしたら、それはむしろ(当時の日本でも大きく取り上げられた)「鉄路の白薔薇」との比較において考察したほうが妥当なようにも思われるのですが、いかがなもんでしょう?***

と同時に、ドイツ表現主義映画からの影響のなかに(衣笠監督自身の言及も残っている)「最後の人」も含めるのであれば、「(セットを主体とした)メゾンセンによる人間内面の表現が存在していないこと」は問題にならないようにも思います。「カリガリ博士」「ゲニーネ」(1920年製作/1922年日本公開)「朝から夜中まで」(1920年製作/1922年日本公開)などの特徴的なセットを用いた表現主義映画とは異なり、「最後の人」は(そしてそれ以降のE・A・デュポン監督「ヴァリエテ」(1925)等の作品は)リアリズムを基調としつつ表現主義を採用した作品であり、表現主義的手法を一般化した作品であると考えられることは、これまでにも何度か触れたとおりです。

しかし、このあたりは、こうした国をまたいだ文化的影響の実態を見極めることの難しさを物語るものであるように大山崎には思えます。たとえば、同じ衣笠監督の「十字路」(1928)に関する当時の海外の批評がその嚆矢です。映画完成後、衣笠監督はそのフィルムを携えて渡欧するのですが、それを観たフランスとドイツの批評家はこの作品をソビエト映画のモンタージュ理論の影響下にあるものとみなしました。しかし、実際は、当時日本においてはこれらのソビエト映画は公開されておらず、衣笠監督自身も「ソ連の新しい映画動向についてはいろいろ耳にはしていたが、映画そのものを観る機会など、もちろんあるべくもなかった」と自伝で述べています。「十字路」もまた、ドイツ表現主義映画やフランス印象主義映画の影響下にある作品なのですが、当のフランスやドイツの批評家はそこにソビエト映画の影響を読み取ったわけで、いやこりゃ、ナニがナンだかな話ではありますね。

先に触れた”「幻視/幻想」の映像化”に関しても、古典的ハリウッドの編集において(あるいはドイツなどにおいても)、その基礎的部分はずーっと以前からできあがっていたといえます。モンタージュ理論を採用した映画そのものも、ソビエトから直接入ってくるのではなく、その影響を受けたハリウッド映画を通じて日本では受容されたなんてなハナシもありで、まあなんつーか、はっきりいって「米ソ独仏日」入り乱れてグチャグチャです(笑)。こと映画における海外からの影響に関する限り、あんまり単純化して直線的に捉えるのは危険っつーことでありますなあ。

てことで、「よくわからないとゆーことがわかった」とゆーところで、今回はおしまい(笑)。

*「いわゆる」と断ったのは、批評家によっては「ひとつの明確な運動としては、そのようなものはなかった」と考える人もいるためです。エルビエ自身が認めているように、印象主義映画の監督たちが共通して追い求めていたのは「美学的な同一性」ではなく、あくまで「映画というメディアの他の芸術からの独立」あるいは「映画独自の表現の追求」という「理念」であった様子で、その括りは他の映画運動等と比べてもかなり緩やかだったみたいです。そのこと自体の是非はともかく、結果として、フランス印象主義映画はその名付け親であるサドゥール自身が記述したように「海外では知られず、実際に何の影響も及ぼさなかった」わけですが、こと日本だけはその例外であったといえます。しかし、ま、なんか個人主義っつーか、曖昧模糊としたっつーか、後の「フィルム・ノワール」と同じようなハナシではあります。

**当然ながら、ドイツ表現主義映画からの影響も、岩崎昶などによって公開当時から指摘されています。

***「狂った一頁」に二重露光で何度か登場する「自動車の車輪」のイメージは、「鉄路の白薔薇」に同じく二重露光で現れる「蒸気機関車の車輪」のイメージに重なります。「狂った一頁」といい「十字路」といい、なんか「丸くて回転するもの」が繰り返し出てくるんですが、これってやっぱ衣笠監督の共通モチーフなんスかね?

2009年7月26日 (日)

「A Page of Madness」を読む (1)

Pageofmadness てなわけで、「狂った一頁」のDVDがらみで紹介しさせていただいたイェール大助教授アーロン・ジェロー氏の評論本「A Page of Madness  Cinema and Modernity in 1920s Japan」をば入手しまして、現在ボチボチ読んでいる最中であります。まだ途中ではありますが、備忘録的にメモおよび所感など。

まず、(サウンド版もサイレント版も含め)現存しているバージョンは1926年のオリジナル公開バージョンと比べて、かなり短くなっているという話です。フィルム自体の長さでいうなら、東京国立近代美術館フィルムセンター所蔵の復元版が1,617m(5,286フィート)であるのに対し、当時の劇場公開版は「2,142m(7,002フィート)~2,128m(6,956フィート)」であったという記録が残っています。どこでどのように欠落部分が発生したかは定かではないのですが、たとえば古い映画によくあるように「ある特定の巻のフィルム全部がすっこり欠落している」という状況ではないこと、あるいは1971年にフィルムが発見されたとき「すぐにタクシーを呼んで撮影所へ行き、ネガ編集室を借りて、ゆっくりと全巻をたしかめたのであった」と自伝「わが映画の青春」で衣笠監督自身が述べていることなどを理由に、その後「サウンド版」が再編集されたときに監督の手によってカットされたとみるのが妥当なのではないか……とジェロー氏は述べています。んが、先に挙げた「復元版」は(「サウンド版」ではなく)現存する「サイレント版」をもとにリストア作業が行われているはずなので、ちょっとそれでは話が符合しないようにも思われるのですが、なんか、大山崎、勘違いしてますかね?

では、どのようなシーンが欠落しているのか? それを検証する作業として、ジェロー氏は、衣笠監督が残していた撮影メモや、当時上演前に内務省へ提出が義務付けられていた「検閲台本」と現存するフィルムとの比較を試みます。具体的な例としては、「小使いの娘の婚約者が、友人から娘の母親が精神的に異常をきたしていることを教えられる」*というシーンが現存するフィルムからは欠落しているということなわけですが、どーやら集中的に欠落しているのは「新派悲劇」的な「ナラティヴな部分」であるよう読めます。

でもって、「検閲台本」は「弁士用台本」を兼ねていたとのことなんですが、このあたりは(自分を含めた)現代の受容者が、ついつい忘れがちになる点のように思います。その当時のサイレント映画は、上映に際して弁士による説明や楽団による生演奏の音楽が付随していて、決して「サイレント」ではなかったんですね。このあたりは、逆に当時の受容者だけが受けられた恩恵であるように思われます……ってか、たとえば「主人公の小使いと入院患者である女性が夫婦関係にあり、なおかつそれは病院内の関係者には知らされていない」という状況など、(少なくとも現存する版の)具体的映像からだけでは逆立ちしたって理解不能なわけで(笑)。この映画に対してどのような「説明」が弁士によってつけられたかという資料は残っていなんでナンともですが、もし前述した人間関係の部分なんかが補完されていたとすれば、当時の受容者は我々よりも(少なくともナラティヴな面では)この映画をずっと理解しやすい環境にあったんじゃないか……とジェロー氏は示唆します。

氏も指摘しているとおり、このあたりは現在の目で当時の映画作品を観ようとするときネックになる部分で、(前述した「弁士」のようなソフト面/環境面を含めて)完全な形で公開当時のまま残っていない作品をどう受容し、どう評価するか……ってのはムズカシイ問題ではありますね(と同時に、もちろん、「新しい観点」から過去の作品を観ることも重要な作業であるわけですが)。

その一方で、公開当時、岩崎昶をはじめとする批評家/文化人は、いわゆる「純映画劇運動」の流れのうえに、あるいは「純粋映画」(文学や演劇の影響を排した独立したメディアとして、言語やナラティヴに頼らず映像のみで受容者の感情を喚起する映画)という概念の延長線上に「狂った一頁」の前衛的な部分(たとえば冒頭の「踊り子の幻想(=内面で想起されているもの)」や、福引のシークエンスに代表される「小使いの幻想」のような非ナラティヴで前衛的な部分)を捉え、さまざまな留保をつけながらも評価しました。しかし、大山崎が思うに、これは見方によっては皮肉な事象であったかもしれません。衣笠監督はそもそも「女形の演技者」としてスタートし、「連鎖劇」(大正時代に存在した、ひとつの作品のあるパートは舞台劇で生身の俳優によって演じられ、またあるパートはあらかじめ撮影されたフィルムで上映されるといった具合の、演劇と映画がチャンポンになった作品形態)とも関わっていたわけですが、この二つは「純映画劇運動」の映画改革論者たちの批判の対象に含まれていたからです。このように、監督に転じた衣笠貞之助個人が急激に埋めた「映画に対する距離」を思うとき、ダダイズムやら未来派やらの「芸術概念」が海外から怒涛のように押し寄せ、否が応もなくその影響に晒された大正時代の激動具合を感じさせられます。

閑話休題、同時に、この文脈に基づく批評からは、前述した「弁士の使用」が批判の対象となった……とジェロー氏は述べます。弁士によってナラティヴな部分が補完されているということは、結局「言語」による補助を受けているわけで(あるいは「言語」からの影響を排除できていないわけで)、それじゃ「映像」だけで作品が完結してねーじゃんかよ……っつーわけですね。衣笠監督自身が認めているように、そもそも「狂った一頁」は初めから無字幕映画として製作がスタートしたわけでなく、完成試写の時点でも字幕は残っていて、先に述べた「夫と妻の人間関係」なんかもそれによって説明されてたようです。ところが、試写を観た横光利一が「無字幕でやったらどうか」ってなことを突然言い出し、「ほんじゃ」ってんで急遽字幕が省かれたという経緯があります。まあこの、無字幕を前提として作られていない映画から後付けで字幕を取り去るのは、やっぱちょいと無理があったと言うべきなんでしょーね。

それはさておき、こうした「弁士」に関する批判のバックグラウンドについて、同じくアーロン・ジェロー氏は「弁士の新しい顔――大正期の日本映画を定義する」という一文において、その当時、批評家/文化人たちが「弁士」という呼称を「説明者」に変えようとした経緯に触れる形で述べています。孫引きになりますが、藤岡篤弘氏の「日本映画興行研究史」から引用しておきます。

映画の自立性を主張する改革論者たちが、「過剰な言語で観衆をはらはらさせる」「弁士」から、その権限を取り上げ、「映画がその固有の意味を伝達する際の手助けを義務とする」「説明者」へと降格させる過程をジェローは粗略するが、同時に、そこには弁士に依然根強い愛着を示していた「社会的に劣った群衆」に対する、改革論者たちの軽蔑的意図が存在したと主張する。

とまあ、映画に関心を抱いていた批評家/文化人が「狂った一頁」を賞揚し、同時に苦言を呈したのはこうした文脈によるものであったわけです。「映像言語」を確立する試みとして評価されると同時に、それを完遂できていないことが批判の対象になったっつーことですね。大山崎が激しく妄想するに、もし「サウンド版」を再編集する際に「ナラティヴな部分」が意図的にカットされたのだとしたら、それはあるいはこうした当時の批判に対する監督自身の回答であったのかもしれません。

また、オリジナルな形の「狂った一頁」がより多くの「ナラティヴな部分」を含んでいたとすれば、その「ナラティヴな部分」と「非ナラティヴな部分」の混在具合は、衣笠監督のもう一本の前衛映画である「十字路」(1928)を観れば、ある程度推察できるように大山崎は思います。この作品のメインは基本的には「ナラティヴなメロドラマ部分」であり**、登場人物の「感情」や「心象風景」を提示する表現主義的な映像は基本的にサブです(カール・ハインツ・マルティン監督「朝から夜中まで」(1920)のセットを思わせる「真っ暗な空間に、白い線で描かれた十字路」も、結末近くに2ショット登場するのみですし。あるいは、むしろこれは「舞台版からの美術の踏襲」という意味で「表現主義演劇」からの流れとして捉えるべきなのかもしれませんが)。見方によっては、時代が下るに連れて「表現的映像の手法」が一般化し、ナラティヴな作品内において普通に使われるようになる状況を先取りをした作品であるといえるのかも。

その後の多くの映画作品が採用する(そして、現在も多くの映画作品が継承している)こうした方向性について、ジェロー氏はこの「狂った一頁」という作品自体にすでに内在していると述べます。具体的にいうなら、踊り子の「内面」に始まり、小使いの「幻想」を経て辿り着いた作品の結末が、最終的に「外界/現実」に回帰して終わる点です。この後ひとつの興隆を極める1930年代の日本映画は、(いわゆる「純粋映画」的なものではなく)むしろ「自然主義的な記号」を採用し「ナラティヴに関する記述」をその主体としていくわけですが、「狂った一頁」の構成自体がこうした流れを「予見」している……とジェロー氏は考えます。

てな具合に、ジェロー氏は、「狂った一頁」が抱えるコンベンショナルな部分と非コンベンショナルな部分の「対立性/相反性」、あるいは「不統一性」の例として、この「ナラティヴな部分」と「非ナラティヴな部分」の並立を挙げます。すなわち、「夫の過ちで息子を死なせてしまった結果、精神に異常をきたした妻」「関係を隠して、妻が収容されている精神病院で働く夫」「自分たちの娘の婚約者に、妻のことが知られるのを怖れる夫」「それが昂じて、妻を精神病院の外に連れ出そうとする夫」……という「メロドラマ」的なナラティヴの部分がひとつ。そして、それに対するものとして、冒頭の「踊り子の幻想」や福引のシークエンスに代表される「小使いの幻想」のような非ナラティヴで前衛的な部分がひとつ。この大きな「対立構造」を核にして様々な対立要素が仮託されていることや、フランス印象派映画からの強い影響を氏は述べていきますが、それについてはまた別な機会にでも。

*サイレント復元版にはここらへんのシークエンスがあったよーな気もするのだけど、すでに大山崎の記憶は曖昧なんで、今からでも遅くないからやっぱ、DVD出してください(笑)。

**「十字路」では「登場人物の台詞」はもちろん、「姉と弟という人間関係」も字幕によって「説明」されています。このような点からも、この作品が(ごく普通に)「ナラティヴに関する受容者の理解」を優先して作られていることは明らかです。

2009年7月14日 (火)

リンチの子供向アニメーション、再始動?

IMDbのディヴィッド・リンチの項を久しぶりに見てみるってえと、「In Development」のところに、あらま、いつの間にか「Snootworld」とゆー作品が2010年リリース予定として追加されておりました。

実は、この作品、2003年頃、アチラのリンチ・ファンの間でちょいと話題になったブツでありまして、そこらへんの経緯に触れているのがコチラに掲載されているTheNextBigThing氏からの情報

かいつまんで説明すると、その年のストックホルム国際映画祭にゲストとして招聘されていたリンチが、席上、「アニメーション作品を作ってみたいと思ったことはありますか?」とゆー質問に答えて、「イエス。実際に『Snootworld』というアニメーション作品のスクリプトを書いたことがある」と発言した、と。んでもって「この作品は子供を対象としたCGアニメにしたいと思っている」と語った……とゆーよーなことがあったんでござーます。

リンチの子供向けアニメかよ! それって一種の語義矛盾じゃね? とか一時は盛り上がったんでありマスが、まるで実現する気配もないまま「インランド・エンパイア」等をはさんで早や幾星霜……とゆーのは大袈裟にしても(笑)、ほとんど忘れかけていたところにIMDbの情報なわけで(どーやら有料のIMDb Proのほうでは、かなり前から掲載されてたみたい。うーむ、有料会員になるべきなのかしらん?)、リンチってば、やっぱ気が長いとゆーか執念深いとゆーか(笑)。この後、どーゆー形で進展してどーゆー形で発表されるやらさっぱりわかりませんが、こーなったらコチラも気長かつ執念深く完成を待たせていただくことにいたしますデス……とゆーお話しでした(笑)。

2009年5月 6日 (水)

「Stranger on The Third Floor」を観た

とわいえ、連休中は「芸者vs忍者」だけを観ていたわけでもなく(笑)、たとえばボリス・イングスター監督の「Stranger on The Third Floor」(1940)なんぞもやっとこ観たりしておりました。で、この作品をつうじて、いわゆるフィルム・ノワール作品とリンチ作品の親和性を改めて確認できたように思ったり思わなかったり。

この作品がフィルム・ノワールの先駆的作品とされたり、あるいはもっとも初期のフィルム・ノワール作品そのものとして扱われるのは、一般的定義ではこのジャンルの始まりとされる「マルタの鷹」(1941)の一年前に製作公開され、かつテーマ的にも映像的にもフィルム・ノワールの特徴とされるものに合致しているからであります。でも、逆にいうと、そもそものフィルム・ノワールの一般的定義自体が、実は第二次世界大戦後、解禁されたハリウッド映画を集中的に受容したフランス人批評家の発言に端を発する「言説」に過ぎないこと……要するにフィルム・ノワールという明確な「ジャンル」がハリウッドに存在したわけではなく、あくまで当時のハリウッド映画が内包していた傾向の一部を後付で曖昧に切り取っただけであること、「単一的な現象としてのフィルム・ノワールというものは存在しない(As a single phenomenon, noir, in my view, never existed)」(Steve Neale / Genre and Hollywood. London, Routledge, 2000)ことを、間接的に裏付ける作品であるとゆーことですね。

ざくっとした粗筋としては、新聞記者の主人公が連続殺人事件の遺体発見者となり被疑者として拘束されてしまうわけですが、彼が目撃した真犯人と思しき人物を主人公の恋人が捜し当てて、そしたらホントにその人物が真犯人でよかったよかった……ってな感じの、まあ、予定調和っちゃあ予定調和な話で、特に最後に主人公と恋人が結婚するところなんか、いわゆるハリウッド映画における「美徳の観念」の範疇にあるといえます。映画評なんかをみると、真犯人役を演じたピーター・ローレの演技が評価されている様子で、確かにこの作品においてもローレの神経症的な演技は光っています。ただ、この真犯人は「M」(1931)の幼児誘拐犯の人物像を踏襲しているといえ、その後の「マルタの鷹」におけるジョエル・カイロとも重なる部分があったりで、ある意味でローレの演技パターンのヴァリエーションのひとつとして理解してしまえる部分があるように感じます。

かようにローレが高評価される一方、主人公のマイケル・ウォード役のジョン・マクガイアの演技はあまり評価されていないようです(てか、ある評では、恋人役ジェインを演じるマーガレット・タリチェットともども「大根」とまで言われちゃってる始末です)。しかし、この作品をそのテーマの面からフィルム・ノワールとして捉えた場合、むしろ興味深いのはローレ演じる真犯人よりもこのマイケル君の人物像であるように思いました。

キーとなるのは、作中で時間的にもかなりのウェイトを占めるマイケル君の「内省」および「悪夢」の部分です。この時期のフィルム・ノワールのテーマ的特徴として「人間の内面における対立概念の衝突」ってのがあります。要するに、それまでのハリウッド映画では、たとえば「善と悪の対立」がわかりやすく「善玉の主人公」と「悪玉の敵役」に別れて提示され、最終的に善玉が悪玉を倒すことで「悪に対する善の勝利」が明瞭に描かれていたわけですが、フィルム・ノワールに分類される多くの作品では、たとえば同じ「善と悪の対立」にしても「ある人物(フツーは主人公)の内面で発生している葛藤」として描かれます。でもって、下手したら「ひょっとして、善が勝利した……のかな?」ってな曖昧な結末しか描かれなかったりする。てなことを踏まえたとき、この作品におけるマイケル君の「内省」および「悪夢」は、まさにこの「人間の内面における葛藤」の典型であるといえるっちゅーことです。

とゆーよーな観点から特筆すべきは、常日頃から仲が悪かった隣人の中年男が殺害されているのを発見したあと、マイケル君がみる「悪夢」のシークエンスです。これがモロに表現主義的な映像の連続で、思わず大受け(笑)。

ご覧のようにこの「悪夢」のシークエンスは、「光と影」や「二重露光」を駆使した演出はもとより、あんたは「最後の人」かというくらい「ぐもももー」と迫るビルディングとか、「MURDER」と全面に書かれた新聞とかという表現主義的な映像によって、「隣人の殺人容疑で逮捕されて、裁判やら処刑やら」というマイケル君の「不安」をみごと描くことに成功しております。というか、フィルム・ノワール作品の特徴としてしばしば「ドイツ表現主義映画からの影響」が挙げられますが、「Stranger on The Third Floor」のような例をみていると、それはあくまで前述したような「内面の葛藤」というモチーフあるいはテーマを具体的映像としてするために採用された「手法」に過ぎないんじゃないか……とすら思えてくるんですが、さて、どんなもんでしょー?

てなことはともかく、こうしたマイケル君の「内面」を描く映像から感じられるのは、彼が非常に現代的な「漠たる不安」を抱いている人物であることです。いつもは普通人として日常を平和裏に暮らしているくせに(いや、だからこそ)「隣人殺害の動機」を山ほど抱え込み、それによる「葛藤」に悩まされることになる。ナニを隠そう、マイケル君こそ、この作品のなかでもっとも(実存的な意味で)イカれている人物であるように大山崎には思えるわけですね。ローレ演じる真犯人が(その描写の妥当性はともかくとして)わかりやすく精神的均衡を崩している「だけ」の人物であり、それがゆえにこの作品において彼の「内面」が詳しく描かれることがないのとは、まったく対照的です。

とまあ、ここまで書けば後はいわずもがななんですが、このマイケル君の人物像は、そのまんまリンチの諸作品に登場する人物たちと重なり合うといえます。内面に「葛藤」や「漠たる不安」を抱え、それがゆえの「悪夢」や「幻想」に追い詰められるマイケル君は、たとえばヘンリーやフレッドやダイアンたちとどこがどう違うのか。あるいは、もっといえば、今ここでこうしている我々自身といったいどこがどう違うのか。かつ、彼/彼女たちの「悪夢」や「幻想」が、表現主義的な映像によって彼/彼女たちの「感情」を反映しつつ展開されるという構造においても、この作品は(あるいはフィルム・ノワールと呼ばれる作品の一部は)リンチの諸作品と明瞭な同一性/類似性を備えているといえます。リンチ作品とフィルム・ノワールとの親和性はよく指摘されるところですが、それは特定作品からの引用といった表層的な問題などではなく、実はこうした本質的な部分での同一性/類似性からくるはずです。

さて、もしマイケル君にヘンリーたちと違うところがあるとすれば、彼が「悪夢」から逃れることに成功し、前述したように恋人ジェインとの幸せな結婚に至ること「ぐらい」です。それは当時のハリウッド映画の「範例」にしたがった解決であり、それにしたがうならマイケル君が「無実」であるかぎりにおいて彼が「不幸」なまま終わることは許されません(それはつまり、「悪」が「幸福」なままでいることが許されないことの裏返しであるわけで、案の定、ローレ演じる真犯人のほうは悲劇的な結末を迎えます)。しかし、「なにかと妄想体質」のマイケル君のことでありますからして、その後、彼はきっとフレッドと同じよーな状況に陥ったであろうことを大山崎は信じてやみません……なんちって(笑)。

2009年5月 2日 (土)

リンチのプロジェクト、いろいろ取り揃え

本日のdugpa.comネタ。

デイヴィッド・リンチの公式ページで、「インタヴュー・プロジェクト(Interview Project)」なるものの予告がされております。

思えば公式ページで何か立ち上がるのも久々な印象がありますですが、トレイラー映像でのリンチの説明を聞く限りでは、要するにアメリカのあちこちを回って(リンチの弁によれば「70日間で2万マイル」のロード・トリップちゅーことであります)いろんな人にインタヴューをするという、まあ、なんといいますか、タイトルのまんまな企画であるっぽいです。

実際の映像の配信は6月1日から始まるみたいでありますが、上記公式ページでアドレスを登録しておくと、配信スタートとともに連絡がもらえるみたい。というわけで、大山崎も早速ポチっと登録しておきました。

トレイラーには、おそらく実際の映像に登場するのであろう方々がチラリと映っておりますが、どこにでもいるフツーの方々であります。若干、「ジジイ率」が高そうな感じが「ジジババ使いがウマイ」と定評のあるリンチらしいっちゃ、リンチらしいかも。

つい先日もMobyの「Shot In The Back of The Head」のPVが公開され、加えて「Dark Night of the Soul」という音楽プロジェクトの映像を担当するという話も出たばっかりで(こちらは詳細待ち)、いろいろとリンチの活動が始まっている様子で楽しみ。

てなことで、乞うご期待ってことで。

2009年3月12日 (木)

「ツイン・ツイン・ピークス」、快調に製作進行中!

本日のdugpa.comネタ。

いつまでたっても「ツイン・ピークス」の続きをリンチが作ってくんないなら、テメーたちで作っちゃうぞ! とゆーわけで、ポートランド州立大の学生たちを中心にファン・フィルムが製作中だそーな。題して「TWIN TWIN PEAKS PROJECT」(笑)。

公式ホームページによると、ファン・ベースで書かれた30エピソードの「サード・シーズン」シナリオをもとに、なんとスノコルミーやノース・ベンドをはじめとするオリジナルTVシリーズのロケ地で撮影を行うとゆーから、こりゃまた豪勢な話だ(笑)。あ、そのかわりといっちゃーなんだけど、キャストもすべてファンが手弁当でやっておりますのでご注意(笑)。

公式ホームページでは、現在「撮影日記」が三日分掲載されております(いや、全部3月9日のアップだけどな)。それによると、「グレート・ノーザン・ホテル」の内部として使われた「キアナ・ロッジ(The Kiana Lodge)」での撮影や、「ダブル・R・ダイナー」の内部撮影で使われ、火事で焼けたあと現在では「ツゥエード・カフェ(Twede’s Cafe)」となっている食堂での撮影が行われた様子。今後も進行にあわせて順次アップされる(と思うぞ)。

Lauraslog300x225 ところで、こちらは「キアナ・ロッジ」の前の湖畔に転がっている、ローラ・パーマーの死体が見つかった近くに鎮座ましましていたとゆー由緒正しい「丸太」(笑)。何年か前、いつの間にかドンブラコと湖に流れ出しちゃったことがあって、ボートで回収するのに大騒ぎだったそーだ。また流れ出したりしないように、今はアンカーで固定されているとゆー話。いやー、この丸太の横で客をビニールでグルグル巻きにして10分寝転がらせる……とゆー「ローラ・パーマー体験アトラクション」を10ドルぐらいの料金でやったら、儲かりませんかね?(笑)

てなわけで、「ツイン・ピークス・フェスティヴァル」での公開を目指して、快調に(ホントにホントだな?)製作が進んでいるよーです。いや、監督が主演女優に惚れて、口説いてフラれて、ショックのあまり製作中断……ってな、自主制作映画によくありがちな事態が発生しないことを祈りつつ(笑)、乞うご期待!(笑)

2009年3月 2日 (月)

「狂った一頁」のDVDとか、そのへん

衣笠貞之助監督の「狂った一頁」(1926)は、1921年の「カリガリ博士」の日本公開以降ちょいとしたブームになった「ドイツ表現主義映画」の影響下にあると巷でもっぱら評判の前衛的なサイレント作品で、川端康成を含めた新感覚派の作家陣が脚本に参加してて、ガンバって無字幕にしたら余計にワケわかんなくなっちゃったもんだから公開当時は不評で(笑)、もうフィルムが残ってないと思ってたら1971年に衣笠家の倉にあった米櫃からひょっこり出てきて……ってな詳細はあちらこちらを検索すれば簡単にわかるので、パス(笑)。一昨年には東京国立近代美術館フィルムセンターによる修復作業を受けた35mmサイレント版が、「国際フィルム・アーカイブ連盟(FIAF)東京会議2007」と連動して記念上映されたりなんかしておりました。

YouTubeにアタマのほーの映像がアップされておりまして、まあ、こんな感じ

おお、ドイツ表現主義でもってロシア構造主義で、アヴァンな感じにギャルドだ(笑)。でもって、こちらが精神病院の廊下に、金襴緞子の花嫁を乗せた自動車が多重露光でデロデロと現れる……とゆー、イカしたクライマックス・シーン(笑)。

にしても、「影」を使った演出や「二重露光」のテクニックを介して、「舞台で踊る踊り子」が「病室の中にいる踊り子」へとシフトしていくシークエンスなんかは、今観てもなかなかなものがありますですね。明らかに「舞台で踊る踊り子」は「病室の中の踊り子」の「内面」において想起されているものであって、あるいは今この瞬間の「病室の中の踊り子」にとっての「現実」であるわけで。同様に、「嵐の窓」にオーヴァーラップして提示される楽器群が奏でる音楽も、「病室の中の踊り子」の耳に確かに聞こえているものであるはず。また、「精神病院の廊下」における主人公の「幻想」も、”彼の「内面」で発生している葛藤”の「視覚化」……自分の過去の行いがもとで精神を病んだ妻への贖罪の気持ちと、娘が結婚という幸福を掴むためにはその妻の存在が障害となるという焦燥感の「板挟み」に基づいたものに他ならないわけですね。

このように、少なくとも「映画における表現主義的手法」という観点からみたとき、海外で同時期に作られた映画作品と比べてもなんら遜色のない作品である、と個人的には思います。そーゆー意味では、1921年に「カリガリ博士」によって日本に伝えられた「表現主義的」な手法(当時の言い方に沿うなら「表現派」の手法)が、当初の「新奇なものに対する関心」の範囲を越えて、”「登場人物の内面」を映像で描く手法である”という認識のもとに、明確な意図によって採用されるようになったことを示している作品であるといえるのかもしれません。日本における表現主義映画として先行した溝口健二監督の「血と霊」(1923)が、(現在残っている当時の批評類を見る限りでは)「表現主義に対する理解の不足」を指摘されて終わった様子なのに対し、この「狂った一頁」は後世の作品における「表現主義的手法の一般化」につながるものとして評価されるべきであるよーに思います。ま、一言でいっちゃうと、”「幻想」と「現実」の等価性”あるいは”「外界」と「内面」の関係性”もしくは”人間の「記憶」や「認識」に関わるもの”の映像化として、リンチ作品なんかの思い切り遠い祖先のひとつみたいな作品なんでありマス。

で、「ネットの海」をドンブラコと漂っているうちに見つけたのが、イギリスの「National Institute of Japanese Studies」っつー研究機関のページ。題して「日本映画はコレ観なきゃダメ! 必見の15本!」(思いっきり意訳しています)。黒澤や溝口や成瀬に混じって「狂った一頁」も必見リストに挙げられているのだけれど、おや、この作品の「DVDが今年出るよん(DVD will be released in 2009)」とか書かれているじゃあーりませんか。

うお、マジっすか! かなり非常にとっても欲しいかも! と物欲が頭をもたげて(笑)、再び広大な「ネットの海」をさまよってみたんだけれど、具体的な情報が見つからない。引っかかるのは、まあ、なんちゅーか、どうも出所がウニャウニャっぽいのばっか(笑)。

うーん、結局、真偽のほどは不明。もうしばらく様子をみて、それでも情報が出てこないよーなら、記事を書いたご本人に問い合わせるしかないかナー……とか悶絶する今日この頃なのでした。

3/3追記:「狂った一頁」についての評論「A Page of Madness  Cinema and Modernity in 1920s Japan」(読んでみました。感想等はコチラ)を出版したばかりのイェール大助教授Aaron Gerow氏のページ「Tangemania」にも「2009年にDVD発売」という記述がありました。が、評論本が刊行されたことを告知する2009年2月24日付のニュースによると、どうやらDVD化の実現は危うくなっている気配です。このDVD化の話は、日本の某大学教授が国内のメーカーに働きかけて進行していたようなのですが、直近の状況ではメーカー側が難色を示し始めているとか。以下にGerow氏のこの件に関する記述を引用しておきます。

What would make the publication even better is if there was a DVD of the film out there. There are people who sell pretty bad copies  on VHS or DVD on the net, but only a real professional mastering could do justice to that film's visual complexity. A colleague in Japan is working on bringing out a DVD commercially in Japan, but the last word was that the company is showing second thoughts. I keep on telling him there is strong demand for such a DVD abroad, but some Japanese companies can be pretty dense about foreign markets. Maybe this book will be one more argument for putting a DVD out.

