フォト
2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 「ロスト・ハイウェイ」を観た (64) | トップページ | 「ロスト・ハイウェイ」を観た (66) »

2009年11月18日 (水)

「ロスト・ハイウェイ」を観た (65)

もそもそと継続中の「ロスト・ハイウェイ」における「イメージの連鎖」についてである。引き続き”「アンディの屋敷」の内部”のシークエンスについて。今回はその第七回目として、(1:46:37)から(1:47:23)までをば採り上げてみる。

んでわ、まずは具体的映像から。

アンディの屋敷 内部 夜 (1:46:37)
(52)ピートのアップ。二階に続く階段の上から彼を見下ろすショット。左手で手摺りにつかまりつつ、右側の階段を上るピート。彼が上るに連れて後退する視点。彼の背後には一階の様子とそこに立つアリスの姿がアウト・フォーカスで見えている。彼が上るにつれて、画面右から左側の階段が視界に入ってくる。金色の手摺りと、蔦の意匠の黒い金属の支柱。白い階段の基礎部分と、青い絨毯が敷かれた階段。なおも階段を上るピート。画面右から、階段の分岐するあたりの壁際に置かれた女性の大理石像が見えてくる。なおも階段を上るピート。
(53)階段のアップ。ピートの主観ショット。揺れながら、階段を上りきったところにある二階の壁と、左に折れてまた奥へと続く通路が見えてくる。通路の左側の壁には、上下に仕切られた窓がある。上りきったあたりのところは暗く、通路には照明があるようだ。ピートが進むに連れて、左右に揺れながら通路に向かう視点。なおも揺れながら、窓のあたりを過ぎて、なおも通路の奥へと侵入していく。向かい側の白い壁。そこに瞬くフラッシュ光。
(ホワイト・アウト)
(54)ミドル・ショット。ピートの主観ショット。青白いフラッシュ・ライトが瞬くロスト・ハイウェイ・ホテルの廊下。プリズム・フィルターで歪む画面。狭い廊下の両側には白い壁があり、そこに並んでいる客室の白い扉。天井からは白い光を放っている照明器具が等間隔で下げられている。廊下の突き当たりから青白いフラッシュ・ライトが強烈にまたたき、そこにある赤い扉を照らしている。クロース・アップになりつつ、傾きながら天井に向かって見上げる視点。
(55)ピートのアップ。両側の鼻から鼻血を流し、口元から顎のあたりまで血で染めつつ、廊下を奥のほう、画面手前に向かってふらふらと歩くピート。またたくフラッシュ・ライト。
(56)ミドル・ショット。ピートの主観ショット。廊下の左側に「25」の表示がついた白い扉が見えてくる。「2」がやや上方につけられその横棒と「5」の縦棒の下あたりがくっついている。それに向かって少し左へパン。またフラッシュ・ライトが瞬き、あたりは一瞬ホワイト・アウトするが、「25」の文字だけは見えている。画面左に「25」をアップでとらえて、パンは終了する。
(57)ピートのアップ。画面右、自分の左手にある「25」の扉あたりを向きつつ、なおも前進する。またたくフラッシュ・ライト。それと同時に、正面、画面手前のほうを見るピート。彼の右には「25」の表示がついた扉が見える。それを過ぎて、なおも奥へと向かうピート。それにあわせて後退する視点。彼の顔が影になる。彼の背後には、廊下の先がアウト・フォーカスで見える。またたくフラッシュ・ライト。血だらけのピートの顔。
(58)ミドル・ショット。ピートの背後からのショット。廊下を奥へと進むピートの後ろ姿。今度は自分の右手にある扉のほうを見る。なおも廊下の奥で激しく点滅する青白いフラッシュ・ライト。右手の扉には、「26」の表示が見える。画面の手前、自分が来た方向を振り返るピート。通路の行き当たりにある赤い扉。床に敷かれた赤い絨毯。またもやまたたくフラッシュ・ライト。
[音楽スタート Ramstein]
「26」の表示がついた扉を見るピート。左手を画面外のドア・ノブに伸ばす。通路の奥で輝くフラッシュ・ライト。扉を開けようとするピート。

