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« ロンドンでリンチ話 | トップページ | リンチの新インタビュー集のおハナシ »

2009年9月 8日 (火)

「ロスト・ハイウェイ」を観た (56)

わはは。ついに安物リージョンフリーDVDプレイヤーがぶっ壊れました。レイヤーの切り替え位置でバッタリ止まって、そのまま黙りこくりやがるの。うーん、「インランド・エンパイア」のときにゴー&ストップ&リバースで酷使したからなあ。一瞬、修理したもんかどうか悩んだものの、プレイヤーの値段が落ちまくって、新品を買ったほーが完全に安くつく今日この頃。というわけで、代替品としてこれまた中国製の超安物を購入。5000円でお釣りがくるくせに、aviファイルがそのまま再生できたり、SDカード・スロットとUSB端子があったり、5.1chのアナログ出力端子付きだったり、はてはデュエットでカラオケができたりと、便利なんかどうかよくわからん怪しい機能が満載であります(笑)。とりあえず初期不良はないようでありますが、さーて、今度はどのくらいで壊れるかな。

……と「DVDプレイヤー・クラッシャー」の異名をほしいままにしつつ(笑)、あいかわらず続く「ロスト・ハイウェイ」における「イメージの連鎖」について。今回は、(1:37:49)から(1:40:36)をば。

デイトン家 外部 夜 続き (1:37:49)
(24)父親とピートのアップ。ツー・ショット。母親のほうを見ている二人。
母親:(画面外から)He's called a couple of times tonight.
少し視線を落とす父親。
ピート: Who is it?
(25)ミドル・ショット。開かれた玄関のドアの前に立っている母親。
母親: He won't give his name.
(26)父親とピートのアップ。ツー・ショット。首を少し傾げ、横目で見るようにピートを見守る父親。彼のほうをちらりと見るピート。そのまま、家に向かって歩き出すピート。
(27)ミドル・ショット。家に向かって歩くピートを背中から写すショット。彼に続いて、家に引き返し始める父親。彼らを追って前進する手持ちのショット。彼らの向こう、画面奥には、デイトン家の建物と、玄関のドアのところに立っている母親がアウト・フォーカスで見えている。二人が家に近づくに連れて、イン・フォーカスになっていく建物と母親。そのまま玄関のドアから内部に入っていくピート。それを追って家に入るとき、父親は母親に左手でまいったというような仕草をして見せる。ピートと父親の後から家に入る母親。この間、視点はずっと前進しつづけており、最後はスクリーン・ドアを閉めながら家に入る母親のアップになって終わる。彼女はピートと父親の後ろ姿を目で追ったままである。

カット(27)に現れる「侵入する視点」のモチーフには注目したい。このモチーフは、往々にして「外界」から「内面」の移行を示唆するが、このショットはその典型例であるといえる。何より、それが侵入する先は、ピート=フレッドの「内面」を表すものとしての「家」なのだ。