いえ、外国だけじゃなくて日本でもDVD欲しい人が、ここにいるんですけど……。

7/25追記:その筋に近いところからいただいた情報によると、「何年か前にDVD化の話が出ていたけど、その後、立ち消えになった様子だ」という話です。「何年か前」っていうのは、おそらくサイレント版からの復元版が上映された2007年頃のことなんでしょうね。なんにしても残念な話であります。

2009年2月28日 (土)

結婚式の鐘がキンコンカン

本日のdugpa.comネタ。

Ringing 前々から噂になっていた女優エミリー・ストーフル(Emily Stofle)とデイヴィッド・リンチの結婚式が、現地2月26日に執り行われた模様。おめでとうございます。

Twitterでも「Wedding bells are ringing」なんて発言してたりして、完全に舞い上がってますなあ、リンチ御大(笑)。レジオン・ドヌール勲章の授与式のときとか、カンヌ映画祭のレッド・カーペットのときとか、もーベッタベタ状態だったもんなー。

個人的には、この後、作品製作において、前妻メアリー・スウィニーとの関係はどーなるのか……とゆー点が気になったり。彼女のプロデュースや編集作業ってのも、リンチ作品の重要な一部であったのではないかと思っておるのですが、はてさて。

2009年2月12日 (木)

「Beautiful Dark」を読む (12)

Greg Olson著のデイヴィッド・リンチ伝記本「Beautiful Dark」のおハナシ。今回も「エレファント・マン」に関するOlson氏の記述の続きをば。

さて、ここから先は落穂拾い的にOlson氏の記述で興味深かったところをばピック・アップしてみることにします。

Olson氏は、リンチの諸作品の根底にある「家族」の概念が、やはり「エレファント・マン」にも見出せることを指摘します。その端的な表れがメリックがトレーヴスの家を訪問するシークエンスで、「リンチはトレーヴス家の者と訪問者を、まるで家族写真のような配置に置く。すなわち、妻のアンとトレーヴスがジョン・メリックを守るようにだ」とOlson氏は述べ、トレーヴス家がジョン・メリックの「拡大家族(extended family)」として機能していることを示唆します。また、バイツによって檻に入れられたジョンを解放する、小人をはじめとするサーカスの畸形たちもジョンの「拡大家族」として捉えます。この文脈において、トレーヴスは「善き父(good father)」として機能し、逆にバイツは「悪しき父(bad father)」として機能するとOlson氏は述べますが、このあたりは「ブルーベルベット」に登場するさまざまな「父親」と比較してみるのも面白いかもしれません。

もうひとつ、面白いと感じたのは、トリーヴスがバイツに金を払い、メリックを検査のために病院に連れて行こうとする際の映像に関するOlson氏の記述です。バイツはトレーヴスの襟をつかみ、息がかかるほど顔を寄せるのですが、Olson氏はこうした登場人物の動作あるいは配置が、その後のリンチ作品にも頻繁にみられるモチーフであると指摘します。そして、このモチーフの底流にあるのは、「身体のもっとも重要な機能は、精神をいろいろなところに運ぶことにあるように思える」というリンチの発言であると氏は捉えます。つまり、人間の「頭」は「精神の容れ物(mind's vessel)」であり、そしてそこには「想像、夢、意識」だけではなく「天国と地獄」=「善いものと悪いもの」も収められているとリンチは捉えている、と。

Lynch_distorted_nude そして「容器」である「頭」と「頭」が接近したとき、その「内容物」である「善いもの」と「悪いもの」は……この作品に従っていうならトレーヴスの意識とバイツの意識は、「物理的には交わらないものの、融合する危機に瀕することになる」とOlson氏は述べます。この氏の記述を読んで思い出されるのが、リンチの写真作品「Distorted Nude」シリーズの一作品です。この写真作品では、二人の女性の接近した頭部の間で、明らかに「融合」が発生していることがみてとれます。まさしく「リンチの世界では、空気を介して、電線を伝う信号を介して、あるいは目を見るだけで、もっとも忌避し恐れるものにその者の心を変貌させてしまう。静かに、そして怖いぐらい易々と、闇はあなたの内面に滑り込む」ことを、この写真作品は表しておりますですね。でもって、「エレファント・マン」において、トリーヴスとバイツの「頭」が接近し、その「容器の内容物」が融合した結果生まれたものが、トリーヴスがバイツに対して感じる「精神的な類似性(psychic kinship)」であることになります。それは、つまり「メリックを搾取している点で、自分とバイツがどう異なっているのか」という思いであるわけですね。

さて、そんなこんなで「エレファント・マン」は好評をもって迎えられ、1981年のアカデミー賞において最優秀監督賞を含めた8部門にノミネートされます。このアカデミー賞授賞式はレーガン大統領が拳銃で撃たれるという事件のために、史上初めて開催が延期されるわけですが、実はロナルド・レーガンは普段はあまり政治的な発言をしないリンチが、唯一、支持を表明した政治家でもあります。ただし、Olson氏はリンチがレーガンの政治施策にどれだけ賛同していたかは疑問に感じているようです。むしろ、リンチがレーガン本人を評した言葉……「彼は昔ながらのハリウッドの雰囲気、カウボーイのたたずまい、力強さを備えている」に表されるように、非常に雑駁にいうなら、リンチが惹かれたのはレーガンに付随する「イメージ」であって、その政治能力ではないのではないかっつーことですね。ま、ここらへんはリンチ本人による詳細な発言があるわけでもないのでアレですが、娘ジェニファーを含めたさまざまな人の証言などからも、どーもOlson氏の言うとおりっぽい印象ではあります。

結果としてこのオスカーでは無冠に終わるものの、いずれにせよリンチは商業映画監督として非常に幸先のいいスタートを切ったといえます。それは「砂漠の惑星」の監督として抜擢されることにつながるわけですが、それについてはまた次回でということで。

2009年2月11日 (水)

「Beautiful Dark」を読む (11)

Greg Olson著のデイヴィッド・リンチ伝記本「Beautiful Dark」のおハナシ。今回も「エレファント・マン」に関するOlson氏の解題の続き。

さて、「第二の抽象表現」のパートで具体的に「メリックの夢」としてまず提示されるのは、蒸気の音に伴われた「工場の鉄パイプ」です。「カメラの視点」は鉄パイプの群れを伝って下降し、「産道を思わせる暗い隘路」を通って「トレーヴスと我々が最初にジョン・メリックに会った、つまり彼の生きたイメージが初めて生まれたバイツの掘っ立て小屋に続く地下道」へと侵入していきます。これらの通路に付随する「子宮に似た」イメージは、「インダストリアルな音響」に伴われており、Olson氏はリンチが採用した「異形のジョン・メリックが、工業化時代に生まれ、それによってねじ曲げられた子供であることの暗喩」の強調をみます。ざっくりいえば、「抽象表現」のパートに登場する(あるいは全編を通して語られる)「象」のイメージは、「産業革命」あるいは「工業化/近代化」のイメージに重ねられているっつーことですね。それは、たとえば「プロローグ」に現れる「象の足音とも機械音ともとれる音響」によっても、すでに示されていたといえるわけですが。

「メリックの悪夢」は、次いで「レバーを動かす男たち」のイメージを提示します。ここでOlson氏はある疑問を呈します……すなわち、これは「男たちが機械を動かしているのか? それとも、機械が男たちを奴隷の如く使役しているのか?」。「男たち」と同じくジョン・メリックもバイツによる「使役/搾取の日々」を過ごしており、トレーヴスの助力でそれから逃れたわけですが、それでもやはり「逃れられようのない自らの異形性が生み出す恐怖の影が、メリックの夢を脅かしている」ことをOlson氏は指摘します。その「恐怖の影」を反映して、「メリックの悪夢」は「突き出された鏡に映る自分の顔」や「顔めがけて蹴りつけられる長靴」の映像を提示します。「(トレーヴスによって提供された住まいや紳士服などの)表面上の通常性は取り去られ、逃れようのない『エレファント・マン』としての自己が残される」わけですね。それらの「悪夢」は「メリックの主観ショット」によって我々に提示され(そして我々=受容者に共有され)、それを見て脅えるジョン・メリックの「目」のクロースアップが彼の悲痛な「叫び声」とともに重ねられます。これらの映像から、Olson氏が指摘するように「第二の抽象表現」が表象しているものはジョン・メリックの「内面」において発生している「意識」であることは明らかであり、ならば「同質の抽象表現」である「プロローグ」の映像も「メリックの内面におけるもの」であるということになります。

「第三の抽象表現」のパートは作品の結尾、「エンディング」において現れます。前述したような理由で、Olson氏はこのパートにおいて提示されている映像もまた「作品の粗筋を説明するものではなく、ジョン・メリックの内なる声を表すもの」であり、「彼の意識がかりそめの現世を離れて、精神的な世界で再生する」ことを表しているという具合に捉えます。そして、これはキリスト教的なコンテキストに収まりきらない概念だとOlson氏は指摘します。つまり、そこにはリンチが「瞑想」を通じて触れたヒンズー思想の反映がみられること……具体的にいうなら「バガヴァッド・ギーター(聖なる神の詩)」の一節である「人がその体を離れるとき、最後に思い浮かべるものはすべて、その人によってその後の現実となる。なぜなら、そのとき心にあるものこそ、その人が生涯を通じてずっと思い続けていたものだからだ」からの影響があると氏はみます。

この氏の見方に沿ってみたとき、「第三の抽象表現」のパートに至る直前の映像とその後の映像において、この「キリスト教的コンテキスト」と「ヒンズー思想」の対比は明らかです。「ベッドに横たわったメリックの頭部から彼の母親の写真へと、そして十字架が浮き彫りされた聖書を写したあと、メリックが作った聖堂の模型の尖塔まで、リンチはカメラをパンさせる」という具合に、そこにまず現れるのはキリスト教的なコンテキストを表す記号群です。しかし、「カメラの視点」が窓を越え、星がちりばめられた夜空に向かった瞬間から「第三の抽象概念」が始まり、そこで提示される概念は、その範疇に収まらなくなります。

「第三の抽象表現」の具体的映像においても、やはりジョンの母親であるメアリー・ジェーン・メリックのイメージが登場します。彼女は、「決して、そう、決して。何も死に絶えることはない。川は流れ続け、風は吹き続け、雲は漂い続け、心臓は鼓動し続ける」とジョンに呼びかけます。彼女のイメージは星々が輝く夜空を背景に、「全き世界を表す白い光の環」に囲まれています。そして「永遠に続く誕生-生-死-再生のサイクルの新しい発生を描いて、彼女のイメージは消滅し、次いで我々は『プロローグ』に現れた白い煙が逆方向に内側に向かって流れ、生命の流れに回帰するのをみる」ことになります。「しかし、ジョンがトレーヴスの助けで家を手に入れ、バイツによる誘拐によってそれをなくし、また再び手に入れるという物語をなぞるように、メアリー・ジェーン・メリックの顔が再び現れる。彼女は息子を慰撫する……”何も死に絶えることはない”。『プロローグ』に現れたのと同じメアリー・ジェーン・メリックのイメージを写すカメラは、『プロローグ』のときとはちょうど逆に、彼女の眉毛と目に向かってクロースアップし、フェイド・アウトして作品は終わる」……という具合に、この最後の「抽象表現」のパートで描かれているのは明確な「死と再生」のイメージであり、かつOlson氏によれば、「メリックの思い」である点において先に述べたヒンズー思想の踏襲であることになります。

この「抽象表現」の三つのパートをみると、「多くの人間と共同作業を行い、スタジオの工業生産的なシステムによる制作でありながら、それでもなおリンチは『エレファント・マン』の世界を自らのものに変えてしまった」というOlson氏の見解は、まったくもって正しいし、「(この作品なら)妥協を要求されない」というリンチの判断も正しかったといえるでしょう。その中心にあるのは、それまでリンチ作品でも繰り広げられた(そしてその後も繰り返される)”「誕生」および「疎外された生」”です。同時にリンチはこの作品の主人公であるジョン・メリックに”「現実/現世」と「その後の世界」との連結/統合”を用意しますが、その連結/統合においてジョン・メリックを「慰め、救済する」のは、「グランドマザー」の祖母や「イレイザーヘッド」のラジエーター・レディと同じく、やはりメアリー・ジェーン・メリックという「女性」であることをOlson氏は指摘しています。

さて、このようにOlson氏による解題をみる限りにおいて、この三つの「抽象表現」のパートは、「エレファント・マン」という題材にリンチが見出した「基本テーマ」が凝縮されているといえるように思えます。表向きの明確なストーリーはジョン・メリックに関する歴史的事実を基にしたものであるわけですが、それは彼個人の物語に収まりません。”「メリック」と「象」”の関係性は”「ヴィクトリア朝時代の人々」と「工業化/近代化された社会」”の関係性を経て、”「敵対的な外界」と「それに脅かされる人々」”というより大きな関係性に経て、最終的に彼/彼女たちに「精神的/内面的な救済」が用意されるという普遍的なテーマに至るわけですが、この最終的なテーマはむしろ三つの「抽象表現」のパートにおいて明瞭に提示されているように大山崎は思います。そして、このテーマがリンチ作品において繰り返し提示される共通のものであることは、この作品の主人公であるジョン・メリックの「救済」が、たとえば「グランドマザー」の少年や「イレイザーヘッド」のヘンリー、「ツイン・ピークス 劇場版」のローラ・パーマーといったリンチ作品の登場人物たちの「救済」と完全に重なっていることからも明らかだといえるでしょう。

(「エレファント・マン」に関して、も一回くらい続く)

2009年2月 9日 (月)

「Beautiful Dark」を読む (10)

ああ、そーゆーのもあったわね……と思い出しつつ続く、Greg Olson著のデイヴィッド・リンチ伝記本「Beautiful Dark」のおハナシ。「エレファント・マン(The Elephant Man)」(1980)製作前後のころに関する章を読み終わったので、今回はそこらへんについて。

「イレイザーヘッド」が完成したあと、リンチは映画製作の実作業から離れて、早朝一回の新聞配達(まだやってたんかい)と近所の「ビッグ・ボーイ」で「チョコレート・シェイク+砂糖をガバっと入れたコーヒー」で「シュガー・ハッピーな日々」三昧でありました。リンチが何年間も毎日毎日「ビッグ・ボーイ」で昼食をとっていたことはつとに有名な話で、Olson氏はここらへんにもリンチの嗜好……「コントロールが効くミニマルなもの」への嗜好をみとてりますが、まあ、それはそれとして。

これまた有名な話ですが、「イレイザーヘッド」製作の途中から、リンチは「ロニー・ロケット(Ronnie Rocket)」という作品のシナリオを書き始めておりました。しかし、リンチ本人はこの作品を「イレイザーヘッド」と同じように自主制作的に作る心積もりはなかったようです……まあ、ありゃシンドかったもんな(笑)。「イレイザーヘッド」が自主制作作品としてはそこそこ興行的にも成功したこともあって、リンチとしては「ロニー・ロケット」をメイン・ストリームでの製作を……つまりどこかのスタジオに企画をもちこんで誰かの資本を使うという、ハリウッドの製作スキームのもとで製作する道を探っていたようです。しかし、メジャー・スタジオはこの作品の興行的価値を認めず、リンチは内心鬱々とした日々を送ってた様子です。まあ、巷に流布しているシナリオを読んでも、そりゃ無理からぬところがある……というか、結局「ロニー・ロケット」は、今日現在に至るまで日の目を見ていないわけですけども。

そんな鬱々リンチのところに、スチュワート・コーンフィールド(Stuart Cornfield)というプロデューサーが訪れます。彼は「イレイザーヘッド」を観て「今まで観たなかで、もっともユニークな傑作」と感じ、リンチのところにやってきたのでした。それをきっかけに二人は友人になりますが、ある日、鬱々のリンチは「(自分は)他の人間が書いたシナリオで映画を作ることも考えている」由の発言をします。これを聞いたコーンフィールドがリンチに話したのが、自分が最近読んだクリストファー・デヴォア(Christopher De Vore)とエリック・バーグレン(Eric Bergren)の二人の脚本家による「エレファント・マン」のシナリオのことでした。後に、リンチは「『エレファント』と『マン』という言葉をコーンフィールドから聞いた瞬間、頭の中で小さなノイズが起こり、自分がこの作品を製作することになるだろうと悟った」と発言しています。ピピッときたわけっすね(笑)。

また、これも後になっての言及になりますが、リンチは「エレファント・マン」という作品が「(自分を)メイン・ストリームへと連れて行ってくれると同時に、妥協を要求することもない格好の乗り物だった」と述べています。「自分にとっての関心事がそれだった。芸術を一般的なものにしたいと思っていたんだ。自分が本当に入れ込み、それを作ることが気に入ると同時に、他の人々も作品を気に入っていれることを望んでいた。それが可能なのかどうか、考えていたんだ」と。

この企画は、リンチとコーンフィールド、そして同じくプロデューサーのジョナサン・サンガーの三人による「ビッグ・ボーイ」(笑)での会議を経て、コメディ映画監督のメル・ブルックスのところに持ち込まれます。当時、ブルックスは「ブルックスフィルムズ」という会社を立ち上げ、作品のプロデュースを開始しようとしていたところでした。リンチのことをよく知らなかったブルックスにコーンフィールドが「イレイザーヘッド」を観せ、それをブルックスがいたく気に入って話がまとまったこと等はすでにいろいろなところで言及されているので、割愛。いずれにしても、リンチ、大ラッキー(笑)。

ロンドンで撮影を開始したリンチが、ジョン・メリックの特殊メイクを作ろうとして時間を無駄に費やし、「そーゆーことは専門職に任せろ」と諭された件や、当初トリーヴス博士役のアンソニー・ホプキンスと衝突した件なども、有名な話なのでこれまた割愛。追記しておくべきかと思われるのは、1979年の秋にロンドンに到着したリンチがまずこだわったのは、テーマ的なところではなく美学的なところ……端的にいうと「モノクロ」での撮影であったようです。「この作品はモノクロでなければならなかった。モノクロの画面は魔法のようなものだ。それは観る者を現実から即座に一歩切り離し、茫洋とした気分にさせる」というのがこの件に関するリンチの弁。幸い、ジョナサン・サンガーもメル・ブルックスもこれに同意し、「エレファントマン」はイギリス人撮影監督フレディー・フランシスによって撮影されることになります。

さて、作品そのものに関してもOlson氏の詳細な分析があるんですけど、そのなかから興味深かったポイントをいくつかピック・アップしてみますってーと。

Olson氏は、「エレファント・マン」において、リンチ特有の「抽象的表現」が三つのパートにおいてみられることを指摘しています。つまり、「プロローグ」「作中におけるジョン・メリックの夢」「エンディング」の三箇所です。逆にいうと、それまでの作品……たとえば「グランドマザー」や「イレイザーヘッド」では全編にわたって爆発していた「抽象的表現」が「エレファントマン」では限られたパートにおいてのみ現れているということです。かつ、それらは全体を通して語られる明確なストーリー・ラインのなかに組み込まれる形で提示されており、こういう形式が採用されたのは、リンチが「商業作品」を意識したことの現われではないか……という具合にOlson氏はみています。

まず、「プロローグ」で提示される「第一の抽象表現」ですが、そこに現れるさまざな映像と音響……「インダストリアルな音響をバックに現れるジョン・メリックの母親であるメアリー・ジェーン・メリックのイメージ、そこに重ねられる象のイメージ、象に打ち倒されて地面で叫び声をあげるメアリーのイメージ、そして白い煙のイメージに重ねられる赤ん坊の泣き声」ですが、Olson氏はまずここにヴィクトリア朝時代に人口に膾炙したいわゆる「胎教(maternal impression)」の概念をみてとります。といっても、その当時のことだもんで、「妊婦のお腹に苺をのっけたら、苺型の痣がある子供が生まれる」ってな民間信仰的っつーか非科学的っつーかなものなわけですが、要するに、この「プロローグ」は「サーカスで象をみて脅えたメアリー・ジェーン」から象に似た身体的障碍を備えたジョンが生まれた……ということを伝え、これから登場する主人公の生い立ちに関する「説明」として機能しているということですね。

しかし、「プロローグ」に対するこの見方は、「第二の抽象表現」……作品のなかほどで提示される「メリックの悪夢」が表すものによって、修正を迫られることになります。まず、この「第二の抽象表現」のパートで提示されるイメージ群は、明らかにジョン・メリックの内面において展開されている「悪夢」であることが示されています。それを何よりも明確にしているのは、ここで採用される「カメラの視点」です。Olson氏いわく、「リンチのカメラはメリックが人前に出るときに被っている布製のフードを見つけ出す。そのフードには、彼が外を見るための長方形の穴がひとつ開けられている。リンチはこの暗黒の開口部を通り、そこに流れているメリックの暗い夢の中へと潜っていく」……とまあ、ここでもリンチ作品に頻繁に現れる「侵入する視点」のモチーフが認められ、その直後に提示される映像群は「メリックの悪夢」そのものを表象しているというわけですね。かつ、この「悪夢」において、「プロローグ」にも現れた「叫び声をあげるメアリー・ジェーン・メリック」のイメージが再提示されるとともに、「プロローグ」と同じくこの「悪夢」もまた「白い煙」のイメージで締めくくられることになります。これらの共通点からOlson氏は、「第二の抽象表現」が「メリックの夢」であるならば、「プロローグ」もそうであるはずだと結論付けます。つまり、「プロローグ」で描かれているのは、ジョン・メリックが想起している「自分の母親や自分が属する時代に関する事柄」である……という具合にOlson氏は捉えるわけです。

(ちょいと中途半端だけど、続く)

2009年2月 5日 (木)

フランスやイタリアは遠いけど、カナダもね

またもや本日のdugpa.comネタ。

フランスのパリに続き、2007年10月9日から2008年1月13日にかけてイタリアのミラノでもデイヴィッド・リンチの作品展「The Air is on Fire」が開催されたのは、以前にこのブログでもご紹介したとおり。その時のリンチの様子を題材にしたドキュメンタリー「David Lynch: The Air is on Fire/Milano」が、カナダのArt Gallery of Ontarioで開催される映像展「Reel Artist film festival」で世界に先駆けて公開されるそうな。

作品展を準備中のリンチを中心に、ローラ・ダーンやデニス・ホッパー、作家のクリスティン・マッケーナ、作品展のキュレーターを勤めたイラーナ・シャモン(Ilana Shamoon)などへのインタヴューなどなど。

監督のマリナ・ゼノヴィッチ(Marina Zenovich)は、ロマン・ポランスキーをとりあげたドキュメンタリー「Roman Polanski: Wanted and Desired」を昨年のサンダンス映画祭で発表し最優秀ドキュメンタリー編集賞を獲得、同作品はカンヌ映画祭のオフィシャル・セレクションにも選ばれた経歴をお持ちの方でらっさいます。IMDbでたぐってみると、この監督さん、2004年から2008年にかけて放映されたテレビのドキュメンタリー・シリーズ「Art in Progress」のなかの一話でもすでにリンチをとりあげていた様子でございます。そのときのタイトルもやはり「David Lynch: The Air Is on Fire」……んーと、ってーことは、こっちはパリでの作品展のときに取材したのかしらん? それともこれがオンタリオで上映されるんかい? だったら、世界初公開じゃなくね? うーん、ちょいと、よくわかりません。

上映は2月28日の午後7時から、Al Green Theatreにて。上映時間は29分。えーと、今頃のカナダって、サーモンが美味しいんだろーか?(笑)

2009年2月 4日 (水)

そうだ、死体とリンチに聞いてみよう

本日のdugpa.comネタ。

ブラジルの監督ダビ・デ・オリヴィエラ・ピンへイロ(Davi de Oliveira Pinheiro)によるweb発表の5話短編シリーズ「Boundaries of Thought: THINK TANK」の最終話「THE SOUL DETECTIVE」に、ディヴィッド・リンチがご出演中でございます。

死者に残っている「想念」を聞くことができる「探偵」が主人公。打ち捨てられた客車の中に横たわる男の死体の「記憶」を聞き取っている探偵のエピソードのところどころに、リンチの語りが入る形で作品は展開されます。リンチが語っているのは、アイデアを得て、さまざまな断片が集まるが、最終的にすべてが揃うまで何がどうなるかわからない、というよーなこと。そして、死体は「この場所で撮られた二つの映画のこと」について語りはじめるという趣向。監督いわく、「ある意見が、どのようにもともととは完全に異なったフィクションとなり得るか」だそーで、ああ、そーゆーことね、なるほど。最後にリンチが語る「人間は探偵のようなものだ。世界を目にすれば、そこにはさまざまな手掛かりが存在している。そして、我々はいろいろなことを不思議に思う (Human being are like detectives. And when we see our world, and there are clues in the world. And we wonder about things)」という言葉が作品タイトルにつながっているよーであります。

このピンヘイロさん、ブラジル初のゾンビ映画「ビヨンド・ザ・グレイブ(Porto dos Mortos)」(2009)を作った方で、予告編を先に作って製作資金を集めたという苦労人でいらっしゃいますよーです。うむ、誰かさんみたいですが、この「Boundaries of Thought: THINK TANK」シリーズもweb発表っちゅーことで、ますますもって誰かさんみたいです(笑)。