みてのとおり「具体的映像」として描かれているのは、「アンディの屋敷」の一階から二階へと上ったはずのピートが、いつの間にか「ロスト・ハイウェイ・ホテル」の廊下を歩いているという状況である。このシークエンスの映像のみでは定かではないが、(1:00:00)で提示される映像と比較すれば、カット(54)以降の舞台が「ロスト・ハイウェイ・ホテルの廊下」であることは明らかだ。だが、いったいどのような機序によって「アンディの屋敷」と「ロストハイウェイ・ホテル」は接合され融合するに至るのか? 各ショットで提示される映像を追いかけつつ、確認してみよう。

カット(53)だが、このショットがピートの「主観ショット」として提示されていることを、まずは確認しておきたい。このショットは「ピートが自らの目を通して認識したもの」を提示しており、それは彼の主観による「フィルター」を通しているがゆえに「歪んで」いる可能性があるということだ。それを裏付けるように、ピートの歩調にあわせて左右へと傾く「視界」には、「フラッシュライト」のモチーフが登場する。これがたとえば(0:49:39)や(1:21:13)などのシークエンスやショットにみられたのと同一であるのは明白である。当然ながら「それによって表されるもの」もそれらの諸例と同一であり、それに従えば、このシークエンスの「フラッシュライト」も”フレッドの内面で発生している激しい「心理的な動き」”と連動したものとして了解されることになる。要するに、現在、フレッドの内面では強烈な感情や葛藤が発生しており、「フラッシュライト」はそれを表象するものとして現れているのだ。

上記のような点をおさえたうえで注目したいのが、カット(53)カット(54)をつなぐカッティングとして挿入される「ホワイト・アウト」である。この「ホワイト・アウト」は明らかに前述の「フラッシュライト」との連続性をもって現れており、「よりエスカレーションしたもの」として了解可能である。端的にいえば、この「ホワイト・アウト」はフレッドの「内的動揺」が一段と激しくなり、ある頂点を迎えたことを指し示しているのだ。そして、その結果として喚起されるのがカット(54)以降のイメージであることを考えるなら、先に述べた”「アンディの屋敷」と「ロストハイウェイ・ホテル」の接合/融合”という事象は、「フレッドの心理的エスカレーション」と連動し、彼の「感情/意識が反映したもの」として発生していることが裏付けられる。概論でも触れた「ロスト・ハイウェイ」という作品全体を貫く基本構造……すなわち、この作品が提示する映像はすべて「フレッドの意識/感情」を反映したものであるという構造は、このようにこのシークエンスにおいて顕著である。逆にいえば、作品構造に対するアプローチのとっかかりを掴むうえで、「アンディの屋敷」内部のシークエンスを追い掛ける作業は非常に有効なものとなるはずだ。

問題はどのような「フレッドの意識/感情」を反映して、この二つの場所は「接合/融合」されているかだ。結論からいうと、ここでもやはりキーになるのは「アリスとレネエの同一化」の問題である……というより、カット(1)から始まりカット(54)に至る一連の「イメージの連鎖」のなかで、最大の転回点となるのがカット(32)から明らかになり始める「アリスとレネエの同一化」であり、それ以降の連鎖はすべてそれを起点にして発生しているといったほうが適切かもしれない。

まず、もっとも重要な手掛かりとなるのは、「二階から降りてくるアンディ」(カット(13))と「同じく二階から降りてくるアリス」(カット(19))の二つのショットである。第一義的に考えるならば、この二つのショットが示唆しているのは、「アンディの屋敷」の「二階」が「アリスが他の男と寝ていた場所」だということだ。だが、これまで述べてきたように、アリスは単なる「レネエの代替イメージ」であることを越えて、急速にレネエそのものとの同一化を深めている。この二人が限りなくニア・イコールとなったとき、結果として「アンディの屋敷の二階」は「レネエが不倫を働いた(とフレッドが思っている)場所」と同義となるのだ。その一方で、後に(1:59:25)からのシークエンスによって明示されるように(あるいはリフレインされるように)、「ロストハイウェイ・ホテル」は「レネエがミスター・エディと不倫を働く場所」としてフレッドに喚起される「イメージ」である。こうした関係性から浮かび上がってくるのは、ともに「希求の対象である女性が他の男と寝た場所」であるという意味で、フレッドにとって「アンディの屋敷の二階」と「ロストハイウェイ・ホテル」が同義であり、等価であることだ。この二つの場所は、まさにこうした「同義性/等価性」のゆえに「接合」され「融合」するのである。