デイトン家 リビング・ルーム 内部 夜 (1:38:17)
(28)ミドル・ショット。リビング・ルーム。身を屈めて、画面外、下方にある電話機に左手を伸ばすピートの腰から上、左側面からのショット。左手で受話器を取りざま、画面正面を向いてソファに座るピート。
ピート: Hello?
少しピートにクロース・アップ。
ミスター・エディ:(電話越しに)Hey, Pete, how're you doing?
ピート:(間)Who is this?
ミスター・エディ:(電話越しに)You know who it is.
少し視線を上げるピート。
(29)ミドル・ショット。ピートの主観ショット。心配そうにピートを見守っている両親のツー・ショット。右に立った父親は、少し首を右に傾げている。
(30)ミドル・ショット。ソファに座って受話器を耳に当てているピート。ピートの左にある低いテーブルの上には、黒い電話機の本体と電気スタンドが置かれているのが見える。
ピート: Mr Eddy...
(31)ミスター・エディのクロース・アップ。左手に持った黒い受話器を耳に当て、笑みを浮かべている。左手の小指にはめられた大きな指輪。
ミスター・エディ: Yeah. How you doing, Pete?
ピート:(電話越しに)OK.
ミスター・エディ: You're doing OK... That's good, Pete.
(32)ミドル・ショット。ソファに座って受話器を耳に当てているピート。
ピート: Look, uh...it's late, Mr Eddy. I, uh...
(33)ミスター・エディのクロース・アップ。左手に持った黒い受話器を耳に当て、笑みを浮かべている。
ミスター・エディ:(ピートの言葉を遮るように)I'm really glad to know you're doing OK. (間)You're sure you're OK? Everything all right?
(34)ミドル・ショット。ソファに座って受話器を耳に当てているピート。
ピート:(間)Yeah.
ミスター・エディ:(電話越しに)I'm really glad to know you're...
(35)ミスター・エディのクロース・アップ。左手に持った黒い受話器を耳に当て、笑みを浮かべている。
ミスター・エディ: doing good, Pete. Hey...I want you to talk to a friend of mine.
受話器を耳から離し、そのままそれを持った左手を画面左方向に伸ばす。それに連れて左へパン。画面左からミステリー・マンのクロース・アップが視界に入ってくる。画面手前、真正面を見たまま左手で受話器を受け取り、それを自分のl左耳にあてるミステリー・マン。
ミステリー・マン: We've met before, haven't we.
(36)ミドル・ショット。ソファに座って受話器を耳に当てているピート。
ピート:(間)I don't think so.(間)Where is it you think we've met?
(37)ミステリー・マンのクロース・アップ。
ミステリー・マン: At your house. Don't you remenber?
(38)ミドル・ショット。ソファに座って受話器を耳に当てているピート。黙ったまま、両親のほうに視線を上げる。
(39)ミドル・ショット。ピートの主観ショット。心配そうにピートを見守っている両親のツー・ショット。
ピート:(画面外で)No.
(40)ミドル・ショット。ソファに座って受話器を耳に当てているピート。
ピート: No, I don't.
(41)ミステリー・マンのクロース・アップ。瞬きをせず、目を見開いている。
ミステリー・マン: In the east, the far east, when a person is sentenced to death, they're sent to a place where they can't escape,
(42)ミドル・ショット。ソファに座って受話器を耳に当てているピート。
ミステリー・マン:(電話越しに)never knowing when an executioner may setp up behind them,
(43)ミステリー・マンのクロース・アップ。瞬きをせず、目を見開いている。
ミステリー・マン: and fire a bullet into the back of their head.
(44)ミドル・ショット。おびえた様子で、ソファに座って受話器を耳に当てているピート。
ピート:
(あえぎながら)What's going on?
(45)ミステリー・マンのクロース・アップ。瞬きをせず、目を見開いている。
ミステリー・マン: It's been a pleasure talking to you.
(46)ミドル・ショット。おびえた様子で、ソファに座って受話器を耳に当てているピート。
ミスター・エディ:(電話越しに)Pete.
(47)ミスター・エディのクロース・アップ。左手に持った黒い受話器を耳に当て、笑みを浮かべている。
ミスター・エディ:(頭を振りながら)I just wanted to jump on and tell you that I'm really glad you're doing OK.
そのまま左手を画面外に伸ばし、受話器を電話機にかけるミスター・エディ。
[受話器が置かれる音]
(48)ミドル・ショット。ソファに座って受話器を耳に当て、半ば口を開けて呆然としているピート。やがて、取り落とすように受話器を画面外、自分の膝の上に置く。目をつぶるピート。溜め息をつきつつ、画面左を向いて画面外の電話機に受話器をかける。
[受話器が置かれる音]
はっとしたように、両親のほうを見上げるピート。
(49)ミドル・ショット。玄関に続く通路の白い壁と、それに掛けられた三枚の小さな絵(写真?)。両親の姿は消えてしまっている。
(50)ピートのアップ。ソファに座ったまま、両親がいた方向を呆然と口を開け見詰めている。やがて、ややうつむき加減になり、目をつぶったり眉をしかめ始めるピート。
[金属音のような音楽]
あえぎながら、左の額に左手をやるピート。そのまま左手で自分の顔を覆い、顎まで撫ぜるようにする。口を開け、顔が伸びたような印象。
(ディゾルヴ)

「家」の内部で待ち受けているのは、”「電話」という間接的な手段”による侵入である。その間接性はたとえば冒頭の「インターフォン」や「ビデオ・テープ」と同列であり、逆にリンチ作品における「家」が「外界」から隔てられた一種途絶した場所であることを表象している。そして、「電話」をはじめとするこれらの「間接的な伝達手段」は、主として「フレッドにとってよくない情報」を受信/発信するものであったことは指摘しておきたい。「ディック・ロラントの死亡」(0:03:53)、「ありのままの記憶」(0:09:39etc)、「ビデオ・テープの到着」(0:21:56)、あるいは「相手=レネエが電話に出ないこと」(0:07:39)をも含め、それらが「伝達するもの」は基本的にフレッドにとって「不安の対象」でしかない。