ご本人の弁によれば、「『THE SOUL DETECTIVE』は『ビヨンド・ザ・グレイブ』を下敷きにしている。同じアイデアから、まったく新しい成果物を作りたかった。『ビヨンド・ザ・グレイブ』は実験的な要素をまじえた一般作品だが、それをまったく逆にして一般的な要素をまじえた実験的な作品を造ろうとしたんだ。それが『THE SOUL DETECTIVE』だ」とのことであります。んでもって、リンチと一緒に仕事して、どーだった? という質問には「彼のファンとしては楽しい時間だった。だが、映画監督として、短編作品作法についていろいろと聞けた」とのことでありました。

2009年1月 4日 (日)

「Beautiful Dark」を読む (9)

これがまた続くときは続く、Greg Olson著のデイヴィッド・リンチ伝記本「Beautiful Dark」のおハナシ。

さて、今回は寄り道とゆーかオマケとゆーか。「イレイザーヘッド」の製作途中にリンチが製作した短編作品「切断手術を受けた人(The Amputee)」(1974)について。

リンチがこの作品を作った経緯をおさらいすると、まだカセット方式のヴィデオ・システムが爆発的に売れるようになる以前、ソニーが自社のビデオ・テープを評価用としてAFIに持ち込んだことに始まります。このビデオ・テープをお偉方が精査するためのテスト用カラー・パターンの撮影を任されたのが、「イレイザーヘッド」の撮影を担当していたフレッド・エルムスでした。エルムスからこのことを聞きつけたリンチは、キャサリン・コールソンに声をかけ、そのビデオ・テープを使って5分間の作品を撮影してしまいます……って、いや、無茶すんなあ(笑)。

あえてリンチを弁護するなら、そのころ「イレイザーヘッド」撮影用のフィルムを買うための資金捻出にリンチおよびスタッフ一同は非常に苦労していて、スタッフによるカンパなんかは当たり前、コールソンなんかはウェイトレスまでして製作資金を提供するとゆーよーな状況でありました。そういう撮影できるんだったら何でも見境なく撮っちまえ的な精神状態であったであろう連中のところに、のこのこビデオ・テープなんか持ち込むほうが悪いといえなくもなく……うむ、あんまり弁護になってないな、これ(笑)。

さて、てっきりテスト・パターンが写されているとばかり思っていたAFIの教授たちは、映像を観てびっくり。しかし、一人の教授が映像スタイルからリンチがそれを撮ったことを見分け、「リンチがコレにからんでるのか?」と尋ねたという話もあって、わはは、完全にバレてら(笑)。逆にいえば、その頃からリンチの映像は特徴的であったということの証明でもあるわけですが、それを見て取った教授もさすがとゆーことでありましょーか。そして、「初期短編集」のDVDにこの作品が収録されているということは、AFIの教授たちは作品が収められたビデオ・テープを取り上げたりしなかったっつーことですね。うーん、寛大だなあ。リンチ・ファンとしては感謝すべきなんでしょーね。

しかし、そっかー、確かクリス・ロドリーのインタビュー集では「ビデオ・テープ」のメーカー名は明らかにされてなかったと思いますが、ソニー製であったのかー。「インランド・エンパイア」よかずっと以前に、リンチはソニーのビデオ機材を使って作品を撮ったことがあったわけでありますね。

……というような経緯で作られたこの作品、観ればわかりますが出演者はコールソンとリンチの二人。ただし、リンチは終始カメラに背を向けていて、顔は映っていません。特にストーリーというべきものもなく、コールソンは足の切断手術を受けた患者を演じ、リンチは白衣を着て医師の役を演じています。椅子に座ったコールソンの前にリンチが跪き、包帯を解いて傷口をあれこれ調べている間、コールソンはまったくの無表情のまま煙草をくわえ、手紙を書きつつその内容を声を出して読み上げています。最後にリンチが画面から走り去り、暗転して作品は終了。

このコールソンが読み上げる断片的な「手紙」の文言に、Olson氏はリンチ特有のモチーフやテーマを認めます。

「そこには本能に対する重圧がある(『彼は何も言わなかったけれど、私にはそれが本当のことだとわかっていたわ』)。破壊的な炎の力がある(『ハリーは小屋の中にある全部のレンジに火をつけたわ--彼は近所の家を全部焼こうとしたの』)。そして、作品が終わったあとも終わらない謎がある(『ポウルが夜中の三時に家に帰ってきたとき、あなたはどこにいたの?』)。」

大山崎としては、そこに散りばめられた「小屋(cabin)」「家(house/home)」というキーワードも気になるところでありますが、それはそれとして。

「興味深いのはリンチ自身が、自然の謎を”調査”することを通して混沌と破壊に挑戦する”科学の側に立つ者”を演じていることだ……ちょうど彼の父親がそうであったような。そして、この後のリンチ作品には、彼の代行者である探偵役の人物たちが何度となく登場することになる」

うーむ、ってーことは、キャサリン・コールソンも「自然の謎(enigmas of nature)」であるわけですかー。なるほど「丸太おばさん」だもんなあ(そーゆーことなのか?)。そーいえば、リンチがコールソンが眼鏡をかけるのを見て「丸太を抱えた彼女」のイメージを想起したのも、「イレイザーヘッド」製作中のことであったのでした。

2009年1月 3日 (土)

「Beautiful Dark」を読む (8)

お屠蘇片手に、Greg Olson著のデイヴィッド・リンチ伝記本「Beautiful Dark」をチマチマと読み続ける、新春の日々(早い話が、酔っ払っている(笑))。今回は「イレーザーヘッド」の作品そのものに関するOlson氏の記述なんかを、とりまとめて。

この作品の主人公であるヘンリーがその当時のリンチと等身大のキャラクターであり、作品自体がリンチの個人的な部分の反映であることは、これまでにもいろいろな論者から何度となく指摘され続けてきました。Olson氏も「この作品のいくつかのシーンは、スクリーン上にというよりも自分の頭の中に存在すると感じる」というリンチの発言を引用しながら、「『イレイザーヘッド』ほど、その創作者の実生活上の経験と緊密にリンクしたリンチ作品はない」と述べており、こうした見方を根底におきつつ作品をみていきます。

なかでも「イレイザーヘッド」に直接反映された実体験として氏が挙げているのは、娘ジェニファーの誕生とその結果としてのペギーとの早い結婚、そしてジェニファーが内反足の障碍をもって誕生し、生後まもなく大手術を受けなくてはならなかったこと、そして結果的に妻ペギーとの結婚生活がうまくいかず、離婚することになったことなどです。これらの諸事項はすでに他の論者によっても指摘されており、「イレイザーヘッド」を解釈するうえで基本的な見方であることは間違いないと思います。

と同時に、リンチが「ヘンリーを平凡などこにでもいる人間存在」として描いていることをOlson氏は指摘します。「(ヘンリーは)人生が投げ掛けるさまざまな無理難題となんとか折り合いをつけつつ」「自分や他者を傷つけないように日々を生きている」というのがOlson氏のヘンリーに関する人物評です。ヘンリーが抱える無理難題とは「メアリーXは彼を夕食に招待し、X夫人は彼に性的攻撃をかける。彼は夫と父親の役目を押し付けられる。彼の子供は異形の奇形児で、彼の自由を制限する。メアリーは彼を捨てる」などといったような事柄です。それらの難題を、ヘンリーは「生来の寛容性でもって辛抱強く受け止め」ます。映像からも明らかなように、「彼はメアリーなどよりよっぽど熱心に可哀そうな赤ん坊の面倒をみる。その点で、ヘンリーは世間一般が彼に対して要求する義務を問題なく果たしているといえる」わけです。

と同時に、「彼は精神的な避難所を希求するが、荒れ果てた工業的な環境やX家の食卓や、メアリーや赤ん坊とともにいる自分の部屋にすら、それを見つけられないでいる。ヘンリーは『家』に帰りたいだけなのだが、それはどこにも存在しないのだ」という具合にヘンリーの「希求」を位置づけます。結局、作品の途中でメアリーXは家を出て行ってしまうわけですが、Olson氏は彼女をはじめとして「向かいの部屋の美女」と「ラジエーター・レディ」が構成する「対立構造」に注目し、これらをヘンリーの「選択肢」であると捉えます。同時にこれらの「対立構造」を述べるうえで、グノーシス主義の世界観との類似性を指摘します。グノーシス主義者たちは、「世界」を「下位の劣った神が自らの優位性を主張するために作ったとんでもない間違い」であるとし、「人々が本当の心の拠り所に至る道に気がつくことを待ち望んでいる真の神は、下位の神によって人々の目から隠されている」とします。それに対し、Olson氏は「惑星の男」や「ラジエーター・レディ」を「生殖を強いる下位の神」……「メアリーX」や、彼女が家を出て行ったあと入れ替わりにヘンリーと生殖行為を行う「向かいの部屋の美女」……と対立するものとして捉えます。ヘンリーは、これらの選択肢のあいだで揺れ動きますが、最終的に「ラジエーター・レディ」を選択し、彼女によって救済されることになるわけです。

それに加え、Olson氏は「イレイザーヘッド」が内包する「再生」のイメージについて指摘します。たとえば、ヘンリーの頭が抜け落ち、工場で消しゴムにされたあと、工員がテストで鉛筆で引いた線を消し、その消し屑が宙を舞って再び頭が揃ったヘンリーに「再生」されるというシークエンスがその嚆矢です。すなわち「何よりも、ヘンリー自身が『消しゴム』である。彼は今までの自分を消し去り、新しく生まれ変わるのだ。鉛筆をヘンリーの身体のメタファーとしてみるならば、赤ん坊を作ることで、彼のペニスのペン先は世界に『印』をつけたといえる……何とかして消し去りたいような『黒い印』を」とOlson氏は記述します。

んでもって、氏は、この「再生」のイメージを、作品製作中にリンチが始めた「瞑想」……「Transcendental Meditation」との関連性において指摘します。この見方を裏付けるのが、当初リンチがAFIに提出した22ページのシナリオと、実際に出来上がった映像との差異です。Olson氏によれば当初の「イレイザーヘッド」のシナリオは、いろいろな点において前々回に触れた「Gardenback」との類似性が強いものでした。何よりもシナリオ版の結末は「巨大化した赤ん坊」にヘンリーが(文字通り)食われて終わるというもので、これは「Gardenback」の「家の中で育った怪物に侵食される主人公(同名のヘンリー)」とまったく同じだといえます。それが、最終的な映像では「ラジエーター・レディ」とヘンリーが「白い光」に包まれる「ハッピーエンド」になっており、完全に「転倒」しているわけですね。ペギーの証言によれば、「ラジエーター・レディ」は当初のシナリオには存在しておらず、この登場人物が「イレイザーヘッド」に現れたのは、リンチが瞑想を始めた後だったとのことです。Olson氏は、この「結末の変更」は、明らかにリンチが「TM」に触れた以降に行われ、その根底にある「ヒンズー思想」の影響下にあると指摘しています。

しかし、ヘンリーとリンチが「等身大」であるとするなら、このヘンリーの「選択」……「メアリーX」でも「向かいの部屋の美女」でもなく、「ラジエーター・レディ」を選んだという選択は、その当時のリンチの「選択」でもあったということです。ここで思い出されるのが、前回に触れた「美術館で、仏陀の頭の彫刻から白い光がピカ!」のエピソードなわけで、要するにリンチが家族生活よりも芸術生活を「選択」したことが、「イレイザーヘッド」でヘンリーが行った「選択」の構造と重なっているっつーことですね。

てな具合に、最終的にヘンリーは「ラジエーター・レディ」(と「白い光」)を選択するわけですが、Olson氏はそこに至る「過程」を問題とします。つまり、「ラジエーター・ガール」を選択し彼女との「抱擁」に至る前に、ヘンリーは「赤ん坊殺し」という行為を経るわけですが、それがヘンリー(とリンチ)にとってナニを意味するのか? ということですね。

Olson氏は、この問題を考察するに際して、「頭が抜け落ちたヘンリーの体から、赤ん坊の頭が顔を出す」映像に注目します。要するに、ヘンリーと赤ん坊の「等価性」ですね。これについてOlson氏は「ヘンリーは『叶えられない希求』という自分の傷口を、自分の子供に投影する。そして、それを自分自身とは別の生き物として、つまり『他者』としてみなす。『他者』は消却することが可能であり、それとともに彼の『苦痛』も消滅させることができるのだ」と述べます。「赤ん坊」はヘンリーの内面にあるもののを「他者化」したものであり、そーゆー意味で「同一」のものだということですね。この捉え方の根底には、人間の内面には「善や悪」などを含めたいろいろなものがごちゃまぜに内包されているという、リンチ作品が共通して採用する基本的概念があると(これはグノーシス主義の「世界観」とは相違している点であるという指摘とともに)Olson氏は述べるわけですが、このような機序で「赤ん坊殺し」は「ヘンリー自身の『何か』を殺す作業」として位置づけられることになります。

つまり、「ラジエーター・レディ」との抱擁に至るには、ヘンリー自身も何かを「犠牲」にしなくてはならず、それはたとえば「ヘンリーが自分の頭を失くすこと」あるいは、「ヘンリーの頭が落ちる」シーンに登場する巨大サイズの「鉢植え」が「血を流し」、その血に「ヘンリーの頭が浸かる」映像に表れているというのがOlson氏の見方です。逆にいえば、自分の内面に存在する(「他者化」された)「おヨロシくない部分」を消滅させることが、「再生=精神的成長」につながるということでありますね。Olson氏は、この「ヘンリーが自分の生命を失うこと(=頭を失うこと)は、瞑想者が自我意識を失うことのメタファーである」と述べ、リンチの「TM」への傾倒がこの作品に与えた影響を強く示唆します。

大山崎にとって、この「再生」のイメージとその「TM」との関連性の指摘は、なかなか興味深いものでありました。Olson氏も文中で述べていますが、このあたりは「キリストの受難」と「復活」というキリスト教圏のメンタリティに裏付けられた発想なのかもしれません。

さて、その後さまざまな紆余曲折を経て、「イレイザーヘッド」は「ミッドナイト・ムーヴィー」の代表作としてカルト的人気を獲得するわけですが、そこらへんはJ.Hoberman & Jonathan Rosenbaum著の「Midnight Movirs」などで既に紹介されているので割愛します。

というわけで、「Beautiful Dark」の「イレイザーヘッド」製作時期に関する章はおしまい。次は(ちょいと寄り道をはさみつつ)「エレファント・マン」の製作時期に関する記述が始まります。

2008年12月31日 (水)

「Beautiful Dark」を読む (7)

Beautifuldark えーと、忘れたころにやってくることになっている、Greg Olson著のデイヴィッド・リンチ伝記本「Beautiful Dark」についての話題。今回は、「イレーザーヘッド」を製作する前後のことなんか。

前回も述べたように、結局、 「Gardenback」に関してAFIの教官から不本意な指導を受けた挙句、作品が形にならなかったことで、リンチは一挙にヤル気を失くします。まあ、この頃から自分の作りたいものしか作る気ナッシングだったわけでありますね。あわせて、リンチはAFIの二年生のクラスに編入されるはずだったのですが、何故か手違いで一年次のクラスに入れられてしまっておりました。それもあって、リンチ、ぶんむくれてAFIをやめることまで考えます。

そうした荒れ模様のリンチに気づき、「何か問題があるのか?」と問い掛けた教授がおりました。名前はFrank Daniel教授。教授は「もし君が動揺しているのだとしたら、我々は何か間違ったことをしているのだと思う。自分が本当は何をやりたいのか、話してみてくれないか?」とリンチに声をかけます。そんなこんなでクラスの件が手違いであることがわかり、リンチは教授の誠意に感銘を受けつつ、「自分がやりたいこと」として「イレイザーヘッド」の核となるアイデア……「体から離れた頭が少年に拾われ、工場の機械にかけられて、鉛筆の頭につけられる消しゴムにされてしまう」というアイデアを話します。

というわけで、「イレイザーヘッド」はその「助走」を始めるわけですが、これに関してもやはりいろいろと紆余曲折があったようです。当然ながら、「Gardenback」と同じくリンチは「イレイザーヘッド」をAFIでの課題製作とするつもりだったのですが、一部の教授から「これはAFIが作るべき作品ではない」という反対を受けたみたいです。これに対して反論してくれたのもFrank Daniel教授で、教授は「(「イレイザーヘッド」の製作が)認められないなら、私はAFIを辞める」とまで言い、本当に辞表を提出します。教授自身はパフォーマンスのつもりで、まさか誰も本気に受け取らないだろうと思っていたようですが、これがなんとなんと受理されてしまいます。あれま(笑)。いわば教授は体を張ってリンチを守ろうとしてくれたわけで、リンチはDaniel教授のことを「史上最高の映画教育者だった」と賛辞を贈っていますが、いやまあ、これくらいは当然で、一生足を向けては寝られないんじゃないスかね、リンチ(笑)。

そのような騒ぎのすえに、最終的に「イレイザーヘッド」の22ページのシナリオは承認され、21分間の作品として製作することが認められます。1971年から製作がスタートしたこの作品は、結局89分間の作品として1977年に完成することになるわけですが、作品そのものに関するOlson氏の記述については次回以降に譲ることにして、今回は「イレイザーヘッド」製作期間におけるリンチ自身のことに絞って「Beautiful Dark」の記述をまとめてみます。

Olson氏は、「イレイザーヘッド」の製作をつうじて、リンチは二つの面で成長を遂げたと指摘します。まず、一つ目はは「芸術家」としての成長で、子供の頃の絵から少年時代の絵画に始まり、「アルファベット」などのアニメによる短編を経て、アニメと実写の混合作品である「グランドマザー」、そしてついには完全な実写長編作品を作るに至るという成長です。と同時に、Olson氏はリンチの人間としての成長をも見てとります。すなわち、自室に閉じこもりフィルムに延々と絵を描きこみアニメを創る、社会から切り離された寡黙な芸術家であったリンチが、多くの協力者たちや出資者たちとコミユニケーションをとって作品のヴィジョンを共有できるようになったという点でです。「イレイザーヘッド」を製作していた約5年間は、リンチにとって経済的な点を含めて苦しい期間であったわけですが、その一方で自身が言うように「長く素晴らしい旅(wonderful long juorney)」でもあったわけです。

しかし、この時期、リンチにとって「転換」となったのはそれだけではありません。私生活においても、大きな転換点を迎えることになります。

リンチが一日二回の「瞑想」を欠かさないことは有名な話ですが、その「瞑想」……正確にいうなら「Transcendental Meditation」との出会いも「イレイザーヘッド」製作期間中、27歳のときのことでした。事の始まりはリンチの妹のマーサがスキーに行ったときのこと。そのときについたインストラクターの男性が「いつも落ち着いていて、幸せそう」なことに気づいた彼女が「なぜ、そんなふうにいられるのか?」と尋ねたところ、彼の解答が「Transcendental Meditationを行っているから」というものでした。これがきっかけとなってマーサ自身も「Transcendental Meditation」を始め、彼女はリンチにもこの瞑想方法を紹介して……という次第だった様子。ただし、最初はリンチも懐疑的な部分を残していた様子が伺えます。「丸太おばさん」キャサリン・コールソンの証言によれば、同じように「Transcendental Meditation」に興味を持った彼女に対し、リンチは「キャス、もし制服を着せられて行進させられそうになったりしたら、走って逃げよう」と発言していたようで、やはり「洗脳」やら「統制」やらを受けるのを恐れていた様子です。いずれにせよ、その後「TMは自分にぴったりだと思った(knew TM was for me)」と発言していることからもわかるように、リンチにとって「瞑想」は切っても切れないものになっていくわけですが。

しかし、では、なぜリンチが妹の勧めに従って「Transcendental Meditation」のレクチャーを受けようと思い立ったのか。それについては、Olson氏はこのような事実を紹介しています。

その頃、リンチは当時の妻ペギーとうまくいかなくなっており、自宅には帰らず「イレイザーヘッド」のセットで……あのヘンリーが使っていたベッドで寝泊りするというようなことをしていたらしいです。リンチいわく「精神的にも最低の時期だった」とのことですが、なぜペギーとうまくいかなくなったのかについて、具体的な理由等は本書では明らかにされていません。ペギー側の談話として、「彼(リンチ)も結婚生活を続けたいと思っていなかったし、自分もそうだった」と、リンチだけでなく「早過ぎた結婚」が彼女にとっても負担であったことを匂わせています。あるいは「イレイザーヘッド」のテーマは、リンチだけでなくその当時の彼女にとっても「リアルなもの」であったのかもしれません。

加えて、「Gardenback」を製作していた時期の話として、ペギーは以下のような発言を残しています。すなわち、それまで……つまり、「グランドマザー」までは、リンチは自分(ペギー)と討論を重ねながら作品を製作していた。ところがロサンジェルスに移りAFIに入学してからは、他にもリンチと作品に関して意見を戦わせる相手が(若い女性も含めて)たくさんできてしまった、と。

これは大山崎の意見ですが、フィラデルフィアの美術学校で同級生だったペギーの幻術的感覚をリンチは評価していたということなのでしょう。共同製作とまではいかなくても、製作に迷ったときなど、リンチがペギーの意見を参考にしていたであろうことは容易に想像がつきます。そのあたりの実際は、前回触れた「『Gardenback』がなぜうまくいかなかったか」に関するペギーの分析にも表れているといえるでしょう。リンチがAFIに入学しそうした環境が変わったとき、ペギーはリンチの創作面で自分の価値が相対的に低下したように感じてしまったと告白しています。あるいはこうしたこともリンチとペギーの間の「パートナーシップ」がうまくいかなくなった要因としてあったのかもしれません……結局、二人は1974年に離婚してしまうことになるわけですが。

また、ペギーとうまくいかなくなった頃の話として、このような話が記載されています。

まだ「イレイザーヘッド」の製作が始まる前のこと、ロサンジェルス・カウンティ美術館で西インドの古代彫刻展が開かれ、リンチはペギーとまだ幼かったジェニファーを連れてこの展覧会を訪れたそうです。閉館時間も近くなった頃、リンチは家族から離れて一人で通廊をふらついていました。で、以下はリンチの証言--「他に人はおらず、彫刻が並んでいるだけで、非常に静かだった。ある角を曲がり、通路に目をやると、いちばん奥にひとつの台座があるのが見えた。台座に沿って上を見上げたら、そこには仏陀の頭部の彫刻が展示されていた。それを見たとたん、白い光が仏陀の頭部から自分の目に向かって放たれ……ブン!……私は至福感に包まれていた」。

えーと、「オーラの泉」っスか?(笑) とかいうのはともかく、実はリンチはペギーにもこの体験を話していなかったようで、このリンチの「体験」を彼女が知ったのは2000年のこと、それもOlson氏に教えられて初めてそのようなことがあったと知ったらしいです。そして、Olson氏はこの「美術館での体験」を、「リンチの芸術生活が家族生活から切り離されたことのメタファーである」と述べます。要するに、リンチが家庭を捨てて芸術生活に専念することを決意したことを、ゴータマ・シッタルダが仏門に入るとき「家族や王宮生活を捨てたこと」に例えている……というのがOlson氏の見方であるわけですね。

しかし、いや、そっかー、仏様のお導きじゃ離婚してもしょーがないわなー……などと思ってしまう大山崎は、近頃めっきり不信心者なのでした(笑)。

2008年12月22日 (月)

いつも足もとに「Fire walk with me」

久々のdugpa.comネタ。

Nike社スニーカーの2009年新作ラインアップに、ぬわんと「Twin Peaks」モデルっちゅーのが予定されているらしい。
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ご覧のとおり、黒を基調にした本体に、アンクル・ストラップには「殺人事件に関する三つの手掛かり」の一つ「The owls are not what they seem」の「フクロウ」があしらわれ、チラっと「カーテン」の「赤」がのぞくのもオサレ。何よりも極めつけは、靴底の「白黒の波模様」……いや、一瞬、「地下足袋か?」とか思っちゃったのはナイショ(笑)。

正式商品名は「Nike SB Dunk High Premium - "Twin Peaks"」で、来年の春頃発売とゆー予定であるらしい。お値段は……よくわかりませんが、同シリーズの日本価格をみる限り、だいたい15,000円弱ってなイメージでよいのかしらん? 詳しいひと、教えてください。ただし、ざっと当たってみた限りでは、現在のところ国内外ともに予約を開始しているところはなさそう。まあ、発売日自体がまだ未定だしな。

しかし、だ。Nike社の元記事についたコメントを読むと、「靴はカッコイイけど、『TP』は観たことないんだよネー」とゆーのが並んでいて、ちょいと教育的指導をカマしたくなりますな……いや、ほんの1496分+135分ばかり、テレビの前に縛り付けて不眠不休のマラソンで(笑)。

そーさのう。次は「赤」を基調にした「踊る小人」ヴァージョンとかも出してくれんかのう(笑)。

2008年12月 4日 (木)

「Beautiful Dark」を読む (6)

んなわけで、Greg Olson著のデイヴィッド・リンチ伝記本「Beautiful Dark」をば、チマチマ読んだり読まなかったりする日々。

AFIに入学して妻ベギー&娘ジェニファーとロサンジェルスに移り住んだ直後、リンチは「サンセット大通り」のノーマ・デズモンドの屋敷として使われた建物を捜して、あちこちうろついたらしいです*。リンチの「サンセット大通り」に対する思い入れはいろいろな形で有名だけど、ということは1970年までにすでにリンチはこの作品を観ていたわけですね。根拠ナシなんだけど、なんとなくもっと後で観たのかと思っていたので、ちょっと意外。

「影響を受けたもの」という件でいえば、カフカの「変身」やゴーゴリの「鼻」をリンチが読んだのはAFIに入学してからだった……という事実がこの伝記中で明らかにされております。特に「鼻」に関しては、リンチは深い感銘を受けたようで、そのシュルレアリスム的な描写や、数回に及ぶナラティヴのシフト、オープン・エンドな結末等々に影響を受けた様子であります。当時の妻だったペギーの証言によると、「彼は『鼻』を翻訳で読んだので、より簡略化され(リンチ自身の考えや感覚や想像を反映させることができる)『余白』を残した形で体験することができた」ということでありますが、Olson氏はこれは、「(作品を作るに際して、観客が)夢をみる余地(give you room to dream)を残すように努めている」というリンチの発言と重なる……と述べています。

さて、映像作家を養成する学校であるからには当然至極ではありますが、AFIは学生に作品を作ることを求めておりました。リンチはそれに応えて「Gardenback」という作品のシナリオを書きます。これまたペギーの証言によれば、この作品はリンチが描いた「背中から緑色のものを生やし、前かがみになった人物」の絵に基づいたものであるようですが、ざくっとした粗筋はこんな具合。

「ヘンリーとメアリーは彼らの家で幸せに暮らしておりました。ある日、ヘンリーは別の女性を見掛け、『何か』がその女性からヘンリーへと移ります。その『何か』とは『虫』で、それはヘンリーの心に似た屋根裏で大きく育ちます。彼の家は、彼の頭のようなのです。『虫』は育ちつづけ変化して怪物になり、ヘンリーを乗っ取ってしまいます。ヘンリー自身が怪物になってしまったわけではありませんが、彼はそれと折り合いをつけつつやっていかなくてはなりません。しかし、そのせいで彼の家庭は完全に滅茶苦茶になってしまいます」

とまあ、Olson氏の指摘を待つまでもなく、みてのとおりこの作品のテーマは、完全に毎度お馴染みの「何かよくないことが起きる場所としての『家』」あるいは「人間の内面を表すものとしての『家』」であるということですね。Olson氏の指摘によると、このように「頭」を「家」になぞらえるという考えは、過去、多くの創作者や哲学者によって採用されていたようです。ただし、リンチはそのような過去の著作物に触れる前にこの「家」に関するテーマの作品を作っており、かつ、現在でもそのような著作物をほとんど読んでません。

もうひとつ、この作品のテーマとして採用され、後のリンチ作品にもみられる共通テーマとみなされるものとして、Olson氏は「不倫(adultery)」を挙げています。たとえば「イレイザーヘッド」の「向かいの部屋の女性」、「ロスト・ハイウェイ」の「レネエ」、「インランド・エンパイア」の「スーザン」にみられるような、っつーこってすねい。これまたペギーの証言によれば、リンチはロマンチストで、「互いに相手を連れた見知らぬ同士が、エレベーターの中で出会って一目惚れ」なんてなことが本当に起きる可能性があるなどとのたまっていたようです。そんなこと嫁さんと話してていいのか、リンチ(笑)。

