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2009年9月24日 (木)

「ロスト・ハイウェイ」を観た (58)

海の向こうではNFLのレギュラー・シーズンが始まっておりまして、それはつまり、月曜の朝に脱力したり雀躍したりしている大山崎が拝める季節が始まっておるとゆーことであるわけです(笑)。ただし贔屓チームは戦前からすでにダメっぽい気配が漂っていて、プレシーズン最終戦では解説のジョー・サイズマンのおっちゃんから「ugly」と言われてしまう始末。ご期待どおり先週今週と「みっともない泥仕合」を繰りひろげておるわけですが、しかし、ま、それでも勝ったり負けたりするから不思議なもんだ(笑)。なんにせよ、今季初勝利おめでとーございます>わしんとん。

……と贔屓チームの勝利を寿ぎつつ続く、「ロスト・ハイウェイ」における「イメージの連鎖」について。今回は(1:40:57)から(1:41:39)をば。

アンディの屋敷 外部 夜 (1:40:57)
(1)ロング・ショット。アンディの屋敷の前。芝生が生えた斜面。木々が立ち並んでいる。アンディの家の壁が、芝生に黒々とした影を落としている。画面右の木の陰から姿を表わすピート。そのまま画面左手前の方向へと芝生の上を進む。それに連れて左にパン。アンティの屋敷の白い壁と、それにはまった金属製の格子が視界に入ってくる。格子越しに、アンディの屋敷の庭の芝生が生えた斜面と、他と並ぶ椰子の木々が見える。その向こうに、屋敷の建物が見える。青色に揺れる光は、プールの水に反射した照明の光だろうか。鉄の格子の前でピートは立ち止まり、最終的に腰から上のミドル・ショットになってパンは終了する。画面に背中を向けたまま、パンツの左前ポケットに左手を突っ込み、腕時計を取り出すピート。そのまま、腕時計に目を落とす。
(2)腕時計と、それに添えられたピートの指のクロース・アップ。斜めに写されるアナログ式の腕時計の針は、11時5分を指している。少し左にパン。
(3)ミドル・ショット。屋敷の壁の前に、画面に背を向けて立っているピート。再び左手に持った腕時計をパンツの左前ポケットに突っ込み、ちらりと左右を見てから壁の鉄格子に近寄る。鉄格子に両手を伸ばし、壁の上部に左足を掛けて、鉄格子に登るピート。それを追って上方にパン。鉄格子の上部に両手をかけ、左足からそれを乗り越えるピート。そのまま、壁の向こうに飛び降りる。それにあわせて、下方にパン。身を屈め、芝生が生えた斜面を駆け上がるピート。
(4)ミドル・ショット。画面左には椰子の木の幹。幹に沿ってゴム・パイプらしいものがくくりつけられている。画面右には長い葉の生えた枝。幹と枝の間から姿を表わすピート。幹に右手を伸ばし、立ち止まる。揺れる青い照明の光が、幹とピートを照らしている。様子を伺っているピート。彼に向かってズーム。
(5)ロング・ショット。アンディの屋敷の外観。右側は背の高い窓が三つ並んだ、六角形の建物。内部には照明が点いたままで、二階分の吹き抜けになっているのが見える。その左には二階建ての建物があり、六角形の建物とつながっている様子だ。一階の窓からは明るい光が漏れている。二階建ての建物の左半分は、木立で半ば隠されている。建物の正面には、青い光の照明に照らされたプールがあり、プール・サイドに並べられたデッキ・チェアのシルエットが見て取れる。デッキ・チェアと同様、プールの手前に植えられた植物の陰が見える。
(6)ピートのアップ。画面左には椰子の木の幹。上目遣いに屋敷のほうを伺っているピート。木の幹と彼の顔に揺れながら反射する、プールの青い照明の光。やがてピートは右下方を向き、画面右に姿を消す。