そして、このシークエンスにおける「電話」が伝えるものも、ピート=フレッドにとってとびきり「よくない情報」である。何よりも、「電話の主」は、これまで何度も「後半部=幻想/捏造された現実」に対して「侵入」を繰り返してきた「ミスター・エディ=現実」なのだ。ただし、今回の「侵入」は対象が「家」という「職場」と比較して「外界から隔てられた場所」であるため、「電話」という「間接的手段」によって行われるのである。

これ以降、カット(35)まで続く「調子はどうだ?」というミスター・エディとピートの「電話」を介した会話は、そのまま(1:26:29)における「自動車工場」のシークエンスで発生した両者の会話を、部分的に「リフレイン」するものである。当該シークエンスで発生していた事象が「ミスター・エディ=現実による侵入」であったように、このシークエンスにおいて発生している事象も「現実による侵入」であることが、こうしたリフレインによって保証される。前回触れたように、いずれにせよ大きく問題となるのは、こうした「現実による侵入」が「職場=自動車工場の領域」に留まらず、(「電話」という間接的手段によるにせよ)ピート=フレッドの「内面」を指し示す「家の領域」において発生していることだ。

しかし、この「現実による侵入」はなお一層のエスカレーションをみせ、新たな局面へと移行する。ミスター・エディは彼の「友人」にピートと話をさせようとし、その「友人」とやらが「ミステリー・マン」であることが直ちに明らかにされるのである(カット(35))。このミステリー・マンの登場は「ロスト・ハイウェイ」が伝えるものに関して(その作品構造を含め)、さまざまなものを示唆しているといってよい。

この不気味な男がミスター・エディの「友人」であることは、すでに「前半部」においてアンディによって言及されているが(0:31:52)、それが示唆するものに関してはその項で述べたとおりだ。改めて指摘するなら、これはリンチが頻繁に採用する「抽象概念の登場人物化」という手法に則ったものである。両者は、ともに(一定の幅をもった)「ある抽象概念」を表しており、それがゆえに「同類」であるとともに「友人」たり得るのだ。具体的に述べるなら、「ミスター・エディ=ディック・ロラント」は(フレッドにとっての)「現実/外界」あるいは「社会規範」を指し示しており、「ミステリー・マン」は「フレッド自身の真の心の声」を表象しているわけである。あるいは、両者が表す「抽象概念の近接性」において……つまり、ともに”「フレッドのありのままの記憶」にもっとも近い存在”であるという意味合いにおいても、両者は「同類」あるいは「友人」であるともいえる。

加えて指摘できるのは、具体的映像が表すように、「ミステリー・マン」の「同一性」が保持されていることである。彼の「外見」は、「前半部=捏造された記憶」においても「後半部=捏造された現実」においても、まったく同一である。このことが指し示す意味は、「ピート(のイメージ)」や「アリス(のイメージ)」との対比において、明らかだ。たとえば「ピート」は、フレッドによって「もっとも自分と重ならない存在」として創りあげられた「人格のイメージ」であり、それがゆえにフレッドとはまったく異なる「外見」をもって登場した。「アリス」は「レネエでありながら完全にはレネエでない存在のイメージ」として、これまたフレッドによって構築されているがために、レネエと非常に近い「外見」を備えている。この両者とは逆に、「ミステリー・マン」はあくまで「外見の同一性」を保持しており、それはそのまま「前半部/後半部」をつうじ「彼が表すもの」が「同一」であること……すなわち、彼が一貫して「フレッドの真の心の声」を表象していることの証左である。

カット(35)~カット(40)間の「またお会いしましたね」に始まるミステリー・マンとピートの会話が、「アンディの屋敷」のシークエンスにおけるミステリー・マンとフレッドの会話(0:28:58)を完全に踏襲しており、結果としてこの二つのシークエンスが「リフレイン」あるいは「ヴァリエーション」の関係にあることは指摘するまでもないだろう。だが、同時に、これまで述べたような諸事項を踏まえたとき、両シークエンスの間に横たわる「リフレイン/ヴァリエーションの関係性」がなにを示唆しているのかも、なんとなくみえてくるはずだ。

「アンディの屋敷」のシークエンスにおいて、ミステリー・マンはフレッドに対し「自分が遍在すること」、要するにフレッド自身の「真の心の声」として彼の「捏造された記憶」のどこにでも存在できることを宣言した。そして、その宣言は、実際に「フレッドの屋敷」にいる自分と「携帯電話」で話をさせることによって証明された。同様に、このシークエンスにおいても、ミステリー・マンは「自らの遍在性」を宣言する。そしてこの宣言は、彼が隔絶された「砂漠の小屋」から逃れ出て、ミスター・エディとともにピートに「電話」をかけているという具体的映像によって証明されている。