興味深いのは、この作品に登場する”「虫」によって表されるもの”についてのOlson氏の考察です。当然ながら、これは「ヘンリーのメアリーに対する裏切りの象徴」であるわけですが、Olson氏は過去の文学作品において「虫」が「不安や欲望や恐怖によって不安定になった精神状態」を表すものとして使われていた例を挙げるとともに、ルイス・ブニュエルの諸作品に現れる「虫」についても触れています。ただし、リンチはそうした文学作品を読んでいないし、ブニュエルの映画作品を観たのも、この「Gardenback」のシナリオを書いた後であることも明らかにされています。この「虫」は、明らかにカフカの「変身」からの影響であるわけですが、同時にOlson氏は、むしろリンチが12歳のときにアイダホで観たカート・ニューマン監督の「蝿男の恐怖(The Fly)」(1958)、あるいはエルビス・プレスリーの「恋にしびれて(All Shook Up)」の歌詞「My friend's say I'm acting wild bug; I'm in love, I'm all shock up」からの影響だったんじゃねーの? と述べています。

このように改めて指摘されると、リンチ作品における「虫」のモチーフの共通性に気づかされます。Olson氏は例として、主人公のジェフリーが「害虫駆除員」になりすましてドロシーの部屋に入る「ブルーベルベット」を挙げていますが、思うに「ロスト・ハイウェイ」においてもピートの部屋の壁を這う「蜘蛛」や、照明器具の傘の中でもがく「蛾」が登場していますね。これらの「虫たち」が(駆除されるものをも含めて)何を指し示しているかといえば、やはり「よからぬ感情や意識や考え」であるように大山崎は思います。また、Olson氏はリンチのドローイングに「ant in house」というまんまな作品があることも指摘していますが、これもまたやはりモチーフとしては完全に同根であるのでしょう。

しかし、結局、リンチは「Gardenback」の作品自体を全ボツにします。その理由のひとつは、当初リンチはこの作品を45分くらいの中編として考えていたのですが、AFIの教官から「リニアなストーリーやダイアログを加えて、長編作品にせい」という教育的指導が出たことです。それは自分がやりたいことではなかったので、やる気を削がれたリンチは気分シオシオ。ううむ、この頃から「テメーの作りたいものを作りたいように作る」という基本姿勢を確立していたわけですね、エライなあ(笑)。そしてそれ追い討ちをかけるように、ワロン・グリーン(Walon Green)監督の「大自然の闘争 驚異の昆虫世界(Hellstrom Chronicle)」**(1971)が劇場公開されます。この作品は「虫」による世界支配を科学者が警告するっつー体裁のセミ・ドキュメンタリーでありました。これをみたリンチは、他人様が先にやっちゃったものの二番煎じはヤダ! とゆーことで「虫」関連について一気にやる気をなくし、このシナリオはなかったことになってしまいました。

実はリンチはこのシナリオを書いている最中、ペギーと繰り返し討論を交わしており、彼女はこの作品の問題点を以下のように指摘しています。すなわち、「デイヴィッドは不倫という巨大で邪悪な怪物を、悪として捉えられないでいた。なので、彼はこの怪物をドラマ的に適切に倒す方法を見付けられなかった」と。えーと、そりゃまあ、「エレベーターで見知らぬ同士が一目惚れ」なんて言ってるようでは、この「虫」は退治できなかったかもしれません(笑)。

とゆーよーな経緯でこの「Gardenback」は幻の作品となってしまったわけですが、「心のような屋根裏(attic, whitch is like his mind)」や「頭のような家(The house is like his head)」がというイメージを、リンチは映像的にどのように表現するつもりだったのか、ちょっと観てみたかったよーな気もします。しかし、この作品の「ヘンリーとメアリー」という登場人物名はそのまんま、「不倫」というテーマは形を変えて「イレイザーヘッド」に引き継がれることになるわけです。

*結局、当時のリンチは見つけられずじまいだったみたいですが、IMDbによるとノーマ・デズモンドの屋敷として使われたのは「641 N. Irving Boulevard, Midtown, Los Angeles」の「Getty Mansion」という建物で、現在はすでに取り壊されてしまっているそーです。

**
余談ですけど、この「大自然の闘争 驚異の昆虫世界」、フランク・ハーバートの小説作品「Hellstrom's Hive」(1973/未訳)に触発されて作られたらしいです。「砂の惑星」の監督を引き受けたとき、リンチがそれを知っていたかどーかは不明。いや、たとえ知っていたとしても、さすがのリンチも「二番煎じは……」とか言い出して「砂の惑星」を蹴飛ばしたとは思えませんが(笑)。

2008年11月30日 (日)

「Beautiful Dark」を読む (5)

うええ。なんだかなんだでなかなか読み進まないGreg Olson著のデイヴィッド・リンチ伝記本「Beautiful Dark」でありますが。今回は、お約束どおり「グランドマザー(The Grandmother)」(1970)製作の前後あたりをば、Olson氏の作品分析を中心に。

AFI(American Film Insititute)から製作資金を得たリンチは、さっそく「グランドマザー」の製作に取りかかります。途中、AFIから追加資金を受けるなど「なんやかんや」しながら完成したこの作品にも、やはりリンチ作品の共通テーマ……「家族間のトラブル」あるいは「何かよくないことが起きる可能性のある場所」としての「家族の住む家」が現れていることをOlson氏は指摘します。

この作品に表れる「家庭内のトラブル」は、「厳格かつ野卑で暴力的な父親」と「父親から迫害を受ける息子」という形で現れます。少年はそれから逃れるために「祖母」を種から育てます。彼は祖母に甘え、祖母は彼に愛情を注ぐと同時に過酷な環境から逃れる「種」を彼に受け付けます。「祖母」は死んでしまうわけですが、少年のなかに受け付けられた「種」は育ち続け、彼を忌避すべき環境から解放することになる……というような「厳格な両親/慈しむ祖母」というテーマを、著者のGreg Olson氏は「グランドマザー」から読み取ります。

同時に、この作品に登場する「厳格かつ野卑で暴力的な父親」は、後のリンチ作品に表れる「野獣のようなキャラクターの原型」として捉えられるとOlson氏は述べます。たとえば「ブルーベルベット」のフランク・ブースや「ツインピークス」のキラー・ボブのような「存在」の「原型」でありますね。Olson氏によれば、こうした「野獣的なキャラクター」も、リンチ作品に頻繁に現れる共通モチーフのひとつとして理解されることになります。つまり、キラー・ボブの例に顕著なように、これも”何か他の存在が、自分の「内面」に侵入することへの恐怖”であり、”「無秩序で混沌とした外界」が「内面」を脅かすことへの不安”に基づいているということであります。「グランドマザー」に話を戻すと、「少年」の抱く「恐怖」というのは、自分も父親のような「野獣」になってしまうことである……というのがOlson氏の分析であります。

Olson氏はこのような「恐怖」を抱く「少年」に、リンチの「自己投影」をみます。当然ながら「外界からの侵入」をもっとも怖れているのはリンチ自身であるわけで、であるからこそ共通モチーフとして様々な作品に現れることになるとゆー機序でございます。と同時に、少年が地面から生まれたことに驚く「両親」のキャラクターのほうにも、長女ジェニファーの誕生に驚き慄いたリンチの「自己投影」がなされているとOlson氏は喝破します。で、この作品の「両親」に対するリンチの「自己投影」は、続く「イレイザーヘッド」でも継承され、テーマとして発展していくわけですね。このあたりは、たとえば「ロスト・ハイウェイ」でピートがフレッドの「代弁者/代行者」であるのと同じような意味で、リンチ作品の諸登場人物はリンチ自身の「代弁者/代行者」として機能しているとみなされること……つまりは、リンチ作品が非常に「リンチの私的なもの」の投影であることの指摘として捉えてヨロシいんじゃないか……と大山崎は考えましたことでした。

ちらっと前段で書きましたけど、この作品の「少年」も「両親」も「地面の中から生まれてくる」んであります。「祖母」のほうも「種」から生まれてくることに表されているように、「土」の中から生まれてきます。Olson氏は、そこに毎度お馴染み「表層の下にあるもの(beneath the surface)」 のモチーフを見いだしています。これは、後に述べる「区分けの消滅」というこの作品の特徴とも関連しているわけですが。

次いで、「学ぶ」ということをキーにして、Olson氏は「アルファベット」と「グランドマザー」を「対比」させ、その「差異」を述べます。「アルファベット」では「強制的に学ばされることのへの嫌悪」が描かれているのに対し、「グランドマザー」では「知識を獲得することの喜びと価値」が描かれているということですね。つまり、「アルファベット」におけるアルファベットの文字によって表されている「知識」は、少女=子供にとって”敵対的な大人の世界から見下ろされつつ、無理矢理「注入」されるもの”であったわけですが、逆に「グランドマザー」の少年は、”両親が属する野卑で暴力的な階下から、自分で階段を上って「直感と愛情」そして「世界とのつながり」という「人生教育」を受けに行く”というのがOlson氏による両作品の比較です。大山崎の私見ですが、”「すでに体系化された規則」に従った「知識」”と”「体系化されていない」感覚的な「経験則」”の違いが、リンチ作品において「ネガティヴに扱われるか/ポジティヴに扱われるか」の差異になっているんですかね? あるいはその「獲得」が、結果として「受動的であるか/能動的であるか」の違いにあるのかもしれません。「受動的」である場合は、これはいいかえれば”「外界」からの「侵入」への恐怖”としても理解可能なような。

Olson氏の指摘のなかで大山崎がもっとも面白いと感じたのは、この「グランドマザー」においては、「アルファベット」でみられたような「実写部分」と「アニメーション部分」の区分けというのが消滅しているという点でした。前回にも述べたように、「アルファベット」では「実写=現実の少女」というフレームと「アニメ=少女の内面」という「区分け」が(最終的には消滅するとしても)まず存在しているわけですが、「グランドマザー」ではそもそもそうした「外面/内面」の区分け自体が存在しないとOlson氏は述べます。「アニメ部分」が減少して「実写部分」が増えているという映像的比率の違いはさておき、それとも関係なく本質的なところで、少年や両親や祖母の「実写部分」と、たとえば両親や少年が地面の中から生まれるといった「アニメ部分」が完全に等価なものとして地続きに扱われている、ということですね。Olsoin氏が言うように、「イレイザーヘッド」や「ロスト・ハイウェイ」などをみても、こうした「区分けの消滅」はその後のリンチ作品の明確な特徴になるわけですが、実際問題としてこれ以降、「Dumb Land」などの例外を除いて、リンチは基本的に映像作品を「実写」でのみ製作するようになったのも事実です。このような理由で、この作品をOlson氏は”「時間経過とともに変化する絵」を作っていた「画家」としてのリンチ”と”「映画」というメディアを意識した「映像作家」としてのリンチ”の「明確な分岐点」として位置づけています。

ところで、こうした「区分けの消滅」は、「グランドマザー」に関してリンチ自身が述べた短いキャッチ・フレーズに端的に表れています。1970年にBellevue Film Festivalでこの作品がコンペ出品されたときに述べた、「a journey into the mind of lonley boy」っつーのがそれなわけですが、こりゃもう、確かにまんまっちゃあ、まんまです。大山崎としては、「lonley boy」の部分を「despairate husband」に置き換えれば「イレイザーヘッド」や「ロストハイウェイ」になるし、「brokenhearted actress」に置き換えれば「マルホランド・ドライブ」になってしまうよーな気もしますですが、それはそれとして(笑)。この「journey into the mind」というフレーズに関連して、Olson氏はリンチの家にある数少ない書籍のなかに、ウィリアム・ブレイクの詩集が含まれているという事実を指摘しています。「For in the Brain of Man we live」とか「To Me This World is all One continued Vision of Fancy or Imagination」とかいうブレイクのフレーズは、まんまリンチの諸作品にも当てはまるわけですね。

余談として、Olson氏は、リンチは自作についてそれぞれ短いキャッチ・フレーズをつけると指摘します。確かに我々もよく目にする光景ですが、新作の記者会見やインタビューで自作についての「説明」を求められたとき、リンチはそうしたキャッチ・フレーズを繰り返すだけですませてしまいます。たとえば「インランド・エンパイア」の「A woman in trouble」なんつーのも、その典型例であるわけですね。で、それ以上の説明は一切せず、受容者の解釈(ないしは誤読)に任せてしまう……てなことを、リンチは「グランドマザー」の頃からやっていたことになります。こうしたリンチの自作への態度を、Olson氏は皮肉っぽく「戦争中に捕虜になった兵士が、敵軍兵士のどのような尋問に対しても、自分の名前と所属と認識番号しか答えないがごとく」とか評しておりますが、まあ、そのようなことを評論家に言わせたくなるほどリンチの口が堅いとゆーことでありましょーか(笑)。

てなわけで、これで第一章「FEARFULLY AND WONDERFULLY MADE」は読了。リンチは「グランドマザー」を完成させるわけですが、AFIから追加資金を受ける際に、実はリンチはもうひとつのオファーを受けておりました……ロスアンジェルスに来て、AFIに入学しないか、と。このあと、リンチは友人のジャック・フィスクやらアラン・スプレッドたちと一緒にフィラディフィアからロサンゼルスに移り住み、そこで初の長編映画「イレイザーヘッド」を五年かけて製作することになります。そのあたりの話は、次回からとりあげる第二章「FACTORY CHILD」にて……ってことで。

2008年11月 8日 (土)

「Beautiful Dark」を読む (4)

忘れたころにやってくる(笑)、デイヴィッド・リンチの伝記本「Beautiful Dark」の話題であります。

うむむ、電車のなかで読めないと、なかなか読み進みませんなあ。いまだにフィラディルフィア時代をさまよっているワタシ(笑)。なんとか「アルファベット」が作られる前後のところまで読みましたんで、そこらへんまでご紹介。

「アルファベット」に関する記述の紹介と前後して、リンチ作品全体に関するOlson氏の見方とゆーか記述があるので、ちょいとこれを先に紹介しておきます。

リンチ作品の製作過程の根底にあるのは、リンチが言うところの「act and react」であるとOlson氏は述べます。リンチが画家を目指していたころに「絵画」におけるパラダイム・シフト……つまり、伝統的な「現実の説話的な描写(narrative representation of reality)」が棄却されて、「自由な抽象表現(freedom abstraction)」や「アクション・ペインティング(action painting)」なんやかへのシフトがあって、リンチはその洗礼を受けているとOlson氏は指摘します。でもって、そういうまず「絵画」において採用された「何が正解でバランスがとれているかを判断するにあたって、その瞬間その瞬間の感覚にしたがう」といった手法をリンチは映画作品にも持ち込んでいて、「絵筆をふるうように映像や音響を使ってムードや感情の高まりを描き、それを時間経過とともに変化するよう構成する」ってなことをやっている、と。んで、その結果として、「(リンチの作品は)我々が大多数の映画を観る際に慣れ親しんでいるような、安定し理路整然とした可読性を欠いている(lack the stable, orderly readablility of most of what we are accustomed to seeing on the screen)」ちゅうこってす。でも、一見「予測不能で、安定を欠き、混沌としている(unpredictable, unstable, and chaotic)」ようにみえるリンチ作品てーのは、「時として言葉では表せないような感覚的-感情的な意味を伝える動的な過程のなかで、相互的に作用する諸要素によって出来上がったものである(they are composed of elements interacting in a dynamic process that conveys often sublingual sensory-emotional meanings)」とOlson氏は述べます。

まあ、ぶっちゃけたハナシ、大山崎がしつこく言及しているリンチ作品における「イメージの連鎖」ちゅうのは、Olson氏の見解をちょっと別な角度から、非常に雑駁に述べたものと捉えていただいてかまわねーかなと思います。リンチ作品が登場人物の「感情」をキーにして理解できること、リンチ独自の感覚に基づいた「抽象的概念の結節=イメージの連鎖」によって成立していること、そしてリンチの映像作品と絵画作品は手法として共通していること等について、氏は指摘しているわけです。「予測不能で、安定を欠き、混沌としている」ってーと、まるで「統合失調症患者の妄想」みたいですが、決してそーではないとゆーことですね(笑)。

んでもって、「アルファベット(Alphabet)」(1968)に関して。

ちょっと「Beautiful Dark」内での記述とは前後関係が入れ違うんですが、Olson氏はこの作品がリンチが「映像のみ」で表現することに軸足を移した最初の作品であることを指摘しています。つまり、ご存知のように、「嘔吐を催す六人の男」が、リンチの頭部を原型とした「彫像」がスクリーンに貼り付けられているといういわゆる「インスタレーション」のジャンルに属する作品であったのに対し、「アルファベット」はそうした(いわば)ギミックを排した「映像一本」での表現を目指しているということです。リンチの画家から映像作家への軸足のシフトは、この作品において決定的に行われた……ということですね。とはいえ「アルファベット」を作ったときには、リンチは映像製作に関する教育などまったく受けてなかったので、ま、見よう見真似とゆーか、この作品にみられる映像文法は、自分が観たことのある数少ない映画作品から本能的にリンチが学び取ったものであると、Olson氏は述べています。

この作品が、当時のリンチの妻だったペギーの姪の「悪夢」をもとにして作られたことはよく知られた事実でありますが、Olson氏はそこに「強制的な教育に対する恐怖」というテーマを読み取ります。特に、この作品に明瞭に現れているように、「言語」を強制的に「習得」させられることに対する「恐怖」ですね。そして、リンチが「言語習得」に対して抱く「恐怖」の根底に、氏は「言語習得前の子供が抱く自由な発想や概念が、言語によって整理/体系化されることによって制限を受け、無味乾燥なものになってしまうことへの精神的苦痛」を読み取ります。リンチにとって、そのような「制限」はそのまま創作の障害につながるものであり、その姿勢は現在に至るまで変わっていない、と氏は指摘します。リンチが自作について語ることを頑なに拒否するのは、まさにそうした「制限」に対する恐怖からであるわけっスね。

そして、この作品もやはり「表現主義的」な手法に基づいていることが指摘されます。この作品でいえば、「外面」として現れているのはペギー・リンチによって演じられている「少女」の実写映像であり、「内面」として現れているのは「キュビズム的な手法によって描かれた頭部」などを描くアニメーション映像であると氏は述べます。つまり、アニメーション部分で提示されているのは、少女の「内面」で発生している「事象」であるということですね。「キュビズムの頭部」に「A」やら「B」やらのアルファベットがぶち込まれ、この「頭部」はうげーと喘ぐわけですが、それに続いて実写映像のほうでも「少女」がうげーと喘ぎます。「頭部」がでんでろりんと血を吐くと、「少女」もでんでろりんと血を吐きます。つまりこの両者は連動していて最終的には「内面」と「外面」の境界が消失してしまうわけですが、こーゆー「内面の外界化」という表現を、リンチは「インランド・エンパイア」の”「スミシーの家」の実体化”に至るまでずーっとやっているということですね。そもそも、「アルファベット」の冒頭で提示される「少女がベッドで寝ているショット」そのものに、Olson氏はその後のリンチ作品が提示する「夢と現実の混同(interpenetration of dream state and waking reality)」の初期形を見て取っております。となると、「マルホランド・ドライブ」の冒頭で提示される”枕に向かって進む「視点」”の映像は、この「ベッドに横たわる少女」のヴァリーエションといえなくもないかも……と大山崎は思ったことでした。

で、AFI(American Film Insititute)が有望な映像作家の卵に作品制作費を提供していることを知ったリンチは、この「アルファベット」を提出するとともに、「グランドマザー」の脚本で応募します。リンチは他にもっと有望な候補者がいることを知っており、自分が選ばれるとはあんまり考えてなかったみたいですが、みごとに製作資金を獲得します。その当時、審査にあたっていたGeorge Stevens Jr.氏は、「応募された作品をカテゴリーごとの山に集めていたのだが、その作業が終わったとき、ひとつだけどの山にも属さない作品が残っていた……それが『アルファベット』だった」と証言しています。いやまあ、確かに、どのよーに分類してよいか困る作品であるかもしれません。

ってなことで、次回は「グランドマザー」(1970)製作の前後のことなどについて、です。

2008年10月30日 (木)

「Beautiful Dark」を読む (3)

うははー。Linux2号機が絶不調でございます。使用中にいきなりブチっと電源が落ちやがるの。打ち込み途中の文章がパアじゃねえかよう、ナニ書いてたんだか忘れちゃったよう(笑)。トロいくせに爆熱を出す機体なんで、そのうち電源がイカれるかもなあと思ってたんだけど、そりゃアンマリよ随分ね(笑)。まあ、古い機体だし、シリコン・グリスが硬化してCPUからヒート・シンクへの熱伝導がうまくいかずに熱暴走……ってな可能性もあるんで、一回バラしてグリス塗り直してみよーかな。

実はLinux3号機も先月あたりからなんか挙動がおかしくて、充電池がセットされていると電源が入らないってのは、いったいどーゆー仕儀でありましょーか(笑)。とりあえず、AC電源だけなら動くんで、電池引っこ抜いて運用中。まあ、9000円で買った機械だしあんまり贅沢はいわんが、アンタは確かノートPCのハズじゃなかったのか、その「自己同一性」はないのか(笑)。

ってな具合に、あっちゃこっちゃ脱線しながら、ボチボチと読書進行中(笑)。引き続き、デイヴィッド・リンチの伝記本「Beautiful Dark」のお話。

ちょっと話は戻って、「映像製作」に至るまで画家を志望していたころの「絵画作品」についても、いろいろと興味深い指摘がいくつかありました。

まあ、フツーそーだろーと思うのだけれど、まあ、最初はリンチも写実画から描き始めていて、最終的に抽象画に至るまでにはいろいろな画家の影響を受けたことが、ティーン・エイジのころに描かれた作品からはうかがえるそうな。たとえば、明らかにゴッホの色彩の影響を受けたであろう「自画像」が残っていて、まあ、その、髪に隠れてだかなんだか、左耳がよく見えないように描かれていると(笑)。うむむ、ゴッホの「耳」と「ブルー・ベルベット」の「耳」をつなぐリングってえわけでございますな。

しかし、ハイ・スクールのころになると、すでにキュビズムの手法をとりいれたりしてたりで、写実的な具象画からは逸脱していた様子であります。フランシス・ベーコン作品との出会いは、まあ、有名だからおいとくとして、Olson氏は1950年代の「抽象表現主義」の画家たち、とりわけフランツ・クラインからの影響を指摘していますが、えーと、クラインの絵っちゅうと、たとえばこんな感じ。

Kline03

いやもう、こりゃまたみごとに真っ暗けっつーか、モノトーンっつーか、白黒ってゆーか、リンチの一連のドローイングみてると、ああた、確かに影響受けまくりに受けてマスったら受けてマス(笑)。

で、「嘔吐を催す六人の男」なんですが、Olson氏はこのリンチの処女映像作品に、その後の様々な映画作品にみられる特徴やモチーフの萌芽をみます。「初期短篇集」のDVDを持ってるヒトは、参照しながら読んでくだせえ(笑)。

まずOlson氏が指摘するのは、分割した画面に映し出される「カウント・ダウン」の「数字」と、「LOOK」という「文字」であります。リンチの「絵画作品」には、こうした「文字」や「数字」が貼り込まれたものが多数あるわけですが、映像処女作品である「嘔吐を催す六人の男」にもそれが現れちょるわけです。「インランド・エンパイア」においても、スー=ニッキーの右手の甲に書かれた「LB/」ってなのがありました。いわゆるひとつの「文字のテクスチャー」ってヤツでございます。

続いて、画面右側に「二人の男」の「映像」が映し出されるわけですが、「一人」ではなく「二人」であるところにOlson氏はその後のリンチ作品に現れる「抽象概念」の基本的提示方法をみてとります。氏は「One and Same」という言い方をしていますが、画面左にあるリンチ自身の顔から型を採った彫像を含めた「六人の男」はすべて「等価」で、全員の「総体」でもって”「人間」の「概念」”という抽象的かつ普遍的なものを表わしているのだということです。要するに「インランド・エンパイア」に現れた、ニッキーやらスーやらロスト・ガールやらの「トラブル=機能しない家族」の「諸例」がすべて「等価」であって、それらの「集合体」が”「機能しない家族」の「抽象概念」”という普遍的なものを表わしている……ってのと、同じことなんでありますな。まあ、こういう「抽象概念」や「普遍/一般」の表し方って、リンチの専売特許ってわけじゃなくて、芸術全般でよく使われる「手口」であるとは思いますけども。

でもって、「嘔吐」というものそのものが”外部からはうかがいしれない「内面」”があからさまにされる行為なわけで、Olson氏の文章を引くなら「リンチの劇場用映画作品は人間精神の深部における働きを暴いているが、この彼の最初の映画では、六人の男たちの肉体的器官の内部を明らさまにすることによって、表層の下に潜むものを白昼のもとに晒したいという衝動を表明している」っつーことです。つまり、この「嘔吐」によって表されるものは”「外面」と「内面」の対比”ひいては”「内面」の「外界化」”であって、いうなれば「ゲロはきわめて表現主義的」なものであるってーことっスね(笑)。しかし、ま、サルトルといい、ジョン・ウォーターズといい(をい)、「ゲロ」が人間の思索や創造に与える影響というのは多大でありますなあ。バブルの頃は終電間際の駅のホームがゲロまみれだったりしましたが、アレは非常に実存主義的かつ表現主義的な時代であったわけですなあ(ホントかよ?)。それはそれとして、リンチが絵画や映像を含めた自分の作品の方向性を、この時点から”「人間の内面」の「視覚化」”に向けて確立していることは明白であって、こうした方向性のもとに「ブルー・ベルベット」の「芝生の下に潜む蟻」とか、「ロスト・ハイウェイ」や「インランド・エンパイア」の「人間の内面の象徴としての家」というようなモノが出てくるわけですね。

もひとつ、この「嘔吐を催す六人の男」はループさせたフィルムによって上映され、リンチがその気になれば延々と何度も映し出されること(DVDでは六回リピートですけど)もOlson氏は指摘しております。氏の表現を借りれば「繰り返し嘔吐に苦しむ人間存在というアイデアが、リンチの頭にあったことは明白だ」ということで、まあ要するに、こうした「嘔吐」(によって表される)行為を「人間」がその生ある限り延々と続けるっつーことをこの「リフレイン」は指し示しているわけです。ぶっちゃけのハナシ、「ロスト・ハイウェイ」の「円環構造」と基本的に同一の発想だといえるでしょう。

サウンド・トラックとして流れる「サイレンの音」は、明らかにその後のリンチ作品の音響の特徴である「インダストリアル・ノイズ」の先駆けであるし、「炎」もやっぱ現れるし、その他モロモロ、リンチ作品を通して現れる共通したモチーフが「嘔吐を催す六人の男」には「テンコ盛り」だとOlson氏は指摘しております。たーしーかーにおっさるとおりで、いやあ、リンチって全然そのころから「ブレがない」んですねー……とゆーお話でした。

2008年10月28日 (火)

高き「Lime Green Box Set」の悩み

Dllimegreen 本日のdugpa.comネタ。

11月18日に発売が迫ったディヴィッド・リンチの新DVDボックス「Lime Green Box Set」についての続報。謎だった「Mystery Disk」の内容が、徐々に明らかになってきました。

こちらのインタビュー記事によると、「Mystery Disk」に収められる映像特典は……

・「ワイルド・アット・ハート」の未公開シーン(32シーン)
・フィラデルフィア時代に作った16mmフィルムの実験フィルム各種
・「Rabbits」のオリジナル・エピソード

……という具合であると、リンチ本人がバラしております(笑)。

「実験フィルム各種」のほうは、60年代からリンチが所蔵していたフット・ロッカーを86年ごろ開けてみたら、あら、まあ、「お宝映像」が……という文字通りの「お蔵出し品」だそうな(笑)。内訳としては、当時の作品である「アルファベット」や「グランドマザー」用に撮影した各種素材、および「アナシン(Anacin)」という薬の「架空コマーシャル・フィルム」なんてのが混じっている様子。「アナシン」って、ナンの薬ですの? ……と思って調べてみたら、要するに主成分がアスピリンとカフェインの「頭痛薬」っつーか「鎮痛薬」なんスね。

にしても、そっかー、「Rabbits」収録されるっすかー。うむむー、$179.99かあ。円高だしなあ。悩むなあ。どーでもいいんですが、「エレファントマン」の特典映像とブックレットについて「いやあ、そんなにレアな内容じゃないよん(Well, it’s not so rare)」とか本人が言っちゃうのは、売り上げ的にみたバヤイ、どーなんですか?(笑)

その他、いままでリンチ作品の北米版DVDにはチャプターを付けるのを拒否していたのに、「インランド・エンパイア」のDVDで初めて付けたのは何故? という質問に対して「最初は作品そのままの形で収録するのがいいと思ってたんだけど、ちょっと考えを変えた。だって、オシッコ行きたくなったりしたら、困っちゃうだろ?」とか答えてるのも、どーなんですか?(笑) いや、別にチャプターがなくても、プレイヤーを一時停止すりゃいいだけの話なんでは……と思ったりもするんだけど、半分冗談なのかなあ(笑)。でも、リンチ、「オーデオ・コメンタリー」だけは死んでもやる気がないよーです。

