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2010年3月 2日 (火)

「David Lynch: Interviews」を読む (2)

つなわけで、Richard A. Barney編の「David Lynch: Interviews」を読んでのアレコレの第二回目。

まずは、「イレイザーヘッド」が公開されてミッドナイト・シネマとして話題になった頃のインタビューが2本。

1本目は「Soho Weekly News」の1977年10月10日付に掲載されたものですが、主体となっているのは記者が書いた「イレイザーヘッド」評およびリンチの略歴紹介であり、リンチの発言はその大部分が記者の書いた文章のなかで引用されるという形式になっています。いわゆる一問一答形式になっているのは全体の6分の1くらいで、あろうことかその部分で論じられているのが例の「赤ん坊」の話題だもんで、ぶっちゃけリンチは言葉を濁しているだけという始末です(笑)。ダメじゃん、インタビューになってないじゃん(笑)。

まあ、基本的にこれは純粋な意味でのインタビューというよりは、記者がインタビュー取材をしたうえでまとめた記事である……と理解したほうがよいと思います。取材で得たインタビュー対象者の発言を記事内に引用するというのは、もちろん特別な手法ではありません……オレが言いたかったことと違う! ってな騒ぎが起きる可能性のあるパターンでもありますけど(笑)。むしろ気になるのは、わざわざ一問一答形式の部分を残した意図であります。非常に穿った見方をするなら、「コイツったら、ずっとこんな感じで困っちゃいましたよー」ということを言いたいがために、特に困っちゃった箇所をば一問一答形式のままにしたのかもしれません(笑)。

とはいえ、その抜粋され引用されたリンチ発言のなかにも、なかなかに興味深いものもありました。記者は「イレイザーヘッド」のモノクロ画面について「初期のポーランド映画や、日本映画あるいはロシア映画のいくつかを連想させる」と述べます。しかし、リンチは「『イレイザーヘッド』はドイツ映画の匂いがするという人がいる」ことは認めつつも、海外映画からの影響を完全に否定しています。記者が挙げたような海外映画作品は観たことがないし、「本当に『イレイザーヘッド』に影響を与えたのはフィラデルフィアなんだ」、と。

個人的には、記者のいっている「海外映画作品」が、いったいどのあたりを指しているのかが気になります。具体的な作品名を挙げていてくれれば、ああ、その頃はそーゆーふーにみられてたのねというのがわかって参考になったんですが。さて、通常、「初期ポーランド映画」というとどこらへんを指すんでしょーか。初期というからには、いわゆる「ポーランド派」……イェジー・カワレロウィッチとかアンジェ・ワイダとかの作品を言ってるわけではなさそうに思うんですが、すんません、それ以前のポーランド映画って観てないんでよくわかりません。日本映画はモノクロ映像の美しさという点で、小津とか溝口とかあたりかながありそうな線。ただし、衣笠貞之助の「狂った一頁」が1975年1月に米国で上映されていたりするので、もしかしたらもしかしたりなんかして(笑)。同様に、ロシア映画はどのあたりを言ってるのかも不明瞭なんですが、ぱっと思いつくのはジガ・ヴェルトフとか……いや、有名どころ過ぎるかなあ? あわせて、当然ながら「イレイザーヘッド」に「カリガリ博士」などのドイツ表現主義映画の影響を認める向きが当時からいたらしきことも、リンチの発言からはうかがえます。

2本目は、「East Village Eye」の1980年2月号に掲載されたもの。こちらは、オーソドックスな一問一答形式のインタビューになっており、ここでは創作作業における「アイデア」に関して発言しています。

「アイデアは断片(fragments)の形でやってくる。次にするのは、それらの断片をつなぐ織り糸(thread)を手に入れることだ。そこまで来ればもう少しだ。一度この織り糸を手に入れれば、他の断片も収まるべきところに収まり、頭の中で何かが出来上がる」

とまあ、このリンチ発言だけピックアップしてしまうと、通常の映画製作の方法論とどこがどう違うのか、あまり明確でないように感じます……程度の差こそあれ、プロットやシナリオを作製する段階で同じようなことを誰でもやってるわけで。しかし、後にのインタビューで出てくる「アイデアとテーマの関係性」に関するリンチの発言をあわせて読むと、両者の「差異」というか「温度差」というかが明確になってきます。

「通常の方法論」による作品であれば、大部分において、その「織り糸」となるのは「テーマ」です。そのような作品において、リンチが述べているような作業はプロット作成やシナリオ製作の際に行われるのが普通です。その過程においてさまざまな修正が加えられるわけですが、その修正基準は「テーマの明確化」です。「テーマの明確化」に寄与しないアイデアやプロットは修正あるいは削除され、より寄与するアイデアやプロットへと置き換えられると同時に、可能な限り「単純化」されます。それがハリウッドの手法であり、いまやグローバル・スタンダードとなっている手法です。極論すると、そこでは「織り糸=テーマ」のために「アイデア=断片」の修正や取捨選択が行われるわけです。

しかし、後に「マルホランド・ドライブ」に関するインタビューで、リンチは……

「一連のアイデアのなかからテーマが見つかるなら、それは素晴らしいことだ。しかし、何かテーマを手に入れたから『このテーマで映画を作ろう』と考えるのは、自分にとっては本末転倒だ」

……と述べています。これらの発言をみるかぎり、リンチはあくまで「アイデア=断片」のほうを優先的に考えており、「織り糸」はよくてそれと同等あるいは従に過ぎません。かつ、リンチ作品における「織り糸」は、いわゆる(「ナラティヴな作品」における)「テーマ」と呼ばれるものだとは限らないし、その明確化はリンチの意図するところではないといえます。リンチのいうアイデアとは、有機的に結合し、その総体として緩やかに作品を形成するものといえるでしょう。

これらのリンチの発言を了解するうえで、結果として「イレイザーヘッド」は完成までに5年の年月を費やしており、その撮影作業と平行して”「アイデア=断片」をつかまえ「織り糸」でつなぐ作業”が同時進行的に行われていたことは念頭においておくべきだと思います。そして、ほぼ同じことを直近の「インランド・エンパイア」でもやっちゃってるわけで、リンチの創作技法そのものは最初期から現在に至るまで、まったく変わってないことがわかります。

(続く)

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