こうした映像表現こそリンチ特有の「表現主義的手法」の典型例であり、その本質を伝えるものであるといえる。基本的にそこで問題とされるのは、「アンディの屋敷」と「ロストハイウェイ・ホテル」の間に横たわる「時間的/空間的隔絶」などといった「具象的かつ外的なリアリティ」ではない。もっとも優先され重要視されるのは、「フレッドの意識/感情」にとってこの二つの場所が「同義/等価」であるという「抽象的な内的リアリティ」なのだ。そして、「同義/等価のものが接合される」といった非常に単純な方法論によってそれが実現されている点も注目に値する。リンチは自作の製作過程に関して「本能(instinct)」というキー・ワードを繰り返し使用し、受容者に対してもそれに基づく「理解」を求めるが、ある意味、それはこうした「シンプルな方法論」に裏付けられているといってよい。

カット(54)からカット(58)にかけては、「フラッシュライト」のモチーフに加えて「歪む視点」のモチーフも現れる。「歪む視界」のモチーフはカット(43)に現れたのとまったく同一のものであり、当然ながらその意味するところも同一である。すなわち、これもまた「フレッドの心理的動揺の反映」を指し示しているのだ。この二つのモチーフは繰り返し登場し、フレッドの内面における「心理的エスカレーション」がより進んでいることをうかがえる。ピートの「鼻血」も依然として続いており(カット(55))、押さえきれない「感情の表出」がいまだ継続していることを物語っている。同時に、カット(58)からはラムシュタインの「Ramstein」が流れる。たとえば(1:13:39)の「自動車工場でピートとアリスが出会うシークエンス」など、これまで何度もフレッドの「内的な動き」にあわせて音響/音楽が使われてきたが、これもその表れのひとつとして理解できるものべきものだ。いわば視覚的要素だけでなく聴覚的要素をも駆使し、このシークエンスにおけるフレッドの「心理的エスカレーションの強度」が記述されているわけである。

そして、この「心理的エスカレーション」の果てに、最終的に現れるのは「26号室」の扉だ(カット(58))。そもそも「アンディの屋敷」は、「フレッドが隠匿しておきたいもの」を内包している「家の内部にある家」とでもいうべき場所/存在である。その「場所」を訪れるに際し、ピート=フレッドが複雑な「手続き」を必要としたこと……「バス」によって人知れず移動しなくてはならなかっただけでなく(1:40:36)、それを外界から隔絶する「フェンス」を乗り越えることが要求され(1:40:57)、最終的には「アリスの補助」によって「開放された裏口の扉」を必要とした(1:41:39)ことによっても、その「隠匿性」の高さは裏書きされている。もちろん、それが「アンディの屋敷」が内包するものの「隠匿性の高さ」に起因していることはいうまでもなく、実際、内部に足を踏み入れたピート=フレッドが遭遇するのは「レネエに対する自らの不安/疑惑=ポルノ映画の映像」であったり、「代替イメージであることを越えて、レネエと同一化するアリス」といった「ありのままの現実に関連するもの」であったわけだ。

その「アンディの屋敷」のなかでも、現在ピート=フレッドが足を踏み入れている「二階」は、もっとも「奥まった場所」であり「隠匿された場所」であるといえるだろう。前述のように”屋敷自体の「隠匿性」”そのものがそれが内包するものの「隠匿性」に裏付けられていることを考えるなら、この「二階」には「もっともフレッドが隠匿しておきたいもの」が存在しているはずだ。それを裏付けるように、加速するフレッドの「内的エスカレーション」を描いてきたこのシークエンスの映像も、カット(58)で一気に「26号室」へと収斂していく。はたしてピート=フレッドは「26号室」の内部で何を目撃するのか?

(この項、続く)

« 「ロスト・ハイウェイ」を観た (64) | トップページ | 「ロスト・ハイウェイ」を観た (66) »

ロスト・ハイウェイ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/215302/46799347

この記事へのトラックバック一覧です: 「ロスト・ハイウェイ」を観た (65):

« 「ロスト・ハイウェイ」を観た (64) | トップページ | 「ロスト・ハイウェイ」を観た (66) »

最近のトラックバック