「インランド・エンパイア」は、最初から、劇場での興行収益よりもDVDで売ることを考えて製作したのではないか? と、割とキツい質問があったりなんかして。おそらくは、低解像度の民生用DVでの撮影を念頭においての質問だと思うのでありますが。それに対してリンチは「決して劇場での公開を副次的に考えているわけではなくて、可能な限り公開規模を広げた。だけど、ブロック・バスター以外の映画作品が劇場公開で収益を上げるのは、どんどん難しくなっている状況である」と答えております。非常に悲しいけど、そーゆー状況であると。

あと、ブルーレイ・ディスクはどーっすか? という質問には、「いや、最終的には配信でしょ?」というご意見らしい。うーむ、公式サイトの更新が止まっているという話題が、向こうのリンチ・ファンの間では取り沙汰されたりしてたんだけど、うーむ、どーなるんですかね。

あ、残念ながら、今のところ次回作の具体的な予定とかはないみたい。現在、せっせと絵を描く日々のよーであります。

2008年10月22日 (水)

「ロスト・ハイウェイ」を観た (8)

おっと、忘れてはいけない、「ロスト・ハイウェイ」における「イメージの連鎖」話の続きである(笑)。

オープニングに続いて、本編はマディソン家のベッド・ルームにいるフレッドの映像から始まる。まずは具体的な映像から。

フレッド・マディソンの家 ベッド・ルーム (0:02:48)-(0:05:11)
(フェイド・イン)
(1)闇の中に浮かぶオレンジ色の煙草の火。それに照らされるフレッドの右側からのアップ。彼は左手で煙草を持ち、それを喫っている。煙草を口から離すフレッド。闇の中に、白い煙草とその火だけが見える。やがて明るくなり始める周囲。フレッドのアップが見えるようになってくる。
(2)フレッドの左からのアップ。徐々に明るくなっていく。右手に煙草を持ち、虚ろな表情でやや彼の左の方を見ているフレッド。黒いローブを着ており、髪は少し乱れている。背後には、部屋の壁が見える。ガタンという物音がするのを聞き、半ば口を開け、目を伏せ気味にその方向(彼の左背後の方)を振り返るフレッド。やがて、また目を上げ左手の方を見つめる。また右手の煙草を吸う。
[インターフォンのブザー音]
煙草の煙を吐き出しつつ、インターフォンの方に目をやるフレッド。
(3)フレッドのアップ。右側、やや下方からのショット。左手に半ば灰になった煙草を持っている。
[インターフォンのブザー音]
ブザーの音の方、自分の右手の方を見るフレッド。
(4)茶色い壁に掛かったインターフォンのアップ。フレッドの主観ショット。インターフォンは銀色の金属のプレートで出来ており、上部に四列のスピーカーのスリット、下方に白いプラスティックのボタンが三つ並んでいる。
(5)フレッドのアップ。右側、やや下方からのショット。やがて立ち上がり、右手に煙草を持ったまま画面右手に消えるフレッド。黒色のローブが画面を右のほうに横切る。画面を横切る彼の影。
(6)ミドル・ショット。インターフォンのある壁の前に立つフレッドの右からのショット。画面奥の壁面を照らす光が逆光になって、彼の姿はほとんどシルエットとしてしか見えない。右手にある壁もほとんど闇に沈んでいる。
(7)インターフォンのクロース・アップ。上部にはスピーカーのスリットが見える。その下には白いプラスティックのボタンが三つ並んでいる。左から「TALK」「LISTEN」「DOOR」の浮彫りにされた表示が見える。ボタンの下部には、螺子が二つ見える。「LISTEN」のボタンを押すフレッドの右手の人差し指。
男の声: Dick Laurent is dead.
ボタンから離れるフレッドの指。
(8)ミドル・ショット。インターフォンのある壁の前に立つフレッドの右からのショット。頭を垂れ気味に、インターフォンの前に立つフレッドのシルエット。やがて首を傾げ気味に右(画面手前)の方を見るが、その表情は逆光になっていてうかがえない。首を傾げたまま画面手前に向かって歩き、廊下に出て、闇の中を画面奥に向かって歩くフレッド。その姿はほとんど闇に沈んでおり、左手に白いドアらしきものが見えるだけである。彼が進むに連れて、その後を追うショット。
(9)ミドル・ショット。リビング・ルーム。画面左側の白い壁と、右側の白い壁の間に開いた入り口。画面左手前には、棚らしきものの一部が見える。入り口の向こうは闇であり、そこからフレッドが姿を現す。両側の壁の間を通って、画面左側に歩を進めるフレッド。そこは別の部屋(リビング・ルーム)である。彼が歩くに連れて左へパン。やがて、入り口の正対した壁が視界に入っている。その壁には細長い窓があり、そこから陽光に照らされた家の外の様子が見える。窓に向かって真っすぐ歩き、その前に立つフレッドの背後からのショット。彼の左手の壁の前には、黒いソファの背もたれが見える。窓から外部をうかがうフレッド。
(10)ロング・ショット。フレッドの主観ショット。無人の道路。道路の手前には、家から道路に続く黒い金属製の手すりがついた階段が見える。道路の向こうには木々が見える。少し下方にパン。だが、そこには誰の姿もない。
(11)ミドル・ショット。窓の前に立つフレッドの背後からのショット。やがて彼は、画面左手に向かって歩き始める。その背後を追いかけるショット。ソファや電気スタンドやテレビが置かれた部屋の中を通り抜け、二方に面した広いガラス窓に至るフレッド。窓からは陽光がさしこみ、緑の木々が見える。そこでとどまる視点。画面右手のガラス窓から、外部をうかがうフレッドのロング・ショット。
(12)フレッドのアップ。右側からのショット。窓ガラスに顔をくっつけ、外部をうかがうフレッド。彼の背後には、窓越しに木々がアウト・フォーカスで見える。
(13)ロング・ショット。フレッドの主観ショット。無人の道路。右から下方をなめ、やはり無人の道路を映しつつ、視点は道路とその両側の林を映し出すまで左へとパンする。
(14)フレッドのアップ。右側からのショット。彼は窓の前に立ち、左のほうを見ているため、視点は彼の後頭部を映し出している。やがてフレッドは正面を向き直るが、呆然とした表情だ。
(15)ロング・ショット。家の外部からのショット。窓の前に立って外をうかがっているフレッド。ローブの前ははだけられている。画面の右半分を窓が、左半分を白い家の壁が占めている。左右を見回すフレッド。
(16)ロング・ショット。フレッドの家の外観。二階建ての白い壁の家。左手には、飛び出したガレージと銀色をしたそのシャッターが見える。正面には白い玄関のドアと、そのひさしを支える白い壁が見える。玄関ドアの左三分の一ははめ殺しのガラスがはまった壁だ。玄関へと続く緩やかなカーブの階段があり、それには黒い金属の格子状の手すりがついている。階段の横のスロープは芝生だ。玄関の左手の壁の前には鉢植えが三つ置かれ、右手の壁の前には背の低い木の列がある。玄関の左横の壁には横長の窓がひとつ、右手の壁には縦長の細い窓がひとつ、そのまた右には横長の窓がひとつ見えている。二階部分には縦長の窓が二つ、いちばん右手には広いガラス窓があり、そこをとおして外を見ているフレッドの姿がうかがえる。やがて窓の前を離れるフレッド。
(フェイド・アウト)

まず、カット(1)において、真っ先に目に入ってくるのが、フレッド自身の映像というよりも、彼の吸っている「煙草の火」であることが注意をひく。リンチ作品において「火」のイメージは頻繁に登場し、それが基本的なモチーフであることは、たとえば「ワイルド・アット・ハート」のオープニングや「ツイン・ピークス」における有名なフレーズ「火よ、我とともに歩め」などに表れているが、この「ロスト・ハイウェイ」においても例外ではない。作中で、もっとも明瞭に表れているのが「砂漠の小屋」の映像(0:48:42)(1:50:38)であるのはいうまでもないが、その他にも「フレッドの家の暖炉で燃える火」(0:16:52)や、「ミスター・エディの屋敷の暖炉で燃える火」(1:31:51)といった形で「火のモチーフ」は登場している。そして、「ロスト・ハイウェイ」において、「砂漠の小屋」がフレッドの「意識」の奥深い部分を指し示していること、あるいはそこに「内包」される「炎」がフレッドの「真実の感情=激情=レネエに対する殺意」を表していると考えられることについては、概論部分で触れたとおりだ。

他のどの映像よりも先駆けて本編に現れるこの「煙草の火」を、そうした”「火」によって表象されるもの”の延長線上に捉えるなら、これもまたフレッドの「感情=激情」を表すものとしてみることも可能だろう。ただし、それは、「砂漠の小屋」のショットで観られるような激しいものではない。この時点では、フレッドは「自分がレネエを殺害したこと」を都合よく「忘却」しているとともに、自分の「記憶」を「捏造」しており、その結果として彼の「感情」は沈静しているからだ。

カット(7)のインターフォン越しの「声」の「発声者」が実はフレッド自身であり、それが彼の「裡なる声」であることは(2:08:16)において明らかにされるわけだが、ここではまず、作中で提示される”「外界」からの「フレッドの家の内部」に対する「接触」”が、すべて基本的に「間接的」な形で行われることを指摘しておきたい。この「インターフォン越しの声」もそうだが、「差出人不明のビデオ・テープ」あるいは「電話」によって、この「家」と「外部」はつながれる(あるいは、フレッドのレネエに対する「電話」のように「つながれない」)。唯一の例外が、「レネエの通報」によって、ビデオ・テープの「謎」を探るために来訪する「刑事たち」(0:22:34)である。他の誰でもなく、彼らだけが「フレッドの家」を「直接」来訪し、その内部に足を踏み入れる。それは彼らに付随する「監視/追及」のイメージに直結しており、彼らの「追及の強度」がフレッドの「内面」に侵食していることの表れと受け取っていいだろう。なによりも、フレッドから「ビデオと記憶の関係」についての発言を引き出すのは、この刑事たちなのだから。そしてそれが故に、ピートを核にしたフレッドの「幻想」のなかでは、刑事たちは徹底的に「無力化」され「無害化」されるのだ。

いずれにせよ、こうした「外界からの接触」が「間接性」をもって発生することもまた、フレッドの「内面」の表象として彼の「家」が描かれていることの一端を垣間みせるものである。この「間接性」自体が、フレッドの「意識」の閉塞性を物語っているといえるだろう。

そして、その「外部」からの「接触」に応じて、フレッドはカット(9)-(16)にあるように、「窓」から「外界」を見る。この「外界」を覗く行為そのものが、フレッドが「内面」から「外界」を観照しようとする試みであるのは明らかだ。そこには誰の姿も見えない。実際に映像上の実時間で計測した限りでは、「家の内部のフレッド」が窓に辿り着く前に、「家の外部のフレッド」は刑事たちのセダンに追われ、とうにミスター・エディのベンツで走り去っている。だが、もし「内部のフレッド」が間にあっていたとしたら、彼に「外部のフレッド」の姿が認められただろうか? これは非常に興味深い問題だ。それがフレッド自身の「裡なる声」である以上、フレッドには「発声者」が見えたどうかは、なんともいえないところだ。

だとすればこの「発声者の不在」は、”人間の「認識」”の根本問題に関する言及であると同時に、この作品の基本テーマの明瞭な提示であり得る。フレッドの「主観」では、それは「外界」からの「接触」だと認識した。だが、「客観的」に見た場合、それが正しいかどうか「認識」の主体であるフレッドには答えられない。そして、それはもちろん、フレッドだけに限った話ではないのだ。程度の差こそあれ、フレッドと同じく我々は全員、「外界」を自分なりのやり方で「認識」し、自分の好きなように「記憶」するしかないのだから。

このシークエンスを全体的にみたとき、まず「フレッドの家」の「内部」から始まり、「家」の「外観」の一部を見せつつ、最後にカット(16)で「家」の全景を見せるという構成になっている。基本的に、このシークエンス全体が作品の「舞台説明」や「状況説明」、あるいは「主要登場人物の紹介」の機能を果たしている以上、その短いスパンのなかで説明の順序が「倒置」されていること……通常なら一番初めに提示されるであろう「フレッドの家」の全景の映像が、シークエンスの最後に配置されていること自体はとりたてて問題ではない。だが、この作品がフレッドの「内面」を描いているという認識に立ったとき、この「煙草の火」から「家の外観」へという提示対象の「移行順序」は、非常に面白い。通常なら「極小」から「極大」への移行であるはずのものが、主題的には逆であるからだ。このシークエンスの映像は、まず「フレッドの感情」が作品の主題であることを提示し、その「感情」が「家」の「内部」に存在することを表しつつ、カット(15)および(16)によって「家」と「フレッド」の「同一性」を表象するという「手順」を踏んでいる。いわば、「外的」な説明と、「内的」な説明が、互いに逆方向に同時進行しているのである。

2008年10月21日 (火)

「Beautiful Dark」を読む (2)

のてのてと読み進めるワタシ(笑)。

あ、書き忘れたけれど、基本的にこの本、リンチの子供時代から始まって、「通年史」的にリンチの作品とその時の周辺情報を追うという構成になっております。どっちかっていうと、「研究本」というよりは「伝記」なのね……と思ったら、Dugpa.com管理人のDugpaさんは最初っから「biography」って言ってますわ。大山崎が勝手に思い込んでただけでした、ごめんなさい。

しかし、粗筋紹介して何やら感想めいた文章をくっつけたようなそこらへんの「研究書」に比べても、リンチ作品に関するテーマ分析とかは、むしろこの本のほうが的確だと思います……とりあえず、読んだ範囲では。というか、ここまで真正面からデイヴィッド・リンチを論じている本は、今まで存在しなかったといっていいのではないかと。その実証主義的な姿勢といい、これまでのリンチ本とはまったくレベルが違うと感じました。もし、この本を買おうかどうか迷っているなら、間違いなく「買い」です。

これだけの本をまとめあげるには、大変な時間と労力がかかったであろうことを考えると、著者のOlson氏には頭が下がる思いであります。もちろんクリス・ロドリー氏のインタビュー本という労作はすでにあるわけだけど、この「Beautiful Dark」とインタビュー本をあわせて読むと、「あ、リンチはそーゆーコトを言いたかったのくわー!」と目からウロコなこと、請け合いであります。これから先、デイヴィッド・リンチについて誰が何を言おうと、この本を読んでないヤツのいうコトはあんまり信用せん……と、個人的には決めました(笑)。

で、やっとフィラデルフィアに移り住んで、初の「映像作品」である「吐き気を催す六人の男(Six Men Getting Sick)」(1967)を製作するあたりまで読み進みました。やっと「映像作品」を製作するところまでたどりついたわけでありますが、そもそも「フィラデルフィアは自分にとって重要な地である」というリンチの発言の意味が、遅まきながら、あ、ナルホドと納得できました。フィラデルフィアでリンチが住んでいた周辺がどのようなところで、そこで住んでいたときに何があったかは、たとえばインタビュー集「映像作家が自身を語る デイヴィッド・リンチ」の64ページあたりに書かれているし、発言集の「According to...David Lynch」にもわざわざ「Philadelpha」という一章が設けられているぐらいなわけですが、正直いってボンクラな大山崎は、それらの事件や事項がリンチ作品のテーマにどのような影を落としているか、Olson氏に指摘されるまで気がついてませんでした。

リンチが住んでいた周辺は「黒人少年が道端で頭を撃たれて死ぬ」というようなところで、つまり、前回触れた「無秩序で混沌とした外界」そのものなわけです。で、そこにリンチは妻のペギーや娘のジェニファーと住んでいて、車を盗まれるわ、二回も不法侵入を受けるわってなことが起きて、それって「外界」による「安全で統制された『避難所』」への「侵入」に他ならないということですね。結局、フィラデルフィア時代に起こったことは、最終的にリンチ作品のテーマのひとつである「人間の『内面』を表すものとしての『家』」や、頻繁に現れる「監視/侵入/追及」のモチーフにつながっていく……っていうことです。ある意味、前回の「広所恐怖症」の話といい、非常にわかりやすいハナシであるわけですが、こういう基礎的事項が押さえられているのといないのとでは、リンチ作品に対する理解度もそりゃ違うだろーよ、ってなもんであります。

「吐き気を催す六人の男」についても、いろいろ興味深いOlson氏の指摘があるんですが、それについては次回にでも。

2008年10月19日 (日)

「Beautiful Dark」を読む (1)

Beautifuldark えー、というわけでGreg Olson著のリンチ研究本「Beautiful Dark」がやっと手元に到着したので、ご報告。やっぱ、電車の中で読むには、ちと分厚いし重いな、これ。試しに重さを計ってみたら、1.4Kgっつーことで、ちょっとしたB5サイズのノートPCぐらいの重さ。当然、手に持って読んでると疲れるので、床の上に置いて、絨毯に寝転がって読むのが吉とみた(笑)。というわけで、お家にいるとき限定で読み進めることにします(笑)。

まだ最初の方を何ページかパラパラ読んだだけなのだけど、すでにいろいろと驚く新事実が次々と(笑)。リンチは小さい頃「広所恐怖症」の傾向があり、それは成長してからも続いていたとか、森林調査官だった父親のオフィスの壁に掛けられていた「体系化して並べられた『害虫』の標本」の話とか、非常に興味深かったりする。とりわけ、リンチ家が信奉していた「長老教会派」の教えと(表現主義的な観点からの)リンチ作品の共通性の指摘とかは、ちょっと大半の日本人には不可能なものかもしれません。

子供の頃、「木にたかった赤蟻」をリンチが目撃して……などに代表される「日常に隠された非日常」の話なんかは、すでにあちこちで紹介されていて有名だからおいとくとして、”リンチにとって「外界」は「無秩序で混沌とした脅威」であり、それと「体系化された安全な『待避所』」との関係性が、リンチ作品を押し進めるものである”とするOlson氏の指摘は、かなり頷けるものがあるような気がする。もちろん、リンチにとって、そうした「待避所」の端的なものが「家」であり、あるいは自分の「内面」であるわけでありますな。逆にいうとリンチにとって最大の「脅威」は、「家」や「内面」に「無秩序な外界」が侵入することであって……などなど、先ほど述べた「広所恐怖症」的傾向の話をあわせ、あるいはリンチにとって作品を創ることは、「無秩序な外界」という「害虫」を、「整理し体系化された標本」にすることによって、その「脅威」を「中和」する作業であると思えなくもないわけですが、どんなもんでしょーか。

とまあ、これからボチボチ読み進めるにつれて、他にもいろいろと新事実が明らかにされそうな勢いですが、Olson氏のエライところは(って、大山崎がエラそーですが)、冒頭の6ページぐらいの間に、リンチの手法が「表現主義的なもの」であり、その作品が目に見えない人間の「内面」や「感情」の「視覚化」であることを、きちんと述べていること。こーゆー基礎的なことにちゃんと触れるかどーかは、それはそれで著者の見識の問題だよなあと思ったりするんですが、いかがなもんでしょーか。

てなわけで、折に触れて、ときどきこの本の内容紹介も進めていきたいと思っておりますので……ということで。

2008年9月 7日 (日)

「Lime Green Set」予約受付開始その他のおハナシ

引き続き、今日のDugpa.comネタ。

Dllimegreen_2以前にも紹介した デイヴィッド・リンチ作品のDVDボックス・セット「David Lynch The Lime Green Set」の予約受付が米アマゾンで開始されている。今なら、30%OFFの$125.99也。現在のところ、いまだ「Mystery Disc」の内容はミステリーのまんま。

で、それにあわせてとゆーわけでもないだろうけど、あちこちの国でリンチ作品のDVDボックス・セットの発売が相次いでいる様子であったり。

 

Engbox_2 まず、こちらがイギリスですでに発売中のボックス・セット。収録されているのは「エレファント・マン」「マルホランド・ドライブ」「インランド・エンパイア」の三作品で、こちらの内容紹介をみるかぎりでは、以前から発売されていたものとトランスファーも「映像特典」も同一であるよーだ。うーむ、どっちかってーと「お徳用三作品パック」って感じ?(笑)


Audvd ほんでもって、こちらが9月29日にオーストラリアで発売予定のボックス・セット。こちらはイギリスよりは気合が入っていて(笑)、「イレイザー・ヘッド」「初期短篇作品集」「Dynamic 01」「リンチ1」「Dumbland」というセレクション。当然ながらお値段のほーも気合が入っていて(笑)、AU$149.83ってえと日本円で13,200円ぐらいかな? リージョン・コードが「1,2,3,4,5,6対応」なうえに、こちらの説明を読むとPALじゃなくてNTSCなので、日本の国内向機器でも問題なく視聴できるハズ。しかし、送料を考えると、米アマゾンでバラで買ったほーが安いかもしれん。あら、知らなかったけど「イレイザー・ヘッド」はオーストラリアではこれが初DVD化なのね。

そろそろ日本でも「初期短篇集」とかが入ったDVDボックスが出てくれんかのう……と思ったりせんでもないんだが、出たら出たでお財布にやさしくなかったりするんでしょーね、はい(笑)。

2008年9月 6日 (土)

「ツイン・ピークス」関連の捜しモノのおハナシ

本日のDugpa.comネタ。というか、「TWIN PEAKS ARCHIVE」ネタ。

お母さん、あの汽車の車両、どうしたでしょうね。ええ、ローラ・バーマーが殺された、あの車両ですよ……

……というような話題が、ずっと以前から向こうの「ツイン・ピークス」ファンの間では出ていたらしい。実は大山崎は知らなかったのだけど、あのローラ・パーマーの殺害現場になった車両が、いつのまにかロケ地となった「Snoqualmie Valley Railroad Yard」から姿を消していたらしいんである。

Car_273_original ←コイツね。その行方に関しては、当時からいろいろなウワサ・ヨタ話・都市伝説(笑)が飛び交っていた様子なんだけど、90年代前半から半ばにかけてマコトしやかに囁かれていたのは、「日本の『ツイン・ピークス』ファンが買って、コレクションにした」というものだったらしいから、ちょっとオドロキ(笑)。いやあ、あの頃はバブルで日本も景気良かったしなあ、思わず遠い目になっちゃうなあ(笑)。てな感慨はさておき、日本からわざわざツアーを組んで、遠路はるばるワシントン州スノコルミーまでロケ地見物に訪れる日本の「ツイン・ピークス」ファンの存在に、向こうのファンも一目置いていた様子がうかがえる。うむ、ちょいと、いい話ではある(そーなのか?)。

その後、「2000年5月に、解体されてオレゴン州のアストリア(Astoria)の鉄道博物館に送られ、そこで修復を受けた」という話が2002年の「ツイン・ピークス・フェスティヴァル」の席上で発表され、ファンの間ではこれが「定説」となっていた。この話はスノコルミーにある「Northwest Railway Museum」が出元だったので、まあ、信じますわな、フツー。

んが、なんと、この話がアヤシイことが最近になって判明。「Northwest Railway Museum」の記録によれば、撮影に使われた車両は「1915年製造、Barney&Smith社製造の客車#273である」ということだった。しかし、アストリアまで車両を見に訪れた物好き……いや、熱心なファンの証言によると、そこに存在した「Spokane Portland and Seattle car #273」の車両は、半分貨車半分客車のいわゆる「貨客車」であって、「ツイン・ピークス」に登場したものとはゼーンゼン違った形をしていたとゆーのである。

Car_2731 ←こちらがアストリアの鉄道博物館にある現物。確かに窓の形状とかが、まるで違いますわな。


あやや? 「Northwest Railway Museum」ってば、ナンか勘違いしてね? と向こうのファンがどよめいていたところに、この博物館の歴史を調査しているというボランティアの人から、衝撃的な手紙が舞い込んだ。問題の車両は、すでにスクラップ処分にされていたというんである。

調査の時に出会った博物館の技術者に問題の車両のことを尋ねてみたところ、かえってきた返事は「アレはTOYOTAの自動車になった(It's making Toyotas)」。なんのこっちゃいと思って詳しく話を聞いたところ、しばらく前に「Northwest Railway Museum」は収集していた車両の整理を行ったらしい。これが2000年のことだかどーだかよくわからないのだが、その際、傷んで修復不可能なものはすべてスクラップ処分にされてしまったのだけど、技術者の人の証言によれば「『Barney&Smith社製の客車#273』もそのとき処分された」とゆーんである。

しかしまた、なんで「TOYOTA車」御指名?(笑) 絶対に「FORD」じゃない確信があんのかよう、コラ……などという小学生レベルの難癖はともかく(笑)、とにかく「TWIN PEAKS ARCHIVE」に出入りしているファンたちは、現在、当該車両がスクラップされたことを裏付けるための書類を探している様子だ。が、それでも希望を失わず「泣くのはイヤだ笑っちゃおう」なのが向こうのファンのいいところである。「もし、どこかであの車両が置かれているのを見かけたら、証拠写真を送ってちょ」とゆーことなので、「あ、そーいえばウチの家のガレージに置いてあるわ」という方がいらっしゃたら、連絡とってあげてください、ぜひ。

6 まあ、なんつーか、つい先月、「ツイン・ピークス 劇場版」に登場したトレーラー・カー・パーク(「Fat Trout Trailer Park」とゆーところらしい)の電柱に掛けられていた「6」という表示の看板が、何者かに盗まれる事件があったばかりなのね。心ないファンの仕業という可能性が高くてナントモなんだけど、「あ、そーいえばウチの勉強部屋の壁に、富士山登頂記念のペナントと一緒に掛かってるわ」という方がいらっしゃたら、コッチの方もそっと返しておいてやってください、ぜひ。

Fwwm_car_273 Car_2732 追記:どーやら「ツイン・ピークス 劇場版」の撮影には二種類の車両が使われていたようで、それで「Northwest Railway Museum」が混乱したんじゃねーの? という説が出ているようだ。向こうのファンたちが探しているのは、写真の「パイロット・フィルム」および「劇場版」の撮影に使われた車両なんだけど、「劇場版」の撮影のみに使われた別の車両があるとのこと。確かに「劇場版」の車両にはスライド・ドアが付いてるのが認められ、アストリアの鉄道博物館が所有しているのは、思いっきり後者のほうっぽい感じでありマス。

2008年8月12日 (火)

リンチの新DVDボックス・セットのおハナシ

本日のDugpa.comネタ。

Dllimegreen 「David Lynch - the Lime Green Set」という銘打たれた、デイヴィッド・リンチ作品のDVDボックス・セットが北米で発売されるらしい。収録された作品はリンチ自らのチョイスだそうで、発売予定日は11月18日、予価$179.95也。

DVD9枚+CD1枚という構成で、現在のところわかっている収録作品その他は以下のとおり。

ERASERHEAD – REMASTERED VERSION
THE SHORT FILMS OF DAVID LYNCH
THE ELEPHANT MAN
WILD AT HEART
INDUSTRIAL SYMPHONY No. 1 – DVD DEBUT
BLUE VELVET – NEW LYNCH APPROVED 5.1 SOUND MIX
DUMBLAND
ERASERHEAD SOUND TRACK
THE ELEPHANT MAN EXTRAS – DVD DEBUT
MYSTERY DISC – DVD DEBUT

とりあえずの目玉は「インダストリアル・シンフォニー No.1」の初DVD化でありますかね。あと、「MYSTERY DISC」ってのも中身が非常に気になるところではあります。なんだ、その「福袋」みたいなのは(笑)。「ブルー・ベルベット」のサウンド・リミックス版って、今出てるヤツとも違うんでしょうかね、よくわかりません(笑)。

ううむ、なんやかんやで日本円で2万円弱かあ。さて、どーしたものでしょーか。「初期短篇集」とか「DUMBLAND」のDVDを既に持ってなければ、速攻で「買い」なんでありますけどなあ。「イレイザー・ヘッド」のサウンドトラック・アルバムも中古を探してやっと手に入れたのになあ、「ワイルド・アット・ハート」のDVDも日米あわせて四種類持ってるしなあ……まー、四種類が五種類になっても、あんまり変わらないかもなあ……と、ほぼヤケクソ気味な大山崎なのでした(笑)。

とりあえず、続報を待て! っつーことで(笑)。

8/13追記:その後の追加情報によると、やはり「ワイルド・アット・ハート」と「ブルー・ベルベット」の映像素材は既発売のものと同一で、「ブルー・ベルベット」の5.1chサウンド・トラックのみリンチがリマスターしているとのことらしい。また、「インダストリアル・シンフォニー No.1」はリマスターされている様子。発売はRykoからとのことだけれど、Rykoの公式ページでは現在のところ、まだなにもアナウンスはされていない模様だ。

2008年7月13日 (日)

「インランド・エンパイア」を観た(X回目) (99)

今回の「インランド・エンパイア」話は、ちょいと趣向を変えて、「マリリン・レーヴェンス」の原型となったのかもしれない二人の女性芸能ゴシップ・コラムニストについて、ぶっ書いてみる。一人はルエラ・パーソンズ(Louella Parsons)、そしてもう一人はヘッダ・ホッパー (Hedda Hopper)である。