観てのとおり、具体的映像として伝えられるのは、「アリスの教唆」に従って「アンディの屋敷」に忍び込むピートの状況である。当然ながらこのシークエンスが提示する事象もまた「フレッドの意識や感情を表象するもの」であるわけだが、その観点から真っ先に指摘できるのは、”「アンディの屋敷」のフェンスを乗り越える”という「ピートの行為」そのものによって表されるものだろう。いうまでもなく、これは直前のシークエンスでの「バスを降りる行為」が一層エスカレートしたものであり、「新たな遁走」に足を踏み入れたフレッドがより深く「引き返せない地点」を越えたことの表象でもある。

だが、このシークエンスにおいてより注目しなくてはならないのは、”「アンディの屋敷」の描かれ方”あるいはそれが伝えるメゾンセンだ。建物の一部はカット(1)からすでに認められ、カット(3)においてピートがフェンスを越える際にはその上部が垣間見えるが、決定的に全貌を現すのはカット(5)においてである。

この三つのショットを通じてまず目をひくのが、その外壁に揺らめく「青い光」である。これが「赤のモチーフ」と並んでリンチ作品に繰り返し登場する「青のモチーフ」の発現であることは、改めて指摘するまでもないだろう。「ブルー・ベルベット」や「マルホランド・ドライブ」あるいは「インランド・エンパイア」などにおいて「青のモチーフ」はさまざまな形で登場し、非常に抽象的なさまざまなものを表象していた。この作品においても、「赤のモチーフ」や「青のモチーフ」は「フレッドの心理状態」と連動して登場し、それを表象するものとして姿を現す。さて、では、このシークエンスに登場する「青のモチーフ」は、フレッドのどのような心理状態を指し示しているのだろうか。

それを推察する手掛かりの一端となるのが、「青い光=青のモチーフ」の発生源である”「プール」の存在”が示唆するものだ(カット(5))。このプールは「前半部=捏造された記憶」における”「アンディの屋敷」のパーティ”のシークエンスで初めて姿を現し(0:27:19)、その後「後半部=捏造された現実」の冒頭での”「ピートの家」の裏庭”のシークエンスにおいて「子供用プール」へと無力化された(0:55:08)。この変化のプロセスが「フレッドが自らの自我を守ろうとする行為」として捉えられることに関しては、当該シークエンスについて触れた項で述べたとおりである。(0:12:25)にみられるように、フレッドの「レネエに対する疑惑/不安」は基本的に「アンディ」と関連づけられており、よって彼に付随するさまざまなイメージ(「屋敷」および「プール」もそれに含まれる)もまたそうした「感情」に紐づけられている。そうした「感情」はフレッドにとって「ありのままの記憶=脅威」であり、その意味で「真の心の声=ミステリー・マン」が姿を現すのが”「アンディの屋敷」のパーティ”であることは決して偶然ではなく、そこに「青い光を放つプール」が登場するのも必然であるといえる。そして、「ピートを核にした幻想/捏造された現実」を構築した当初、フレッドがそこから「ありのままの記憶=脅威」を排除することを目的として、「アンディの屋敷のプール」を「子供用プール」という無害なイメージに矮小化する作業を必要としたことも、また当然であるといえるだろう。

しかし、カット(5)が提示するように、その無害化されたはずの「プール」がこのシークエンスでは復活してしまっている……それも「前半部=捏造された記憶」のときとまったく同じ姿で。この事象が指し示すのは、矮小化のプロセスが逆転し、いったんは無害化された「プール」が再びフレッドに「脅威」を与える存在となったことである。いや、これは話が逆だ。彼の内面で”「ありのままの記憶=現実の脅威」に対する「不安」”が蘇りつつあることを反映して、「プール」は「青い光」を伴った本来の姿を取り戻すのだ。この後、(1:49:45)までの「アンディの屋敷」の内部におけるシークエンス全体を通じて、「青い光」は基調音として繰り返し登場し、フレッドの内面において再び発生している「不安な感情」を表象することになる。