前述した「ミステリー・マンによって表されるもの」の「同一性」をキーにして考えるなら、これらの事象によって浮き彫りにされるのは、「ピートの人格(のイメージ)」がフレッドによって構築され捏造された「幻想」であり、フレッドの「意識」や「感情」が反映された優秀な「代弁者/代行者」であることだ。もっといえば、具体的映像のうえでは「外見」も異なれば「周囲の環境」も違うフレッドとピートが、実はその「内面的本質」において「同一」であり「等価」であること……早い話が、その「内面」において「ピートはフレッドでしかないこと」である。であるがために、彼らはともにミステリー・マンによる「遍在の宣言」を受け、実際にあり得ない形での「訪問」を受けるのである。

カット(41)からカット(45)において、ミステリー・マンは「極東での死刑執行」について語る。この「逃れられない環境」に閉じ込められ「いつ処刑されるか明確でない」状況が、実はフレッドが「現実」におかれている状況と同一であることは論じるまでもないだろう。現在、死刑囚房に収監されたフレッドもまたいつ訪れるかもしれない「死刑執行」に脅えており、彼の「真の心の声」であるミステリー・マンは的確に(ありのままに)それを指摘するのである。

いずれにせよ、ミステリー・マンが「砂漠の小屋」から逃れ出ていること自体が、フレッドが「幻想/捏造された現実」に対するコントロールを失い、「自分の真の心の声」を封印することに失敗していることを物語っている。ピートを核にした「幻想/捏造された現実」にフレッドが遁走するに際して、自分の「真の心の声」を「ミステリー・マン」として第三者化する必要があったこと、かつ「ミステリー・マン」を「砂漠の小屋」に隔絶する手続きをとらなければならかったことに関しては、当該シークエンス(0:48:17)の項で述べたとおりである。「幻想/捏造された現実」に発生している「変調/失調」は重篤な状態に陥っているが、その「崩壊の兆し」はこうした事象そのものに現れているといえるだろう。ミスター・エディが繰り返しピートに言う「元気そうでなによりだ」という言葉に込められた「皮肉」はいうまでもない。だが、より根本的な問題は、ミスター・エディが「(電話の相手が)誰だかわかっているはずだ」と「代弁する」ように(カット(28))、「自分が大丈夫ではない」ことをピート=フレッドが自覚しており、それがそのまま彼の「幻想/捏造された現実」で発生している事象に反映されていることなのだ。

こうした「幻想」に対する「コントロールの喪失」を端的に物語るのが、カット(49)である。カット(39)では確かに存在していたはずの両親が、このショットでは姿を消してしまっている。この二人もまた、フレッドが「遁走先」として構築した「幻想/捏造された記憶」の一部であり、彼の「代弁者/代行者」として機能する「都合の良い存在」であることは論を俟たない。そもそもフレッド自身の「両親」の存在(あるいは非存在)について触れる具体的映像を「ロスト・ハイウェイ」は欠落させており、この「ピートの両親が存在すること」自体が「フレッドの現実とは重ならない事項」であったこと……要するに、「フレッドにとって都合の良い幻想」であったことも確かだ。そして、そのとおり、「両親たち」は「幻想/捏造された現実」があるべき姿を「テレビ」を通じて学習し(0:57:02)、「シーラによる侵入」に介入してそれを中断させる(1:36:09)。その「両親」の存在が「消滅」してしまうことが(そして、カット(48)との関係性において明らかなように、ピート=フレッドがそれを認識したことが)示唆するものは、もはや明瞭であるはずだ。フレッドの”ピートを核にした「幻想/捏造された現実」”は、度重なる「変調/失調」の結果その機能を失い、急速に「崩壊」に向かいつつある。「シーラの退場」(1:37:15)に続く「両親たちの退場」は、そうした「機能の喪失」の過程を表象しているのである。

付け加えれば、こうした「登場人物の消失」というモチーフそのものが、リンチ作品において頻繁に採用される共通のものであるといえる。たとえば「マルホランド・ドライブ」における(リタからみた)「ベティの消失」が”「ダイアンの幻想」の終結=機能の喪失”とともに発生したのと同様、今回の「両親の消失」も”「フレッドの幻想」の崩壊=機能の喪失”にともなって発生している点は注目するべきだろう……そして、両者の「幻想」が、基本的に両者にとって「都合の良いもの」であるという点にも。

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