Parsons ルエラ・パーソンズは1881年8月、イリノイ州生まれ。1910年ごろからの「シカゴ・トリビューン」紙の記者や映画会社とのシナリオの仕事を皮切りに、1914年には「シカゴ・レコード-ヘラルド(Chicago Record-Herald)」紙に映画関係の芸能記者として自分を売り込み、雇われる。当時はまだ、いわゆる「ザ・トラスト」の流れをくむ映画会社による東海岸での映画製作が続いており、シカゴでも「ザ・トラスト」の特許の縛りから逃れた独立系の映画製作会社が存在していた。それと並行してハリウッドでの映画製作が1907年から始まっており、そのためニュー・ヨークとロスアンジェルス間で映画スターの行き来が発生していた。その際、汽車は経由地であるシカゴで2時間停車する。そこを狙って移動中の映画スターからインタビューを取る……というのがパーソンズのアイデアであり、それが認められての採用であったらしい。こうして、世界最初の「映画コラムニスト」が誕生する。

ところが、1918年、突然「シカゴ・レコード-ヘラルド」紙は買収され、彼女はそこでの仕事を失ってしまう。このときの買収したのが新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハースト(William Randolph Hearst)であり、彼女は東海岸に移り、「ニュー・ヨーク・モーニング・テレグラフ(New York Morning Telegraph)」紙でシカゴ時代と同様の映画コラムを書くことになった。ニュー・ヨークでの仕事を続けていたパーソンズは、1923年、大きなチャンスを得る。彼女の書いたコラムがハーストの目に止まり、抜擢を受けた彼女は好条件で雇われ、ハースト傘下の「ニュー・ヨーク・アメリカン(New York American)」紙で映画コラムを書くことになったのである。

1925年、結核を患ったパーソンズは、療養のためにアリゾナ州を経てカリフォルニア州パーム・スプリングスへ転地したが、これが新しい転機となった。翌年、回復した彼女はニュー・ヨークでの仕事への復帰をハーストに申し出るが、それに対して彼はこう答える……「いまや映画産業の中心はハリウッドだ。そこが君の留まるべき場所だと思う」。映画産業の興隆は西海岸を中心にして続いていくだろうこと、そこで作られる映画作品が今後大きな文化的影響力を持つであろうこと……つまりは「ハリウッドがネタとして美味しいこと」*に彼らは気づいていたのである。西海岸に活動拠点を移したパーソンズに、ハーストは大きなプレゼントを用意した。彼女の書いた芸能記事が、全米400紙以上の新聞に配信されることになったのだ。このコラムを武器に、パーソンズはハリウッドでの影響力を高めていく。

1928年、パーソンズはコラム執筆のかたわら、ラジオで芸能インタビュー番組を担当し始める。だが、番組は短命で終わり、その後も何度か番組を担当したものの、初めて大きな人気になったのは、1934年から始まった「ハリウッド・ホテル(Hollywood Hotel)」という番組だった。番組の中では出演した映画スターがこれから公開される映画の宣伝として、台本の一部を読み上げるというコーナーがあり、いわゆる映画の「スニーク・プレヴュー(sneak preview)」というコンセプトを初めて採用したのは、この番組が最初である。

パーソンズは芸能コラムニストとして不動の座を維持し続け、1964年に引退するまで、ハリウッドに対して大きな影響力を発揮した。ときとして彼女が「記事にしないこと」は「記事に書くこと」と同じくらい重要であり、さまざま思惑のもとにさまざまな情報が彼女の元に集まった。その調査力は多くのアシスタントによるものだったが、ハリウッドのあらゆる所に多くの「情報提供者」を直接抱えてもいたらしい。嘘か本当かわからないが、ある女優が妊娠していることを当の本人よりも先に知っていたなどという話もあるぐらいだから恐るべしである。だが、彼女の書く記事はしばしば「事実」と「虚構」の混淆物であり、純然たる「報道」であるとは限らなかったらしい。

しかし、今なお語り草となっているのは、彼女と、同じく芸能コラムニストだったヘッダ・ホッパーとの間の「確執」だ。

Hedda ヘッダ・ホッパーは1885年3月、ペンシルヴァニア州生まれ。劇団のコーラス・ガールを経て、俳優だった夫とともに1915年にハリウッドに移住する。「Battle of Hearts」(1916)で映画デヴューした後、1930年代半ばまでに端役として100本を越えるサイレント映画に出演したが、基本的にずーっと鳴かず飛ばず。何か他の収入源を探していた彼女に芸能コラムニストの話が舞い込み、執筆を開始したのが1937年、50歳を越えてからの転身だったということになる。

皮肉なことに、ホッパーが芸能コラムニストとしてデヴューするにあたっては、ルエラ・パーソンズの助けがあった。彼女をウィリアム・ランドルフ・ハーストに紹介したのは他ならぬパーソンズであり、彼の伝手でホッパーは「ワシントン・タイムズ-ヘラルド(Washington Times-Herald)」紙の芸能コラムニストの職を手に入れる。これで終われば単なる「いい話」なのだが、その後、「ワシントン・タイムズ-ヘラルド」紙が「ロスアンジェルス・タイムズ(Los Angeles Times)」紙に買収され、ホッパーの記事が全国配信されるようになったころから話はヤヤこしくなった。そもそも生来のゴシップ収集能力を買われて芸能コラムニストに転身したホッパーのこと、ハリウッドの映画業界を舞台に、彼女とルエラ・パーソンズとの間で文字どおり「抜きつ抜かれつ」の「スッパ抜き合戦」が始まってしまったのだ。当然ながら、パーソンズにとって、ホッパーは「縄張荒し」以外のなにものでもなかったわけである。

ホッパーのトレード・マークとなったのは、写真でも被っているような派手な「帽子」だった。芸能コラムニストとして後発だった自分を目立たせるためのパフォーマンスであったのか、あるいは女優だった頃からのナチュラルな好みだったのか、ちょっとわからない。が、自伝のタイトルが「From Under My Hat」だったりするところをみると、こうした「外見上の差異」をセールス・ポイントとして意識していたことは間違いないだろう。一応はジャーナリスト出身であり、対称的に地味な服装でとおしたルエラ・パーソンズとしては、こうしたホッパーのパフォーマンス自体が目障りだったかもしれない。

こうした出自の違いは執筆スタイルにも表れていて、正直な話、パーソンズと比べてホッパーはあまり文章が堪能だったわけでないようだ……というより、本人はスペルや文法すら怪しかったという説があるくらいで、口述筆記を行い、何人かのゴースト・ライターがリライトして仕上げた記事をチェックするというのが、ホッパーの記事作成手順だった。「シナリオ作成術」に関する著作もあるパーソンズとは、このあたりも好対称であったといえるだろう。ホッパーの筆は辛辣であり、自分が気に入らないスターに関しては、記事でケチョンケチョンにけなしたが、さて、これも「口述筆記」による「口の勢い」だったのかどうか。「鳴かず飛ばずの女優だったホッパーの、スターに対するルサンチマンの表れ」という見方もあるが、真相はなんともである。ジョセフ・マッカーシー(Joseph McCarthy)などの政治家や、FBI長官のエドガー・フーバー(J. Edgar Hoover)ともコネクションがあり、それを取材活動に活用するとともに、逆にマッカーシーの「赤狩り」が映画業界に対し行われた際には、その対象となる映画関係者のリスト・アップを行って彼に協力したという話もある。

1939年11月からCBSで始まった「The Hedda Hopper Show」を皮切りに、ホッパーもパーソンズと同じくラジオでの芸能ゴシップ番組を担当するようになる。さまざまなラジオ局でいろいろな番組を担当した後、テレビにも進出し、1960年1月には「Hedda Hopper's Hollywood」というスペシャル番組がNBCでオン・エアされた。この番組にはホッパーの親友だったルシル・ボール(Lucille Ball)をはじめ、グロリア・スワンソン(Gloria Swanson)などの過去のスターを含む多彩なゲストが出演した。

1966年に肺炎で死去する直前まで、ヘッダは「シカゴ・トリビューン」系列の各紙や映画情報誌にコラムを書きつづけた。

……とまあ、この二人がハリウッド黄金期における「芸能ゴシップ・コラムニスト」の二大巨頭であったわけだが、彼女たちが「ポジティヴなもの/ネガティヴなもの」を全部ひっくるめた「ハリウッド伝説」の成立に直接的間接的に寄与したこと、ひいてはリンチのスタンディング・ポイントである50年代アメリカの文化的/社会的状況のある面を形成する一端として機能したことは間違いないだろう。面白いのは、ハーストがオーソン・ウェルズの「市民ケーン」(1941)の公開を阻止しようとした際には、当然ながらパーソンズもホッパーもそれに加担する記事を書いたことだ。彼女たちの間に横たわる確執や差異はともかくとして、その行動原理が基本的に同じものであったことは、このことからも明らかである。

もし本当に「マリリン・レーヴェンスのモデル」としてリンチが彼女たちを意識したのだとしたら、ウェイト的に高いのは、どちらかというとヘッダ・ホッパーのほうではないだろうか……と個人的には思う。テレビ番組のホストをつとめたのもさることながら、実はホッパーはリンチのフェイヴァリット作品である「サンセット大通り」(1950)に、セシル・B・デミルとならんで本人役で出演しているのだ。ホッパーの出演シーンは終盤近く、ギリスの死体が運び出された直後のデズモンド邸で一人の警官が電話を掛けようとすると、誰かが先に別の電話機で回線を使っていてつながらない。警官は「誰が電話を使っているんだ?」と受話器に向かって怒鳴るが、そのとき先に電話を使っていたのがホッパーだ。彼女は「こっちの話の方が重要だから、そっちが切れ」と強引に主張して逆に警官に電話を切らせ、「タイムズ」へ電話送稿を続けるのである……どういう手を使って入り込んだのかはわからないが、警官で一杯のノーマ・デズモンドの寝室から。いや、ホントに取材中にそーゆーことをやってたんだろうな、と思わせるエピソードではある。いずれにせよ、こういう芸能記者に目を付けられたのではニッキーもたまったもんじゃなく、デヴォンがマリリンを挑発するに至っては「ナニすんだよ、ヲイ」な感じだったであろうことは想像に難くない。

当然ながら、二人ともHollywood Walk of Fameに「星」を残している。ヘッダ・ホッパーの「星」は「6313 1/2 Hollywood Blvd.」にあり、一方のルエラ・パーソンズには二つの「星」がある。ひとつはラジオでの仕事に対して(6300 Hollywood Blvd.)、もうひとつは映画界での業績に対して(6418 Hollywood Blvd.)である。


*
実際、1921年に起きた喜劇俳優のロスコー・アーバックルによる女優暴行殺人事件(裁判では「事故」ということで決着がついた)を始めとして、20年代のハリウッドではさまざまな「醜聞事件」が頻発した。ルエラ・パーソンズたちにとっては「美味しいネタ」であったわけだが、相継ぐ不祥事を起こす映画業界に対する世間の非難が高まり、それは以前からあった宗教界や政界からの「映画の作品内容」への批判を激化させる「引き金」となった。対抗手段として映画産業は作品の「自主検閲」を強め、最終的にこの流れはいわゆる「ヘイズ・コード」と呼ばれる「映画製作倫理規定」の制定と、その厳格な運用につながっていくことになる。

2008年7月 3日 (木)

「LYNCH (one)」北米版DVD予約開始のおハナシ

さて、またしてもdugpa.comネタ。

日米で発売時期が逆転してしまった「リンチ1(LYNCH (one))」の北米版DVDだが、発売日が8月26日でフィックスし、予約が開始されておりますという話題。

Lynchonedvd まー、とりあえず日本版DVDを持ってるしなあ……と思いつつも、日本版DVDはそれ自体が「インランド・エンパイア」の「特典映像」だったわけで、気になるのが北米版DVDについている「特典映像」。これについては、現在のところ、以下のようなものが収録されるという情報がオープンになっている。

- Lodz photo montage
- floor sander story
- david does more work
- blue green vignette
- "What's Myspace?" vignette
- LYNCH trailer
- LYNCH2 trailer
- LYNCHthree trailer
- 11 minute trailer 2004

「Lodz photo montage」は、おそらくリンチがポーランドのウッチ(Lodz)で撮影した写真なんではないかと。であれば、向こうの工場&女性ヌードの写真作品が収められているはずで、これはちょっとみてみたいかも。

「floor sander story」は、「インランド・エンパイア」の撮影シーンで、床に白黒の波模様を貼りつけている映像があったけれど、もしかしてそれ関連かしらん? リンチ作品に繰り返し登場する「波模様」に関するこだわりについて、何か御本人の言及があるかどーかというのが話題の焦点でありましょう、きっと。

三番目の「david does more work」は、まあ、なんか撮影中の映像なんすかねえ? きっとリンチが何かお仕事してらっさる映像なんでしょーけど、よくわかりません(投げやり)。

もっとよくわかんないのが、「blue green vignette」で、直訳するなら「青で緑な挿話」ってな感じ? 「インランド・エンパイア」に登場する「青」と「緑」のモチーフに関連したものかもしれん……とか、思いっきり当てずっぽで言ってみたりなんかする(笑)。

「"What's Myspace?" vignette」は、おそらくリンチがマイ・スペース上で開設しているページに関連した映像なんでございましょう……と憶測。

あとの四つは「予告編集」と考えて間違いないだろうけど、「LYNCH2」はともかく、「LYNCHthree」って、ナニよ、それ? 何の相談も受けてませんよ、わたしゃ(笑)。と思って、dugpa.comのディスカッション・ボードをのぞいてみたりしたけれど、やっぱまだ誰も相談を受けてないみたい(笑)。

……とまあ、あんまし根拠なく内容を予測してみました。どっちかというと「そうだったら、いいな」ぐらいのものなので、あんまり当てにしないように(笑)。でも、問題は「買うのか?」ということだなあ。米アマゾンで現在の価格が$26.99、日アマゾンでは3,398円と、なんかすげえ高けえぞ。つか、アメリカじゃ確実に「インランド・エンパイア」のDVDより高けえぞ(笑)。石油価格の高騰のせいか?(違うって)

笑ったのが、この製品紹介ページに掲載されている「『リンチ1』のDVDを買う三つの理由」ってヤツ。「普段リンチは自分の映画について多くを語らないから、これはみもの」とか「特典映像がテンコ盛り」とかゆーのはともかく、「『インランド・エンパイア』よりわかりやすい」って、なんスか、そりゃ(笑)。

というわけで、現在、大山崎としてはポチるかどーか、考え中。ううむ、どーしたもんか。是非とも、追加情報がほしいところであります。

2008年6月21日 (土)

またもやリンチ本新刊のおハナシ

本日のDugpa.comネタ。

Bedark 「Beautiful Dark」というタイトルのリンチ本が9月に出るらしい。確認したところ、すでに日米のアマゾンで予約受付が始まっている様子。ハード・カバーで720ページという人を殴り殺せそうな本で、とても電車の中で立って読む気にならんな、こりゃ(笑)。

著者のGreg Olson氏は、シアトル美術館で映画関係のキュレーターで、どうやらFilm Noir Foundationの評議員でもあらせられるらしい。リンチへの直接取材はもちろん、両親をはじめとする家族・関係者・知人への取材を踏まえ、リンチの実体験とその作品の関連を探る……ってな、いや、非常に真っ当で直球勝負の研究本な感じである。実際に中身を読んでみないとナントモではあるけれど、こーゆーリンチ研究に関する基礎資料的な本が出るのは喜ばしい限り。でも、日本で翻訳されたりはしないんだろうなあ、きっと。正直なところ、翻訳が出ている基礎資料がクリス・ロドリーのインタビュー本のみという日本の状況は、ちょっとサミシイ感じではある……と書いた本人が言っちゃなんだが、まあ、こういう地味な映画本って、そうそう売れないんですわね。

出版社はThe Scarecrow Press, Inc.で、公式サイトはこちら

2008年6月10日 (火)

「リンチの新作」といっても娘のほう(その2)

本日のじゃないものあるけど、Dugpa.comネタ。

以前にも紹介したジェニファー・リンチの新作映画「Surveillance」について、試写を観たDugpa.comの管理人さんによる評が掲載されている。管理人さんの結論からいうと、「観るべし!(GO F*CHING SEE IT!)」であるとのことだ。

他の評をみても、今回の作品に関してはおおむね好意的な批評が中心。派手な失敗作からかなり長いブランクを経て、文字どおりカム・バックを果たした監督にしては、最大限の賛辞が捧げられているといっていいんじゃないでしょーか。管理人さんも映像・音響・音楽の全面に関してベタ誉めに近い感じで、いやが応でも期待を掻き立てられる感じなんだが、さて、日本で公開されるんでしょーかね?

Lynch_jennifer

……とか言ってるうちに、ジェニファーの第三作目の話が進行しているという情報も入ってきた。今度はなんと「Split Image Pictures」というインド・ベースの製作会社との仕事で、「Variety」の記事によれば、すでに契約も終えたとのこと。いわゆるボリウッド(Bollywood)」での仕事ということになるわけっスね。タイトルは「Nagin」。どうやら人間の姿にもなれる蛇女の話で「インド神話」を元にしているらしい。なんかIMDbでみてみると、1976年に同タイトル同題材の「Nagin」という作品がインドで作られている様子。そのシノプシスから流用すると(笑)、「蛇が年齢を重ねると人間の姿をとれるようになる」という神話があるんだそうだ。うーむ、猫又の蛇版?(なんだ、そりゃ)

しかし、インドの映画資本がハリウッドとコラボし始めたというのは、興味深い。ハリウッドで映画を撮影した日本人監督は何人もいるけど、フィルムの使用量の差とか取扱いの違いとか、いろいろ驚くことがあったように聞いてたりする。おそらくハリウッドのスタッフを邦画の製作現場に連れてくると、逆にいろいろ驚くことがあるんだろうなと思うのだが、果たしてハリウッドとボリウッドにはどのよーな違いがあるのか、ないのか、どーなのか。

あ、それと、「Surveillance」のフランスでの公開が7月15日からに決まったそうであります。で、オトーサンのほーはどーなった?(笑)

2008年5月20日 (火)

リンチ+ホドロフスキー+ヘルツォーク

本日のDugpa.comネタ。

な、なんとデイヴィッド・リンチが、あのアレハンドロ・ホドロフスキーの新作「King Shot」(2009年完成予定)のエグゼグティヴ・プロデューサーに名前を連ねることになったそうな。うっわー、ホドロフスキーの新作! んでもって、リンチとカップリング! いやあ、まさかこのよーなことが起きるとは、夢にも思わなんだ。長生きはするもんですなあ。「The Rainbow Thief」から19年ぶりの新作ですか。驚いた。

とはいえ、まだ現在はプリ・プロダクションの段階で、公式サイトもただいま制作中なありさま。なにはともあれ、期待しちゃうぞ(笑)。IMDbをみると、出演者の名前には、マリリン・マンソンやらニック・ノルティやら、一癖も二癖もあるよーな連中の名前が並んでいる始末だもんなあ(笑)。あ、ホロドフスキーの息子のアダンの名前もあるや。まだ詳しい作品内容まではわからないのだけど、「Variety」の記事によれば「violent metaphysical spaghetti gangster pic」なんだそーだ。うむ、ホドロフスキーのことだから、きっとそうなんでしょう……って、やっぱなんだ、そりゃ(笑)。

もいっぱつ、これまたスゴいんだけど、「Hollywood Reporter」の記事では、リンチはヴェルナー・ヘルツォークの新作「My Son, My Son,」にもエグゼクティヴ・プロデューサーとして参加する様子。どわあ。

両作品とも、今年のカンヌでAbsurdaが配給権販売の窓口業務を行ったらしく、ってことはアメリカ国内の配給はAbsurdaになるのかな。うーん、「インランド・エンパイア」の配給元に困ってリンチがAbsurdaを作ったときは、リンチ、ダイジョーブかなあとか心配してたんだけど、まさかこういう具合に話が展開するとは思わなんだよ。確かに、Absurada立ち上げのときに、こうしたアート系の映画作品のアメリカでの配給状況について発言してたなあ、リンチ。そのころから、こういうこと考えてたのかなあ。もし、Absurdaが、今後もこうした系統の作品の配給業務を継続して行うようであれば、こりゃちょっと面白いことになりそうだ。

2008年4月30日 (水)

「それぞれのシネマ」日本版DVD予約開始のことなど

昨年の7月25日付けのエントリーで触れた「Chacun son Cinema」のDVDだが、なんと日本版が発売されることになり、すでに日アマゾンでも予約受け付けが始まっているのを発見。うわ、マジっすか。そんなの、もう出ないと思ってたよ(笑)。

それぞれのシネマ

邦タイトルは「それぞれのシネマ ~カンヌ国際映画祭60回記念製作映画~」で、税込\4,935のところを現在26%オフの予約価格で\3,652也。発売は7月4日、ここんとこリンチづいてる角川エンタテインメントから。

概要および経緯をざくっと説明しておくと、昨年のカンヌ国際映画祭は60回目の開催だっつーことで、それを記念して33人(ありゃ、最初35人って言ってなかったっけか?)の映画監督に「映画館をテーマにして、好きなもん作ってチョ」と3分間の短編映画製作を依頼して、オープニングでそれを上映したんでありますな。で、製作を依頼された監督のなかにはリンチも入ってて、その作品もこのDVDには収められていと、ま、そーゆー次第でございます。あ、リンチの作品は、YouTubeにも上がってた「映画館で、でっかいハサミがあるやら、バレリーナが踊るやら」とゆーヤツね。にしても、「インランド・エンパイア」を作ったばかりのリンチには、「映画館」というテーマはドンピシャだったんではないかと思いました。実製作的にも、ひょっとしたらほとんど手持ちの素材だけで作れたんじゃないかなあ、ホントのとこは知らんけど(笑)。

なんかその後出た北米版DVDにはリンチ作品が収録されていないとかいうウワサを耳にしたんで、米アマゾンからのお取り寄せはパスしてました。が、日アマゾンの作品紹介を読む限りでは、日本版DVDにはちゃんとリンチの作品は収録されているみたいであります。これで収録されてなかったら、即刻返品ですとも、ええ返しますとも、断固として拒否ですとも(笑)。

ちなみに、参加した33人の映画監督のリストは以下のとおり。

テオ・アンゲロプロス/オリヴィエ・アサヤス/ビレ・アウグスト/ジェーン・カンピオン/ユーセフ・シャヒーン/チェン・カイコー/マイケル・チミノ/デヴィッド・クローネンバーグ/ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ/マノエル・デ・オリヴェイラ/レイモン・ドパルドン/アトム・エゴヤン/アモス・ギタイ/ホウ・シャオシェン/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ/アキ・カウリスマキ/アッバス・キアロスタミ/北野武/アンドレイ・コンチャロフスキー/クロード・ルルーシュ/ケン・ローチ/デヴィッド・リンチ/ナンニ・モレッティ/ロマン・ポランスキー/ラウル・ルイス/ウォルター・サレス/エリア・スレイマン/ツァイ・ミンリャン/ガス・ヴァン・サント/ラース・フォン・トリアー/ヴィム・ヴェンダース/ウォン・カーウァイ/チャン・イーモウ

……ぜいぜい(笑)。他の監督の作品で観たことがあるのは、これまたYouTubeにアップされていたクローネンバーグのだけ。カウリスマキやらキアロスタミやらアンゲロプロスやら(こりゃ、早口言葉だな)の作品も観てみたいんで、うーん、やっぱ、返品しないかも…… って、あら、気がついたら、いつの間にか日本版公式ホームページまでありやがりました(笑)。なんか5月17日から、「ユナイテッド・シネマ豊洲」で劇場上映までするみたいっス。

2008年4月24日 (木)

カンヌのポスターはダークでブロンド

本日じゃないけどDugpa.comネタ。

「第61回カンヌ国際映画祭」の公式ポスターが公開された。現物はこんな感じ。

cannnepos
デザインそのものはフランス人ポスター・アーチストのPierre Collier氏の手になるものなのだけど、「リンチの写真作品にインスパイアされた感じ」ってのがコンセプトであるらしい。リンチの功績を讃えてっつーことで、そーゆーことになった次第なんだそうだ。運営側は「リンチの映画作品と同じトーンを伝えている」と自画自賛気味のコメントをしたりしとりますが、うむ、確かに金髪で真っ暗けで「マルホランド」な感じですな。どうせなら「Distorted Nudesシリーズ」みたいに、女性の体がグニョーってなってたりウニューってなってたりしたら、もっとよかったんですけどね。あ、それじゃ、フランシス・ベーコン・トリビュートになっちゃいますか、そーですか(笑)。

いっそのこと、会場のデコレーションまで「リンチ風味」にしてくんないですかね? 海岸にビニール包装の死体を並べたりとか、スタッフが全員「白塗り」でビデオ・カメラ担いでたりとか。二度とカンヌで映画祭が開催できなくなるかもしんないけど(笑)。

2008年3月18日 (火)

リンチの新作映画(でも、娘のほう)のハナシ

またもやDugpa.comネタ。

かねてから、リンチの娘であるジェニファー・チェンバース・リンチが「ボクシング・ヘレナ」(1993) に続く長編映画第二作目を製作中であるという話は耳にしていて、うむ、オトーサン以上に寡作であるなあ(笑)と感心したりしなかったりしていたのであった。リンチがエグゼクティヴ・プロデューサーとして参加してるらしいことはIMDbなどでも掲載されており、昨年の夏にカナダのサスカチュワン州レジャイナでの撮影は終了したという情報が出たっきりで、その後どーなったのかなーと思ってたら、いつの間にか完成していた様子。

タイトルは「Surveillance」で、ストレートに受け取るなら「監視」あるいは「見張り」ぐらいの意味ですかしらん。ネット各所に上がっている関連記事を読む限りでは、近未来を舞台にしたSFで、連続殺人犯を追いかけるFBIの捜査官(Julia Ormond)が三人の目撃者の話を聞くが、彼らの話すことが全然食い違っていて……というよーな話であるらしい(もちっとネタバレ気味の記事もあったけど、それはパスね)。IMDbの掲示板では、すでに「こりゃ、つまり、『羅生門』なんかいね?」という声も出てたりするが、まあ、このへんはどのような結末がついているのか(あるいは、ついていないのか)、実際に作品を観てみないとナントモかなあ、と。

あと、目に付いた情報といえば「ロスト・ハイウェイ」でフレッド役だったビル・プルマンが出演していることで、ここらへんはやっぱりオトーサンつながりですか? 一部では「リンチ父がシナリオを書いた」かのように読める情報も流れているみたいだが、クレジットを見る限りではシナリオは「リンチ娘」とケント・ハーパーの共同執筆になっているので、要注意(って、ナニをだ)。

で、コチラが撮影中のジェニファーとビル・プルマン(なんか、すげえ丸くなってないか?)

Surveillance
今のところ、上映されたのは、去る2月のベルリン国際映画祭期間中に併催された「ヨーロピアン・フィルム・マーケット(European Film Market)」においてのみっぽい感じ。Dugpa.comの記事によれば「評判は悪くない」らしいが、その元記事等は、大山崎は未確認状態。同じく、IMDbではドイツでの公開が7月17日からで決定しており、米国でも今年中に公開されるみたいなのだが(Dugpa.comの記事では8月公開)、現状、どのくらいの規模でどこで、といったような具体的な話は見つけられず。で、もちろん日本での公開情報は一切不明なんだけど、さて、どーなりますかね。

……つなわけで、しみじみと「ボクシング・ヘレナ」を観返してみようかなと思ったりしている今日この頃なのでありました。

3/23追記: ドイツ版のトレイラーがYouTubeにアップされました。

2008年1月11日 (金)

リンチ、iPhoneを斬る!

本日じゃないけどdugpa.comネタ。

よくわからんのだが、「iPhone」を「Fu*kin' Telephone」とくさすデイヴィッド・リンチの映像がYouTubeに上げられている……というネタが突然dugpa.comに掲載されている。「よくわからん」というのは、この映像は「インランド・エンパイア」の北米版DVDに映像特典として収録されている、「TRUE EXPERIENCE」と題されたリンチのトークの一部だから。なので、DVD買った人間は(全員じゃないにせよ)とっくの昔に観てるはずで、なぜ今頃になって話題になってるのか、理由が不明なんであります。直近にiPhone関連でなんかあったっけかなあ?