ひるがえって、「アンディの屋敷」の外観のショット(カット(5))が伝えるメゾンセンである。揺れる「青い光」に照らされた屋敷は、それ自体が揺らめく「幻影」であるかのようだ。それが表すものは、(0:33:45)に現れる”「内部」で「白い光」がはためく「フレッドの家」”のショットとの対比において、より明瞭になる。当該シークエンスの項で述べたとおりそのショットが提示していたのは、「家の内部=フレッドの内面」において外部からは伺い知れない「感情」や「意識」がうごめいていることの示唆であった。それに対し、このシークエンスにおける「青い光」は、「アンディの屋敷の外部」において発生している点で鋭い対照をみせる。本来「家の内部=内面」で存在しているはずの「光=感情」が、このシークエンスでは(「庭」という「家の領域内」とはいえ)「家」の「外部」に存在しているのだ。こうした対照から了解されるのは、そもそも「アンディの屋敷」そのものが「フレッドの内面」に内包された「幻想」であり、(それに付随する「プール」同様)彼が抱える”「不安」を指し示す「感情=抽象概念」”であることだ。本来「フレッドの内面」にのみ内在しているはずのものが、このシークエンスにおいては外在化/外界化しているのである。

と同時に、「アンディの屋敷」が、リンチ作品の共通テーマである「家」の延長線上にあることも間違いない。カット(3)では二階の窓は闇に沈んでおり、カット(5)で見てとれるように(「アンディの屋敷」は比較的大きな「窓」をもっていはいるが)その「内部」は薄暗く、その内部で何が発生しているかは明瞭ではない。その点において「アンディの屋敷」は、「フレッドの家」や「ピートの家」とならんで、やはり「人間の内面」を表象する「家」そのものなのである。

これらの諸事項が浮き彫りにするのは、「アンディの屋敷」が備えている「二重構造」である。「内部」で発生している「事象=感情や意識」を隠匿しつつ、それ自体が「感情や意識」を表象する、いわば”「家」の内部に存在する「家」”というべき存在なのだ。

そして、そうした「二重構造」が必要とされる理由は、この後「アンディの屋敷」の内部で発生するさまざまな「事象」によって、逆説的に示唆されることになる。詳細は当該シークエンスについて述べる機会に譲るが、一言でいえば、それらの事象から浮かび上がってくるのは「レネエに対してフレッドが抱いている疑惑/不安」の「本質」であり「真相」だ。たとえば(0:05:12)や(0:12:25)など、これまでも彼の「疑惑/不安」は断片的に提示されてきた。その全貌が明示にされるのが、これから始まる「アンディの屋敷」の内部を舞台にした一連のシークエンスにおいてなのである。そして、その「フレッドのレネエに対する疑惑/不安」こそが彼をして彼女を殺害させた根本要因であることを考えるなら、それを指し示す事象群が「アンディの屋敷」の壁によって隠匿されなければならない理由もまた明らかだろう。それは、遠く離れた「砂漠の小屋」に押し込められた(はずの)「真の心の声=ミステリー・マン」と同様、フレッドにとって「隠しておきたい(忘却したい)事項」なのだから。

上記のような事項を踏まえたとき、現在発生している”ピート=フレッドによる「アンディの屋敷」への侵入”という事象自体もまた、実は彼にとって非常に危険かつ皮肉な事態であることが了解されることになる。それは、あるいは「隠匿しておきたい事項」を……自らの「レネエに対する感情」を暴くことになりかねない行為である。そうした選択をせざるを得ないこと自体、フレッドがどれだけ追い詰められいるかの証左でもあるといえるわけだが、現在の第一目標が”「アリス」を確保しつつ「新たな遁走先」を手に入れることであり、そのためには「アンディから金品を奪うこと」が必須である限り、彼はこの「二律背反」的な状況からは絶対に逃れられない。この「レネエ(あるいはその代替イメージであるアリス)を希求すること」が、そのまま「ありのままの記憶=現実」に近づくことになるという「二律背反」的状況こそが、これ以降の一連のシークエンスをとおして、あるいは「ロスト・ハイウェイ」全体をとおして「フレッドの心理状態」の根底に存在するものだといえるだろう。

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