ここでリンチが語ってることの内容自体は、自著の「Catching The Big Fish」に収められている「Future of Cinema」と題する文章で書いていたのと同じようなことだったり。要するに、iPodやiPhoneの小さな画面で映画を観たんじゃ、本当の「別世界の体験」は出来ませんぜ、旦那……というようなことですね。「『映画=世界』であり、それを観ることは『別な世界』を体験することである」ってなことを、映画作品に仕立てて宣言しているのが「インランド・エンパイア」であるわけで、まあ、リンチの姿勢としては一貫しているわけでありますが。

あ、DVDに収録されている映像には、YouTube版の最後に出る「iPhone」のロゴはもちろん収録されてませんので、念のため(笑)。YouTubeに上げたヒトが面白がって付け加えたみたいなんだけど、いいのかなあ、それ(笑)

1/17追記:どうやら、「iTunes Movie Rental」と「iTunes Digital Copy」がらみで話題になったみたいだ。

2007年12月25日 (火)

ボカノウスキーの「天使」を観る

さて、「インランド・エンパイア」には「高低のアナロジー」に伴って「階段」の映像が繰り返し登場する。が、もちろん映画に「階段」 が登場するのは、これが初めてというわけではない。それどころか、枚挙の暇がないといったほうが正しいだろう。有名どころでいえば 「戦艦ポチョムキン」(1925)の「オデッサの階段」のシーンがまず思い浮かぶし、ロバート・シオドマク監督の「らせん階段」 (1946)というそのものズバリなタイトルの作品があったりなんかもする。映画は「階段」をいろいろな形で登場させ、 「頭上から降りかかる、権力による理不尽な暴力」だの「紆余曲折を経なければ辿り着けない、入り組んだ真相」だのといった、 さまざまな象徴的意味合いをもたせてきた。

だが、もし、「階段映画」などというようなジャンルがあったとしたら、 その筆頭として挙げられるであろう作品がある。それがパトリック・ボカノウスキー監督の「天使(L'Ange)」(1982)だ。

l'ange01

……といいたくなるくらい、この抽象的で非ナラティヴな作品は「階段」のモチーフに支配されている。暗闇の中、ミシェール・ ボカノウスキーの音楽にあわせて浮かび上がる「行き止まりの階段」や「折れ曲がった階段」や「螺旋階段」などの断片的なイメージと、 その階段を上り続ける「上昇」のイメージこそがこの作品の主役だといえるだろう。

階段と階段の「間」……つまり「階層」において、いくつもの抽象的かつ観念的なイメージが提示される。アングルを変えスピードを変え、 いわば時間と空間を同列に扱い混淆させながら、各階層におけるイメージは延々とリフレインされる。 リフレインは永遠に続くかのように感じられ、それぞれの階層でのそれぞれイメージが「普遍的なもの」であることを伝えているようだ。だが、 それらのイメージにコンテキストを与えるのは、一連の「階段」と「上昇」のイメージに他ならない。そのコンテキストに基づいて捉えたとき、 各階のイメージが伝えるのは、たとえば……

・弱者に対する暴力と支配
・なす術もなく起きる、とりかえしのつかない失敗
・放埓に寝そべって数えられる財産
・幼児的に取り繕われる外見
・傾いた基準のもとでの日常
・どこにも飛び立たない、知識のためにあるかのような知識
・手が届いた瞬間に新たなベールをまとう真理

l'ange02
・ベールをまとった真理に対する科学の調査
・真理がまとうベールに対する化学による分析
・手に触れられないものに対して続く検証とその伝承
・高い壁のある茫漠たる暗い部屋

……といったようなものだ。こうした一連のモチーフが全体として伝えるものは、我々がかつて辿った状況であり、 あるいは今なお自身を置いている状況そのものであるのだろう。

そうした「階層」の描写を経て、この作品の結尾を飾るのは「長い階段」の圧倒的な映像である。我々にはまだ、 上らなければならない遥かな「階悌」が残されていると、この作品は伝える。そして、その永遠に続くかのような階段の頂上に待つものが、 画面全体を覆う「光」に表されるものであることも提示される。最後の「階段」を上る「異形の者たち」の姿が示すように、その「高み」 に近づくためには、もしかしたら我々は今ある姿を放棄しなければならないのだろうか?

我々は「茫漠たる暗い部屋」から脱出し、最後にはそうした「高み」に辿り着くことができるのか? そもそも、そうした「高み」 は本当に存在するのか? あるいは、我々はそうした「高み」をそれと認識できるのか? 「天使」はいろいろな疑問を投げかけて終わる。 我々にはその疑問に答える術はなく、おそらく可能なのは願うことだけだ……もし我々が変わっていくとしたら、それが「天使」 であれなんであれ、「善きもの」の姿に似ていることを。

2007年12月19日 (水)

「ロスト・ハイウェイ」北米版DVDの続報ね

「ロスト・ハイウェイ」北米版リマスターDVDの続報(アーンド、字幕のお話)。

米アマゾンですでに予約受付が開始されておりマス。定価$19.98で、今ンとこの予約価格は30%引きの$13.99。「どうなんだよ!」の発売日は3月25日が正しいみたい。

あと気になってるのはPALマスターの早回しじゃねーだろーなってことぐらいなのだが、これまた現在のところのランタイムは135分になっているので問題ないハズ。まあ、この時期の米アマゾンの情報は割といーかげんだったりするので(笑)、これに関しては追加情報を待ったほうがいいかもしれんス。

さて、このリマスター版「ロスト・ハイウェイ」の国内DVDが出るのかどうか。結局、リマスター版の「砂の惑星」が国内ではDVD未発売なままな現状からして、これまた予断を許さない感じではある。世の経済原理というものから推し量るに、ひょっとしたら「ツイン・ピークス」やら「インランド・エンパイア」やらのDVDの売れ行き次第なのかもしれんなあ。ところで、結局、「リンチ・イヤー」って盛り上がったンすかね? よくわかりません。

……てな状況のところにマコトに厚かましいお願いかとは思いますが、「ロスト・ハイウェイ」の国内版DVDが出るのなら、できれば字幕翻訳を一部見直してもらえないかなーとか思う次第なんでありますけども、いかがなもんでございますでしょーか。

もちろん、ナニガシか翻訳作業にも関わった経験がある人間として、異なった言語同士を一対一で置換できない以上、翻訳というものがすべからく翻訳者の「解釈」に基づいた「意訳」にならざるを得ないのは、重々承知。かつ、これまた当然ながら、原意に含まれているものを取りこぼさざるを得ない局面がままあるのも、残念ながら仕方がない。でも、同時に、リンチ作品のような抽象的な映画の翻訳字幕に関しては、もちっと気をつかってもいいんじゃないかと感じることがあるのも、また確か。

具体例でいうと、「ロスト・ハイウェイ」におけるミスター・エディの「You and me, mister... We can really outugly them sumbitces...Can't we?」という台詞。現行の国内DVDでの字幕は「お前と俺なら--もっとすごいポルノを撮れたな。そうだろ?」(2:05:34)となっているんだけど、ちょっとこの訳文は飛躍しすぎているような気がする。そもそも原文には影も形もない「ポルノ」などという語句をもってくることにまず疑義がある。と同時に、おそらく直前の映像に引っ張られたとおぼしき翻訳者のこの「解釈」の正当性自体が、どうにもアヤシイのではないかと。百歩譲ってこれをひとつの「解釈」に基づいた「意訳」として認めるとしても、ここまで「ロスト・ハイウェイ」という作品に対する解釈の幅を狭めてしまっていいのかどうか、正直いって疑問だったりするのだな。

思うに、もともと漠然とした「台詞」であるのだから、もっと漠然とした「訳文」が当てはめられるのが妥当なんじゃなかろーか。この部分、「ロスト・ハイウェイ」のシナリオ本の翻訳では「お前も俺も。なあ。俺たちはほんとにろくでもねえ野郎なんだよな?」(P.238)という具合になっていて、「漠然とした具合」からすれば、こちらのほうがずっと優れているんではないでしょーかしらん。

ちょいと真剣モードでいうなら、「ロード・オブ・ザ・リング」の字幕の例を引くまでもなく、こうした誤訳・悪訳の最大の被害者は翻訳に頼らざるを得ない「一般的な受容者」であるのは間違いない。もちろん、字幕翻訳の場合、字数や作業時間を含めたさまざまな事情があるのは理解できるにしても、それはあくまで「翻訳者側」あるいは「売り手側」の論理でしかないことを「翻訳者側」あるいは「売り手側」の人間はキチンと認識しておかないとマズイと思う。ましてや、(ままあることとはいえ)翻訳者の不見識や調査不足がゆえの誤訳など、本来起きてはならないことであるハズ。最近は字幕翻訳に監修者をつけるケースも増えているようで、こうした問題点を「売り手側」も認識していることがうかがえる。この傾向は双方にとってオヨロしいことなんではないでしょうか……と思う反面、たとえばリンチ作品の字幕の問題点って、そーゆー方法論では解決できんであろうことが悩ましい(笑)。

いずれにせよ、理由はともあれ、「翻訳」によって受容者の解釈が歪められたり幅が狭められたりする事態が起きているのならば、それは作品にとってヒジョーに不幸なことなんではないだろーか……ってなことを自戒をこめて呟く、今日この頃なのであった。

こそっと言っちゃうと、試写で観た限りでは「インランド・エンパイア」の字幕にも「ん?」と思う箇所があったりしたのよ。DVDで直ってたらいーな……と願う大山崎の思いは、はたしてお星様に届くのでせうか(笑)。

2007年12月12日 (水)

「ロスト・ハイウェイ」のリマスターDVD(北米版)が出るそーな

本日のdugpa.comネタ。

レタボなうえに片面1層で画質がおヨロシクないと評判悪かった「ロスト・ハイウェイ」のDVDだが、やっとリマスターされた北米版が出るらしい。現在のところの予価は$19.98で、発売元はユニバーサル・ホーム・ビデオ。発売予定が2008年の3月5日説3月25日説の二つあって、どっちやねン、はっきりせんか、コラ(笑)。

losthighwayrdvd

映像特典としてリンチのインタヴューが収録されるようで、モノとしては、おそらく以前発売された仏版と同じもののハズ。

そういえば、リマスター仏版が出たあと、なかなかその北米版DVDが発売されなかったのは、ミステリー・マン役のロバート・ブレイクが妻殺しの嫌疑での裁判中だからだ……という話があった。いやもう、作中のフレッドそのまんまの状況だったわけで、なんともはやな感じだったのだが、その裁判の模様を追っかけたこのようなページもあったりなんかして、 これもまたなんともはやであった。

結局、刑事裁判では2005年3月に無罪判決が下りた。が、一方で4人の子供たちから損害賠償を求められていた民事裁判では、同年11月に支払いを命じる判決が出た。これまたO・J・シンプソン事件と同じような結果になったわけで、ニュースを読みながらなんともフクザツな思いを抱いた記憶がある。3,000万ドルの支払いを命じられたブレイクは翌年に破産してしまい、小さなアパートに住みつつどこかの牧場で働いているらいしい……というのが、自分が耳にしたブレイクの最後の消息になる。本人は俳優としての復帰を望んでいるらしいけど、現実問題としてはたしてどうなのか……あ、もしかしたら、ジョン・ウォーターズが出演依頼するかもしれんなあ。

その後、映画「カポーティ」つながりでブレイクの出世作である「冷血」のDVDが再発されたりしたので、もうそろそろ「ロスト・ハイウェイ」の方も大丈夫なんじゃないの? ……とは思っていた。まあ、日本版が出るかどうかは現在のところまったく不明だし、とりあえずは行っとくでしょう、北米版に(笑)。

というわけで、続報を待て!

3/19追記:っつーわけで、本日、米アマゾンから発送通知が来ました。届きましたら、また。

2007年11月30日 (金)

「インランド・エンパイア」日本版DVD予約開始ダス!

つなことで、駄文エントリー101件目にあわせて(笑)、「インランド・エンパイア」日本版DVD予約開始のアナウンスが日アマゾンに。「1枚組通常版」と「2枚組初回限定 デイヴィッド・リンチインスタレーション/インランド・エンパイア+リンチ1」の2種、発売予定は2008年2月22日(金)。さあ、良い子のみんなは、がんばってお年玉を貯金しておこう(笑)。

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リンチ者としては、当然、通常版じゃな い方をポチってみるでしょー。そーでしょー。

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なんせ同梱されているドキュメンタリー「リンチ1(Lynch One)」は本国メリケンでもまだソフト化されていないんだから、これを快挙と呼ばずしてなんと呼ぼうかってな感じのお買い得。わざわざツイン・ピークス・フェスティヴァルまで観に行かなくて、ヨカッタヨカッタ(笑)。北米版に先駆けて伊版DVDも買ったあちらのコア・ファンの皆様も、今度は日本版をお買い求めになるんじゃないでしょーかー。

そのかわりといっちゃなんだが、現在のところの総収録時間(267分)が正確であるならば、北米版DVDに収録されていた90分に及ぶ各種映像特典は入ってないっぽい。本編180分+「リンチ1」84分で、すでに264分だもんな。おそらく、通常版にも収録されている「予告編&特報&TVコマーシャル」で残り3分ってなところでしょーかね。うーむ、「リンチのお料理教室」等々が収録されないとなれば、それはそれで残念ではあるが、すでに北米版DVDを買ってしまった身としてはこっちのほーがウレシイぞ。

なにやらオマケとして台本もついてるみたいなのだが、そりゃ、リンチがバラバラ書き殴ったヤツですか?(笑) どうせ掲載されるのは一部なんだろうけど、それでも「残ってたんだ……」と驚くとともに(笑)、実際の映像と対比してみるのも興味深いんでわないかい、とこれまた楽しみな今日この頃でありマス。

2007年9月 2日 (日)

「インランド・エンパイア」のサウンドトラック・アルバムが予約受付開始だそーな

本日のdugpa.comネタ。

「インランド・エンパイア」のサウンドトラックCDの予約受付が、米アマゾンで始まった。発売は9月11日予定で、お値段は$17.98。

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収録曲リストは、こんな感じであるらしい。

01 David Lynch "Ghost of Love" 5:30
02 David Lynch "Rabbits Theme" 0:59
03 Mantovani "Colours of My Life" 3:50
04 David Lynch "Woods Variation" 12:19
05 Dave Brubeck "Three To Get Ready" 5:22
06 Boguslaw Schaeffer "Klavier Konzert" 5:26
07 Kroke "The Secrets of Life Tree" 3:27
08 Little Eva "The Locomotion" 2:24
09 David Lynch "BBQ Theme" 2:58
10 Krzysztof Penderecki "Als Jakob Erwachte" 7:27
11 Witold Lutoslawski "Novelette Conclusion" (excerpt) /Joey Altruda "Lisa" (edit) 3:42
12 Beck "Black Tambourine" (film version) 2:47
13 David Lynch "Mansion Theme" 2:18
14 David Lynch "Walkin' on the Sky" 4:04
15 David Lynch / Marek Zebrowski "Polish Night Music No. 1" 4:18
16 David Lynch / Chrysta Bell "Polish Poem" 5:55
17 Nina Simone "Sinnerman" (edit) 6:40

うーむ、しかし、米アマゾンでは「インランド・エンパイア」のDVDが$19.99で売ってんだよねえ。昨今よくあることではあるが、 CDとDVDで値段が$2しか違わんというのは、どーしたもんか(笑)。

9/5追記: 日アマゾンでも予約受付が始まりました。税込\2,052也。

9/14追記:税込¥2,375也にいつの間にかなっとりました。にしても、まだ日アマゾンから出荷のお知らせが届きません。がんばれ、日アマゾン(笑)。

9/18追記: やっとこさで日アマゾンから発送通知が来ました。ふう。

2007年8月22日 (水)

リンチ系ヒマネタ (4)

ほら、忘れた頃に続いた(笑)。

リンチ作品における「大胆な省略を受けたストーリー」のことについて、蛇足の補足なんかしてみる。

「映像における表現主義」のこととかで触れたように、リアリズムを基調とした作品の中で、広い意味での「表現主義的な映像」がワン・ポイント的に使われたりするのは、もうごく自然なこととして受け止められてる。要するに「登場人物の心理描写」が必要になったときなどに、それを台詞などで説明するのではなく映像として提示するために「表現主義的な映像」が使われていて、創り手も観る側もそれになんら違和感を感じてない、とゆーことですね。

さて、では、こうした観点からリンチ作品をみたらどーなるか。ちょうどそのまったく逆な感じで、ワン・ポイントじゃなくて全編が「登場人物の心理描写」で出来ている……と捉えることもできなくはないんじゃないかと。つまり、外的リアリズムに沿った作品であれば延々描かれているはずの「ナニが起こり、ナニゆえに登場人物がそーゆー心理状態を持つに至ったか」という部分がバッサリと省略されて、作品の外にポイと放り出されちゃってる……と、まあ、そんな具合に理解できるかもしれないと考える次第。

もちろん、なんらかの形でストーリーの一部が省略されている映画ってのは、枚挙に暇がないほど存在する。だけど、その省略された部分においてナニゴトが起きたか、観客は想像でほぼ補えるのがフツー。というか、そういうふうに作られている。単に余計な描写がカットされてるだけだったり、観客の想像にまかせたほうが効果的だったり、省略されている理由はさまざまであるにしても。

ところがリンチ作品においては、省略されたストーリー部分が大き過ぎて(笑)、実際に何事かが起きたかの細部については判然としない事柄が多い。多いったら多い。でも、それがまったく問題にならないのは、リンチが描こうとしているのはそうした「登場人物の心理状態」そのもののほうであるからでありますね。

……なんかあれば続く

2007年8月 2日 (木)

「映像における表現主義」のこととか

えー、ものはついでで「映像における表現主義」について、ざっとおさらいなんか。

そもそもは1920年頃に現われた「ドイツ表現主義映画」というのがそのスタートになるわけだけど、じゃあこの時期にドイツで作られた映画のどれが表現主義映画かとなると、実は人によってバラバラだったりする。ヴィーネの「カリガリ博士」(1920)は鉄板として、ムルナウの「吸血鬼ノスフェエラトウ」(1922)あたりはともかく、同じくムルナウの「最後の人」(1924)やラングの「メトロポリス」(1926)までもドイツ表現主義映画に含める人までいるくらい。

ま、このあたりは「作品全体を通して表現主義的な手法で描かれているものだけに限定」して考えるのか、それとも「一部にでも表現主義的な映像があればその範疇に入れる」と考えるのかの違いであるように思う。コア作品と周辺作品の関係ちゅうヤツでありますでしょーか。

個人的には、「ドイツ表現主義映画」と限定して呼ぶ場合は、前者の定義に従うのがどちらかといえば納得がいく感じ。この定義に従うなら純粋な「ドイツ表現主義映画」と呼べる作品は、「カリガリ博士」、「ゲニーネ」(1920)、「朝から夜中まで」(1921)、「裏町の怪老窟」(1924)等の一握りの作品しか存在しないということになる。それにつけても、現在、日本で手軽に実際の映像を観る機会があるのは「カリガリ博士」ぐらいなものだというのは、ちょいと不幸なことかもしんない。どっか酔狂な会社が他の作品も500円DVDで出したりしませんでしょーかね(笑)。

んじゃ、「最後の人」とか「メトロポリス」とかはなんなんだっちゅーと、「映像による表現主義」が普遍化し、リアリズムを基調とした映画のなかに混在して用いられるようになる過程の作品……というのが個人的な捉え方であります。つまり、登場人物の心理描写が必要になったときに、ワン・ポイント的に表現主義的な映像が使われているということですね。「最後の人」で主人公に向かってホテルの建物がぐももももーんと傾いて迫ってくるシーンとか、「ヴァリエテ」(1925)で目玉がいっぱい多重露光でべももももーんと現われるシーンとかはそーゆー例なんじゃないかと思うわけでありますが、どんなもんざんしょ。

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でもって、最終的にこうした映画の製作にからんだドイツ人スタッフがナチスを逃れて外国に渡り、めでたくハリウッドも「表現主義的映像」の方法論を手に入れた……という流れなんじゃないかと推察する次第。実際は「カリガリ博士」の公開直後、各国でひょこ歪んだセットを使った映画がパラパラと作られたみたいだけど(溝口健二の「血と霊」(1923)とか)、どこまで表現主義的な手法に対する本質的な理解が得られていたのやら、怪しいものも混じっていた感じではあります。セット傾けてりゃ表現主義だっつーもんでもないぞっちゅうことですね。聞いてるか、エド・ウッド(笑)。

詳細に検討したわけではないので間違ってるかもしれないけど、「映像における表現主義」は少なくとも1940年代にはハリウッド映画を含めて、ごくフツーに使われるようになっていたというのが自分の印象。で、以降、いかにも「表現主義でございッ!」ってな感じの表現主義的映像が次第に姿を消し、 非常にさりげなーく何気なーく使われたりするようになり始める。言い換えれば「浸透と拡散」「普遍化と常套化」が達成され、 映画がまたひとつ「表現の幅」を広げた……ということになるわけでありますね。

んで、デイヴィッド・リンチの諸作品における「表現主義的映像」もまた、その多くがこの「スティルス型表現主義」 (笑)に類するんじゃねーのと思ってたりするのでありました、はい。

2007年7月29日 (日)

リンチ系ヒマネタ (3)

古典ハリウッドの映画文法は、ストーリーを語ることに特化しているといえる。エスタブリッシュメント・ショットやカット・イン・アクション、180度ルール等のテクニックは、観客に対し物語を効果的に伝えることを主眼としたものだ。少なくとも現在のところ、映像でなにかを伝達するうえでスタンダードな手法であり、ひいてはナラティヴな作品においてストーリー上の展開を心理上の展開を重ね合わせるうえでも、これらのテクニックが非常に効果的なのはいうまでもない。

裏をかえすと、大抵の観客は映像作品を観るとき、それが古典ハリウッド映画文法によって「記述」されていることを予測し期待しているはずだ。そして、それに基づいて理解しようとする。

もちろん、ハリウッドが作る映画に対するアンチテーゼとして古典ハリウッド映画文法から逸脱したり、それを無視している映画作品はいくつも存在する。それはそのまま「映画」というメディアが時間をかけて発達し、過去に取り上げられなかった題材を取り上げ、新しい表現を手に入れつつ、その幅を広げてきたということに他ならない。リンチの作品も、そうして「広がった幅」のなかで語られるべきなのは確かだ。

問題をややこしくしているのは、にもかかわらず非ナラティヴなリンチ作品も、基本的に古典ハリウッド映画文法を遵守していることだ。こうした映像テクニックが得意としているストーリーを語ってもいないのに、だ。リンチ作品に初めて触れた観客がまず混乱するのはこの点といえる。最初から「映画文法の逸脱あるいは無視」があれば、むしろ「そういうもの」として観客は理解できるはずなのだが、リンチ作品はそれを許さない。古典ハリウッド映画文法によって記述されたナラティヴなものとして受け止めかけていた作品が、突然その容貌を変えたように感じてしまう。

しかし、詳細にみると、リンチ作品においてこうした編集文法が遵守されているのは、ひとつのシークエンスのなかにおいてであることがわかる。つまり、局地的な「因果律」が成立しているスパンにおいて、こうした編集が機能しているわけだ。

たとえば、「ロストハイウェイ」における「山道の交通道徳講座」のシーンは、この部分だけを切り出してみた場合、「因果律」が成立しているといえる。交通道徳を守らず、先行車をあおったドライバーが(私的に)処罰される。ただし、これは「追跡・追求・処罰」という、「ロストハイウェイ」において繰り返し登場するモチーフのひとつのヴァリエーションであることがわかるだろう。つまり、このシーンは、このモチーフを局地的な時間軸に沿って「展開」してみせたものなのだ。

画家を目指していたリンチが映像製作に手を染めたきっかけが、「絵を動かしてみたい」という衝動にかられてであったことは、リンチ自身の言葉によって何度も説明されている。リンチの映像作品における各シーンは、文字どおり「動く絵」であり、「時間経過とともに変化する絵画」であるといえる。そして、その「動かし方」が、ハリウッド古典映画文法に則っているわけだ。リンチ作品は、数多くのそうした「時間軸に沿って展開されたモチーフやアイデア」が集まって成立しているんである。

……もそっと続く、かもしんない。

2007年7月25日 (水)

「インランド・エンパイア」米版DVD続報だったり

本日のdugpa.comネタ。

配送が遅れるとヌかしやがりながら、米アマゾンでの発売日表記が8月14日のまんまであるのが大山崎個人としてヒジョーにナットクいかない「インランド・エンパイア」北米版DVDの話題。

過去のリンチ作品のDVDと比べて映像特典がテンコ盛りなのはいろんなところで紹介済みなんだが、加えて「Ballerina」っつーのも特典として収録されることになったみたいだ。タイトルから推察するに、おそらくこれは今年のカンヌで上映された短編っぽい。「映画」をテーマにいろんな監督が競作したヤツで、リンチが作ったのはすでにYouTubeでも映像が出回ってるけど、きちんとした形で入手できるのはありがたや。

実はフランスでは、そのとき上映された短編を集めた「Chacun son cinema」なるDVDがとっくに出ておりまして、ユーロ高の昨今、ちょいと高くつくのでどーしたもんかと思い悩んでたのでした。

Chacun son cinema

しかし、となると、「Chacun son cinema」の北米版DVDは出ないんだなあ、きっと。他の監督の作品も観てみたい気もして、もし米版が出て安かったらそっちを買っちゃれと思っとったんですが。やっぱ、おフランスから買ったもんでしょーかね……と、いつまでたっても悩みはつきないでありマス(笑)。

8/11追記: 現物を観てみたところ、「Ballerina」はカンヌ用短編ではありませんでした。「インランド・エンパイア」用かつカンヌ短編用の元素材を使用した、新しい短編でした。

2007年7月24日 (火)

リンチ系ヒマネタ (2)

今回はナラティヴと非ナラティヴのことなんか、ぶっ書いてみる。

すんごく単純化してしまうと、ナラティヴな作品というのは、ストーリーの展開に沿ってキャラクターたちの変化を描くものであるといえる。つまり、物語の展開が登場人物たちの心理的展開と合致した形で進むとゆーのが、まずは基本の形(もちろん例外もあるけど、それは今回はおいとく)。

たとえば「人間的に未熟な人物が、重大な苦難に直面し、それを乗り越えた末に成長する」というのは非常によくあるプロットだけれど、ナラティヴな作品の構造を説明するうえでとてもわかりやすい。ストーリーがエスカレートするにつれて主人公の心理状態がエスカレートし、それに連動して主人公に対する観客の感情移入も深まっていって、物語が「苦難に対する回避・解決」に至った際に、なにがしかの心理的カタルシスを観客が得る……つーのが、まあ、ナラティヴな作品がもつ構造の典型例なんであります。

んでもって、ナラティヴな作品における物語&心理上のエスカレーションは、「因果律」によって支配されてたりする。ある出来事が原因となってその後の出来事が起き、次から次へと連鎖反応的に出来事が発生して、最終的になんらかの結末へと収束していくというのがフツー。つまり、出来事の発生は時系列的であるといえるわけですね。もちろん、ストーリー記述上のテクニックとして省略や順序の入れ替えを伴ったり、同時発生した出来事が並列的に述べられるケースはある。いっぱいある。んが、大抵の場合、観客側が自分で時系列を整理することによって「直線的(リニア)な時間軸」が認識可能なことに変わりはない。

さて、では、こういった点に関して、たとえば「ロストハイウェイ」や「マルホランド・ドライブ」なんかではどーなっているかというと。これらの作品では、作品内の出来事がそれに続く出来事の直接発生原因として認識できるケースは極小だ。部分的に出来事同士をつなぐ「因果律」が確認できたとしても、それは局地的なものであって作品全体を通しては成立しない。時系列整理を試みても結果は同じで、作品内の出来事を因果律をもった直線的な時間軸に沿って並べることは不可能だし、無意味。結果として、こうしたリンチ作品はめでたく「非ナラティヴなもの」として分類されることになる。

「ロストハイウェイ」や「マルホランド・ドライブ」といった作品において「映像」として提示されているのは、登場人物の主観や感情によって歪められた表現主義的なイメージだけ。観る側はそうした断片的なイメージ自体から、それがどういう感情や主観によって歪められているかを理解することを要求される。そもそも「非ナラティヴ=物語がない」作品において、「物語展開と心理展開の合致」など存在するわけがない。物語上のエスカレーションと連動してではなく、それ抜きで心理上のエスカレーションを描くのがリンチ作品だ。

ってなわけで、逆にいうと、どういう手順によってであれ、描かれている「感情や主観」といった人間の内面をなんらかの形で読み取れたならば、それはリンチ作品を理解したことになるといえるわけスね。たとえ細部は完全に理解できていなかったとしても。

……多分、きっと、続く。

2007年7月18日 (水)

リンチ系ヒマネタ (1)

えー、ヒマネタである(笑)。

デイヴィッド・リンチというのは、抽象表現&表現主義な人なんである。ここでいう表現主義というのは、要するに「人間の内面を表現するためには、外面的な写実性なんか放棄しちゃっても全然OK」という考え方のことで、リンチに関していえば最初期の「アルファベット」や「グランドマザー」のころから、いや、映像作品を作り始める前の画家を目指していたころから、ずーっとずーっと(以下繰り返し10回)ずーっと、そーなんである。

今更っちゃあ今更なことなんだけど、日本におけるリンチ紹介がそういう基本的なところの記述をスルーした形で進んでいるよーな気がするので、あえてヒマネタとして書いちゃえ(笑)。誰かもっと忙しい人がすでに書いてたりしたら、そのときゃゴメンなさいとゆーことで(笑)。

映像における表現主義のわかりやすい例ってのが、たとえば超古典で超有名な本家本元のコレ。

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「カリガリ博士」においては、狂人の内面を反映して背景の「外面的写実性」が放棄されて歪んじゃってるんだけど、リンチ作品では背景じゃなくて「作品内で起きる出来事そのもの」が歪んでいる。歪ませる対象は違っても、本質的なところは同じ。

たとえば「イレイザーヘッド」における赤ん坊やラジエーター・ガール、そして「ロストハイウェイ」におけるミステリーマンなど、リンチ作品には多くの「異形のもの」たちが登場するけど、これらは内面的感情の反映を優先した結果の「外面的写実性の放棄」の例として、まずは捉えられるべきものだということスね。

「ロストハイウェイ」のフレッドとピートの二役も、逃避行動を起こした人間の内面を描いた映像表現として、ミもフタもないくらい端的で直裁的といえる。内的リアリズムが外的リアリズムにそのまま直結している点において、これ以上シンプルな表現方法はないんじゃないかというくらい。

てな具合に、リンチ作品において最優先されているのは「人間の感情を映像としてどう表現するか」ということなわけで。となると、各作品において「その映像が誰の感情の反映であるか」を捉えるのが、リンチ作品に対する基本的なアプローチの出発点になるといえるのではないでしょーか。

さて、それはそれとして。

過去のフィルム撮影による作品において、リンチは基本的にローテクなアプローチでこうした「歪み」を描いてきた。先に挙げた例でいうと、ラジエーター・ガールのようなメイクだったり、赤ん坊のような特撮であったり。その他「ロストハイウェイ」等における逆回しだったり、「マルホランド・ドライブ」におけるマイクロ・ジジババの合成であったり、基本的にいまや「古臭い」ともいえる映像効果の範疇に収まり、CGすら使わない。古典的ハリウッドの編集文法を頑なに守っている点などとあわせ、このあたりの「映像的保守性」が実はリンチ作品の特徴のひとつといえるのではないかと思っていた。

ところが、ここ最近、デジタル撮影に切り替えた結果として、ダイレクトに映像をいじくった表現が登場しはじめた。その典型例が「インランド・エンパイア」のトレイラーにも登場している「ファントムの崩壊」シーンで、少なくともフィルム撮影によるリンチ作品にはなかったような表現なんではないかと思う。

「ロストハイウェイ」において、フレッドからピートへの変貌シーンを撮ろうとしたものの、納得できるものにならず結局断念したという話を聞いたことがある。となると、この「ファントム崩壊」は、新しいツールを手に入れたリンチによる、そのリベンジであるようにも思えるのだが、はてさて。

2007年7月11日 (水)

「Detour」の回り道

「Detour」(1945)というフィルム・ノワール作品がある。邦題は「恐怖の回り道」。

監督はドイツ脱出組のエドガー・G・ウルマー。ムルナウやラングと比べると、この人のハリウッドに渡ってからの一般的評価はあまり高くない。どうも世渡りが下手だったぽいところがあって、それでいい仕事にありつけなかったんじゃないかと勝手に想像してるのだけど、当たってるかどうかは知らない。「Detour」もそうした「いい仕事じゃない低予算Bピクチャー」の一本ではあるのだけど、ノワール好きからの評価が高いのはウルマーの演出によるところが大きいだろう。

ファム・ファタール役は、アン・サヴェイジという個人的に割と好きな女優さん。「Midnight Manhunt」 (1945)というノワール・コメディの女性記者役とか、たいした役じゃないんだけど非常におヨロシかった。実生活では、とっとと女優稼業に見切りをつけて資産家と結婚したまではよかったんだけど、夫と死別すると同時に破産し、老後はかなり苦労したようだ。

問題は主演のトム・ニールで、なんかもうこの人は私生活がメチャクチャ。女性をめぐってのいざこざで暴力事件を起こして仕事を干されたあげく、妻(三人目)を射殺したかどで刑務所入り、6年お勤めしたのちに釈放されたのはいいがその半年後に心臓麻痺で死亡……ってな文字どおり「ノワールな人生」である。

その暴力沙汰の相手というのが「幻の女」(1944)に出ていた、やっぱり俳優のフランショー・トーンだ。悪いことにニールは学生時代ボクシングをやっていたもんで、ドツき回されたトーンは鼻と頬骨を折るわ、脳震盪を起こすわで病院に担ぎ込まれる大騒ぎになったらしい。

ニールとトーンが争奪戦を繰り広げていた相手というのがバーバラ・ペイトンという女優さんなのだが、この人がまた強烈(笑)。

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最初はジェイムズ・キャグニーやらゲーリー・クーパーやらグレゴリー・ペックやとの共演作品に出演し、順風満帆な感じだった。ところがこの人、とんでもなく男癖が悪かったようで、既婚のトップ・スターやプロデューサーを「つまみ食い」しまくったみたい。で、醜聞が広まるにつれ、次第に仕事にも差障りが出るようになる。

そんななかで、トム・ニールとフランショー・トーンとの暴力事件が起き、これで彼女の評判は決定的に地に落ちた……かというと、まだまだそんなもんじゃなかった。彼女の「地面」はもっと下だった。

すったもんだののち、ペイトンは怪我から回復したトーンと結婚する。かと思ったら、たった7週間で離婚。なんと今度はニールとくっつく。いったいナニがしたいんだ、アンタ……とみんなが思ったらしく、もう彼女には碌な役が回ってこなかった。「ゴリラの花嫁」(Bride of the Gorilla/1951)でゴリラにさらわれたりなんかしてるうちに、さすがに本人もヤになったらしく、心機一転、今度はイギリスの映画界で出直そうと海を渡る。

が、当然ながらイギリスでもうまくいくはずがなく、尻尾巻いてアメリカに帰った彼女には、もうどん底に至る道しか残っていかった。

1955年から1965年にかけて、バーバラ・ペイトンは何度も犯罪歴を残す。不渡り小切手を出して捕まる、公衆の面前で泥酔して捕まる、万引きで捕まる、麻薬所持で捕まる……そしてもちろん、売春で捕まる。もうこのころには美貌も衰え、体型も崩れ、客にぶん殴られて歯は欠け、最後はバス停のベンチで寝泊りするありさま。

以前、IMDbの掲示板で、1963年ごろのペイトンを目撃したという人の書き込みを読んだことがあった。職場の向かいの2階に彼女が住んでいて、客を引き込んでは窓あけっぱでお仕事してたのが丸見えだったらしい。

ついに67年、親族に引き取られてアルコール断ちを試みるもすでに手遅れ。同年5月、バスルームで倒れているところを発見され、心臓と肝臓の疾患で死去。享年39歳。なんかもう、ネガティヴな意味での「ハリウッド伝説」の典型例みたいな人だ。

ところで、バーバラ・ペイトンの最後の出演作となったのが、「Murder Is My Beat」(1955)というフィルム・ノワール作品。監督がなんとエドガー・G・ウルマーだったりするのが、これまたなんかの星の巡り合わせなのかどうか。この作品も観てみたいと思うのだけど、残念、北米ですらソフト化されていないのでありました。

2007年7月 5日 (木)

「Rabbits」を観る

「Rabbits」は、2002年からデイヴィッド・リンチの公式サイト上で公開された、全9エピソードからなる連作短編である。現在では公式サイトでの公開は終了しているが、これは「インランド・エンパイア」でその一部が使われ、単独作品としての意味を失ったとリンチが判断したからではないか…… というのが個人的な推測。

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先日、パリでの作品展にあわせてリンチの作品集「The Air Is on Fire」が刊行されたが、これに収録されている絵画や写真には製作年の表記がほとんどない。映像作品等に同一のモチーフが使われているケースがあり、そこから逆に絵画等の「意味」を類推されるのをリンチが嫌ってのことだという。

おそらくだが、「Rabbits」についても同じような理由で公式サイトから削除された可能性がある。同様にこれまた「インランド・エンパイア」の随所に登場している「Axxon N.」も、結局単独作品としては発表されないまま公式サイトからタイトルが削除されている。ひょっとしたら、この二作品を当初の形で観ることは、(正式には)もうできないのかもしれない。

それはさておき、公開されて以来、「Rabbits」に関しても「こりゃ、ナニよ?」という議論が向こうのリンチ・ファンのあいだで沸き起こった。三匹のウサギたちの関係についてなかなかに想像たくましい意見が交換されたが、なかには「問題を抱えた夫婦たち」などといういかにもリンチ・ファンらしいダークな見方があったりもした(笑)。

そんななかで、「一見つながりがなく無意味に思われるウサギたちの会話だが、ひょっとして順番を入れかえれば意味が通るのではないか」というチャレンジがあった。その労作の結果がここにあるのだが、なるほど、確かにこうしてみると会話として成立しているように思える。

これをみて思いだしたのが、「爆発した切符」や「ノヴァ急報」といったウィリアム・S・バロウズの小説作品だ。記憶違いでなければ、バロウズはこれらの作品を書くにあたって何台かのテープレコーダーを使い、あらかじめ録音したストーリーをランダムに再生してはそれを書き取ることにより、コンテキストが崩壊した文章を書いた……あれ? これはJ・ G・バラードのコンデンスド・ノベルのほうだっけ? まあ、同じようなもんだからいいや(笑)。リンチがそうした小説作品の手法を意識したのかどうかは知らないが、とりあえず手法として共通項がある可能性だけ指摘しておく。

昨年、Avid社が自社の映像編集ソフトのパブリシティとして「ROOM TO DREAM」というDVDを無償配布したことがあった。そこに収められたリンチ製作の短編でも、この「成立しない会話」という手法は使われている。また、さかのぼれば、初期の短編である「切断手術を受けた人」(1974)や「カウボーイとフランス男」(1989)も、この系統に属するといえるのかもしれない。

はたしてこうした手法は、「アルファベット」(1968)にみられるような「言語」に対するリンチのコンプレックスの表れなのか。はたまた「言語による意味の限定」を嫌うリンチの「言語」に対する復讐なのか。まだまだ興味は尽きないが、残念、時間切れである(笑)。

2007年6月28日 (木)

その名は「フィルム・ノワール財団」

「フィルム・ノワールのことなど (2)」で触れたフィルム・ノワール財団(Film Noir Foundation)だが、そこの公式ページで登録しておくとイベントの案内とかのお知らせメールを送ってくれたりする。まあ、たいがいそうしたイベントは北米での開催なのでホイホイと参加するわけにもいかないんだけど、上映予定の作品の紹介記事なんかは面白く読ませていただいている。まことに有り難いかぎりで、サン・フランシスコ方面には足を向けて……なんか、こればっかだな(笑)。

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FNFに会員登録して会費を払うと、「Noir City Centinel」というMailベースの機関紙が読めるようになるのだが、フィルム・ノワール好きには興味深い記事がいろいろ掲載されていて、これがまた非常に面白い。会費の額には何ランクかあって選べるようになっており、高額になればなるほどいろんな特典(FNF主催で毎年開催されている「Noir City」という映画祭の無料パス等)が貰えるようになっている。

そして、そうして集められた会費は、フィルム・ノワール関連作品のフィルムの発掘や復元作業にかかる費用として使われるという仕組みだ。復元されたフィルムは、協力体制にある何箇所かのアーカイヴに引き渡されて保管され、協会主催のイベントをはじめとする各種上映会で上映される。そうして復元された素材を使って、ソフト会社でDVD化された作品もある。

昔の映画フィルムの発掘・復元を目的として活動している非営利団体は、国内外、民間・公立を問わずいくつもあるのだが、対象をフィルム・ノワール関連作品に限っているところがユニークといえばユニークだ。他の映画ジャンルにおいても活発に活動をしている団体はあるようだけど、フィルムの復元・保管まで視野に入れて活動しているところがあるかどうかは、不勉強にして知らない。

いずれにせよ、自分たちが観たい作品のフィルムは、企業や公的機関に頼るだけでなく、自分たちでなんとかしてしまおうという姿勢が思いっきりポジティヴだ。手をつかねているうちに永遠に失われてしまうフィルムが出ることは確実なわけで、後世にその作品を残すためにも貴重な活動をしているのは間違いない。

思いっきりFNFの宣伝めいたことを書いてしまったけど、ワタシは関係者ではありません(笑)。というのはともかく、関心のある向きは、ぜひ一度公式ページを覗いてみてくださいませ。

2007年6月27日 (水)

カール・フロイントのこととか

では、ウェルズを追い返しつつ、続くぞ!

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そうした「ハリウッドが手に入れた才能」の一人が、カール・フロイントという撮影監督だ。ドイツ時代にはF・W・ムルナウの「最後の人」(1924)やE・A・デュポンの「ヴァリエテ」(1925)、フリッツ・ラングの「メトロポリス」 (1926)などの撮影を担当した人で、特に「最後の人」ではカメラをお腹にくっつけたり荷車に乗っけたりして、酔っ払いの主観視点を表現したり意図をもった自在なフレーム移動を実現したりした。

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後にアメリカに渡ってトッド・ブラウニングの「魔人ドラキュラ」(1931)の撮影を担当(ベラ・ルゴシ演じるドラキュラ伯爵の登場シーンは、実はブラウニングにかわってフロイントが監督したという説もある)、「ミイラ再生」 (1932)では監督も引き受け、ユニバーサル・ホラーのカラー確立にあたって多大な影響を与えた。ホラー映画だけでなく、ジョン・ヒューストンの「キー・ラーゴ」 (1948)における夜の嵐の海の撮影などでも、高い評価を受けている。

その後、新しいTV番組企画を立ち上げようとしていたコメディ女優ルシル・ボールとその夫だったデジ・アーネイズから声がかかり、大ヒット番組になった「アイ・ラブ・ルーシー」の撮影責任者になる。TVドラマ史上、初めてのフィルム収録になったこの番組のために、フロイントは3台のカメラを使った撮影システムを考案した。これを基礎とした撮影システムは現在のTV局でも使われており、我々は今も彼が開発したテクニックの恩恵を受けていることになる。

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補足しておくと、1950年当時のTVドラマは生放送が主だった。ネットワーク網が出来あがり、西海岸と東海岸の時差が問題になると(全米放送をすると、どこかの地区がゴールデン・タイムから外れる)、キネコ(TVカメラで撮影した映像をモニター画面に流し、それをフィルム撮影する)というテクニックを使って時間をずらして放送されることもあったが、当然ながらそのころの技術では画質が悪い。

それに加え、当時のTV番組は親局がある東海岸で収録されていた。だが、ルシル・ボールはハリウッドに住んでおり、西海岸での収録を望んでいた。彼女にとってフィルムによる撮影はそういう意味で必須で、前例のない収録方式をしぶるテレビ局を説得するのに苦労したらしい。結果として番組は大成功。なおかつ、映像がフィルムで残っているために再放送が可能になるとともに、ネットワークに参加していない地方局での放映もできるという副次メリットも生まれた。そういうアドバンテージもあって「アイ・ラブ・ルーシー」(1951~1957)はとんでもない長寿番組になり、続編を含め全米で人気を博することになる。

んなわけで、カール・フロイントが大西洋を挟んで、あるいは映画業界からTV業界をまたいで、大きな業績を残してきたことがわかっていただけたと思う。個々の技術を知っているだけでなく、そうした技術を開発し実用化する「能力」を備えた人だったわけだ。

ところで、ドイツのサイレント映画撮影において、海外版用のフィルムを作るために、ひとつのシーンを複数台のカメラで同時撮影したという話を聞いたことがある。フロイントの3台のカメラによるTV番組撮影システムは、こうした映画撮影方法をもとに考案されたのかもしれんと疑ってたりするのだが、さて、真相やイカにタコに。

2007年6月26日 (火)

とってもノワールな「ジェニーの肖像」

「ジェニーの肖像」をば久しぶりに観た。

ロバート・ネイサン原作のこの作品は、石ノ森章太郎や萩尾望都をはじめとする多くのマンガ家によってオマージュされ云々……というのは、もー、どーでもいいですね(笑)。

この作品の製作年度は1948年で……ということは、実は、いわゆるクラッシック・フィルム・ノワールと呼ばれる作品群がハリウッドで作られていた時期の真っ只中に作られているわけだったりする。

フィルム・ノワール作品の画面的特徴として、たとえば「照明がロー・キー&ハイ・コントラスト」 であるとか、「光と影を使った演出」だとかが挙げられることが多い。だが、こうした特徴はこの時期のハリウッドのモノクロ映画に共通してみられるものであり、特にフィルム・ノワール系の作品に限った話ではないという指摘もある。

で、「ジェニーの肖像」にも、そうした指摘を見事に裏付けるシーンが点在するのだな。暗い部屋のシーンで登場人物の顔にだけ照明が当たったりとか、逆光気味に撮られた主人公が霧の波止場でボートを借りるシーンとか、だいたいが主人公がジェニーの絵を描いているシーンまで「逆光に霧」で、思いっきりノワールっぽい(笑)。こうした撮り方がこの時期のハリウッドで一般化していたことがうかがえるシーンである。

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おまけに主演がジョセフ・コットンときたひにゃ、どこからオーソン・ウェルズが出てきても驚かんぞ(笑)。

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なおかつ、こうした撮り方は一般的にフィルム・ノワールが終焉をむかえたとされる1958年以降のモノクロ作品にも引き継がれている。たとえば1964年のロバート・アルドリッチ作品「ふるえて眠れ」においても、「光と影」を使った象徴的なシーンが存在したりする。というわけで、こうした「ルック」の点からフィルム・ノワールを定義することは、やっぱ無理があるように思う。

そもそも、こういう照明を駆使した映像表現は「ドイツ表現主義映画」から発生した流れで、ナチス・ドイツを逃れて海を渡ったドイツ人スタッフによってハリウッドに持ち込まれた……というのが定説である。そうした個々のテクニックが流入して表現の幅を広げられたことも、確かにハリウッドにとって直接的な意味でプラスだっただろう。しかし、思うに、ハリウッドが受けた最大の恩恵は、むしろ、そうしたテクニックを考え出せる能力を手に入れられたことにある。

ウェルズの乱入とかで長くなったんで、別項に続くぞ!

2007年6月25日 (月)

「Catching The Big Fish」をば読む (6)

某氏の「インランド・エンパイア」鑑賞は、どうやら試写最終日になりそうな気配である。健闘を祈る(ナニのだ)。

それはそうと、いよいよネタが尽きてきたディヴィッド・リンチ著「Catching The Big Fish」紹介である。最後は新作である「インランド・エンパイア」関連の文章をば。

近所に引っ越してきたローラ・ダーンとバッタリ出合ったのが製作開始のきっかけだったという話や、「インランド・エンパイア」というタイトルが決まった経緯とかは、すでにいろんなところで紹介されまくっているから割愛する(笑)。

個人的にいちばん興味深かったのは、「Future of Cinema」と題された一文だ。

----「我々の映画の観方は変化している。ヴィデオiPodやヴィデオ配信が、すべてを変えつつある。大きな画面ではなく、小さな画面で観るというのが、昨今の映画鑑賞のやり方だ」

----「小さな観づらい画面で、どうやったら我々は(映画が描く世界を)体験をできるというのだ?」

----「しかし、デジタルはすでにそこにある。ヴィデオiPodも存在する。我々は現実に則し、その流れに身を任せるしかない」

「インランド・エンパイアを観てきた (1)」で述べた「映画受容の変容」と似たようなことをリンチ自身が言っておるわけで、あー、マジで観る前に読んどきゃよかった。

にしても、まさかiPodまで話がいくとは予想してなかったけど、確かに「映像のデジタル化」は、製作からはじまって劇場での上映へ、そして家庭内のモニターでの鑑賞までという従来の枠におさまらず、マルチ・メディア・プレイヤー等の小型端末による時と場所を選ばない受容までを一直線につないでしまう。それはハード・メーカーやソフト・メーカーそしてコンテンツ・メーカーにとどまらず、配信・通信・放送業界や行政までが一丸となった結果、現在確立されようとしているビジネス・モデルだ。

そうした動向に対し、リンチはこう予測する。

----「いい面もある。少なくとも、(iPodとともに)人々がヘッドフォンを所持するようになったことだ。これからは『音』が、もっと重要になっていくと思う」

いかにも当初から「音響」にこだわり続けてきたリンチらしいコメントだが、そうした「こだわり」を含めたいろいろな「思い」が形となって「インランド・エンパイア」に盛り込まれているといえるだろう。そういう意味では、「イレイザーヘッド」と並んで、リンチ作品のなかでも特に「私的な映画」の色が濃い作品であるのは間違いない。そして、「イレイザーヘッド」がもっている普遍性とはまた別な意味の普遍性、つまり「映画がおかれている現状」というアップデイトな普遍性を「インランド・エンパイア」は備えているともいえる。

先に述べた「ビジネス・モデル」のなかで、もっとも立ち遅れ取り残されそうになっているのは、実は映画館等の興行業界であるような気がする。リンチがAbsurdaという会社を立ち上げ、自前で「インランド・エンパイア」の配給に乗りだしたとき、劇場関係者たちと直接会っていろいろ話をしたということを聞いた。その当時のコメントがこれ。

「劇場主の人たちと直接話をする機会がもてたのは、『イレイザーヘッド』以来だ。私の作品を何年にもわたり上映し助けてくれた、鎖の端にいる人たちだ」

ひょっとしたらリップ・サービスの部分もあるのかもしれないが、リンチにとって、やはり「映画は映画館で完結するもの」であるようだ。

2007年6月24日 (日)

「Catching The Big Fish」をば読む (5)

あいもかわらず「Catching The Big Fish」ネタである。今回のお題は「Fellini」。そう、あのフェデリコ・フェリーニである。

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リンチがCM撮影のためにローマを訪れていたときのこと。撮影スタッフのなかに、以前フェリーニと仕事をしたことがある人物が二人いた。当時、フェリーニは北イタリアにある病院で静養中だったが、ローマに転院してくることになったらしい。なんとか会って挨拶できないかとそのスタッフに頼み込むリンチ。んじゃ、なんとかセッティングしてみようということになる。

まず木曜の夜にトライしてみたがアウト。明けて金曜日、念願のフェリーニとの邂逅が叶う。時刻は夕方6時、美しく暖かいイタリアの夏の夕べのことだった。

車椅子に乗ったフェリーニは、リンチに椅子を勧めた。そしてリンチの手をとり、話し始める。昔はこんなだった。フェリーニに寄り添うように座り、耳を傾けるリンチ。半時間ほど話を聞いたあと、リンチは辞する。

それが金曜日のこと、日曜にフェリーニは昏睡状態に陥り、そのまま意識を取り戻すことはなかった……。フェデリコ・フェリーニ、1993年10月31日、歿。

さて、リンチが1993年に撮ったとされるCMは都合7本。そのうち、マイケル・ジャクソンの「Dangerous short films collection」用に撮った作品、アディダスのCM、American Cancer Societyのために作った乳癌検診促進のためのCM、Alka-Seltzer PlusのCM、そしてJill SanderのCMでは、ローマで撮影なんてことはしていないハズ。となると、残るLancome ParisのためのCMとBarilla PastaのCMの2本のどっちかじゃないかと思う。両方を観比べてみた限りではどうやら後者っぽいんだが、誰か確定情報があれば教えてくださいませ。

2007年6月23日 (土)

「Catching The Big Fish」をば読む (4)

またもや「Catching The Big Fish」ネタである。今回のお題は「Mulholland Drive」。

「マルホランド・ドライブ」が当初、米ABCのためのTV連続ドラマとして企画が立てられたが不採用になり、そのパイロット・フィルムを流用し追加撮影して劇場用映画が作られた……というのは有名な話。

で、どうやらリンチのこの文章を読むと、ABCの企画検討責任者は、「マルホランド・ドライブ」のパイロット・フィルムを朝の6時に、コーヒーを飲みつつ電話をしながら観たらしい。でもって、面白くないという判断が下され、不採用になった……という話をリンチは耳にしたのだそうだ。

リンチとしては「もっとマジメに観てくれ」と言いたいのだろう。そりゃそうだ、製作者の立場としては当然の感情だと思う。

だが、向こうのTV局にはパイロット・フィルムが大量に持ち込まれるという話を聞いたことがある。なおかつ、パイロット・フィルム作製に至らずシナリオ段階でボツになる企画になると、その何倍もの数になるらしい。

となると、朝の6時から、他の仕事をやっつけつつ観ないことには消化しきれないのかもね……と、いささか同情気味に想像したりもするのだが、さて、真相やいかに(笑)。そうやって検討に検討を重ね鳴り物入りで放映を開始したTV番組が、視聴率不振のためにシーズン途中であっさり打ち切りになるのもザラだったりするので、向こうのTV業界もそれなりにキビシイんである。

しかし、個人的な最大の関心事は、この担当者が「マルホランド・ドライブ」のパイロット・フィルムを観たのが「徹夜明け」だったのか、それとも「起床直後」であったのか、という点だ(笑)。いやまあ、寝不足でヘロヘロになった状態でアレ観るのもつらかろうし、かといって爽やかな目覚めの後に観るのもなんだか違うような気がして、いずれにせよ「不幸な出会い」だったのは間違いないんだけどね。もし「体調充分かつあんまり充分過ぎない」担当者が夜に観ていたなら、ひょっとしてひょっとしてたのかもしれん。まったく根拠はないけど。

「マルホランド・ドライブ」がABCで不採用になった理由として、ちょうどコロンバイン高校の事件が起こった直後だったため、暴力的なシーンがあるのが敬遠されて……というような話も聞いたことがあるのだが、今回のリンチの文章では残念ながらそこらへんには触れられていない。

2007年6月13日 (水)

フィルム・ノワールのことなど (2)

やっと出るといえば、ニコラス・レイの「夜の人々」も北米版DVDが出る。

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ワーナーから7月に出る「Film Noir Classic Collection」というボックス・セットのVol.4に収録される予定なのだが、どうやらバラ売りも出る様子……って、「Side Street」とカップリングということは、えーと、ひょっとして両面DVDなのかいね? ま、観れれば、いいや。

このボックス・シリーズ、Vol.1は「アスファルト・ジャングル」や「過去を逃れて」といった廉価で国内版DVDが出ているのが混じってたりで、そういう意味ではあんまりオイシクなかった(いや、買ったけど)。Vol.2、 Vol.3あたりから「生まれながらの殺し屋」とか「十字砲火」とかをまじえて5作品収録、それでジュネス企画のDVD1本分ぐらいのお値段になって、お買い得感が出てきた。んでもって、Vol.4ではかなりマイナーな作品も(「夜の人々」は別にして)入っている感じで、それはそれで楽しみだったりする。

今回の収録作品のレストアにも、また「Film Noir Foundation」が絡んでるのかな。

こーゆー酔狂な……いや、志の篤い方々のおかげで昔のフィルムが救い出され、DVDになって極東の酔狂なヤツ(これはそのまんまね(笑))まで観る機会が出来るというのはヒジョーにありがたいことで、足を向けて眠れなかったりするのだな。

2007年6月12日 (火)

フィルム・ノワールのことなど (1)

「飾窓の女」の北米版DVDが、7月に出るらしい。

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「スカーレット・ストリート」はKINO社の修復版を含め、パブリック・ドメインのDVDが数社から出ていたのだけど、「飾窓の女」 のDVDはなかなか発売されず、我慢できずに中古のVHS版を買ってしまった……のだが、やっぱりDVDも買ってしまうのだな、これが(笑) 。いずれにしても、こういうフィルム・ノワールをおさえるうえで必須となるタイトルが入手しやすい形でリリースされるのは、 ヒジョーにおヨロシイことなんではないでしょーか。

----「この映画が言わんとしているのは、観客を慰めるような、『あれはただの夢だったのだ。私はみんなと同じように正常人であり、 人殺しではない』といったことではなく、むしろ、無意識においては、つまり欲望の<現実界>においては、 われわれはみんな人殺しなのだ、ということである」

これはスラヴォイ・ジジェクによる「飾窓の女」評なのだが、まんまリンチ作品にも当てはまるところがオシャレだ。

前から思ってたんだが、「スカーレット・ストリート」の結末に「飾窓の女」の途中からをくっつけると、リンチの「ロストハイウェイ」 に……ならんか、やっぱり(笑)。

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