「ロスト・ハイウェイ」を観た (42)
さて、ゴールデン・ウィークも間近となり、仕事関係をはじめアチコチ切羽詰りながらもチンタラと続く「ロスト・ハイウェイ」における「イメージの連鎖」についてである。今回は(1:18:22)から(1:20:32)までをば、ナニやらカニやらタコやらアワビやらすることにする。
この後、アリスはフレッドの「代弁者/代行者」としての機能を明確に表す。それは続く「ホテル」の室内におけるシークエンスの具体的映像からも明らかである。
ホテル 内部 夜 (1:18:22)
(1)アリスとピートのアップ。閉められるホテルのドア。ドアには「9」の表示がある。部屋の内部の壁はピンク色の光で照らされている。ドアが閉まると同時にキスを交わす二人。ピートの右側面からのショット。二人にクロース・アップ。何度もキスを交わしたあと、互いに見つめあう。
(2)アリスとピートの下半身のアップ。ピートの右手を両手で握り、スカートの上から自分の股間に導くアリス。アリスの手が離れたあとも、アリスの股間をさぐるピートの右手。
(3)アリスとピートのアップ。再び激しいキスを何度もする。
アリス: Take my clothes off...
カット(2)の映像が非常に端的に物語るように、アリスは積極的にピートを誘惑する。そしてそれに応える形で、ピート=フレッドは自らの「希求」を具体的行動として発露させる。つまりはこの局面においても、ピート=フレッドは自分が「行動の主体」であることを回避しているのである。もちろん、以前にも述べたようにこれは「欺瞞」以外のなにものでもない。図式的には彼女(のイメージ)を支配する「現実=ミスター・エディ」に対する「逃げ道」の用意としてこの「欺瞞」は描かれるが、これまでもみてきたようにそれは本質的には自分自身荷対する「言い訳」でしかない。「アリス」という「レネエの代替イメージ」を希求することが「幻想/捏造された現実」の崩壊につながる可能性があることをフレッドは認識しており、それがゆえに彼が「アリス」を手に入れることに対して「葛藤」を抱いていることは以前にも述べたとおりだ。アリスを「現実の支配」から引き離し自分のものにするためには、この「葛藤」は解消あるいは宥和されなければならならない。一連のシークエンスが描く”屈折したフレッドの「レネエに対する希求」”は、そうした宥和を目的としたものであるといえる。
ホテルの駐車場 外部 (1:18:56)
(4)ミドル・ショット。ホテルの駐車場に停められたピートの自動車を、右側面やや後方からとらえたショット。駐車場のすぐ前は壁のないホテルの通路で、そこには部屋の赤いドアが二つ見えており、ドアの上には黄色い照明が光を投げかけている。ドアとドアの間には、部屋の窓がある。右のドアの横の壁には二脚の椅子が、左のドアの横の壁には一脚の椅子が置かれている。駐車場と通路の間には、木が植えられており、画面の上三分の一程度をその木の葉がおおっている。
(5)アップ。ピートの張り込みをしている自動車の中の二人の刑事のアップ。運転席に座ったハンクの斜め右からのサイド・ウィンドウ越しのショット。画面奥には、ルーのアウト・フォーカス気味のバスト・ショット。二人はしぶい顔をしている。
ハンク:(小さく首を振って)The fucker get more pussy than a toilet seat!
ルーも首を振る。
(6)ミドル・ショット。ホテルの駐車場に停められたピートの自動車を、右側面やや後方からとらえたショット。
ここにも「監視/追及」のイメージとしての「二人の刑事たち」がリフレインされる。この「二人の刑事たち」もフレッドの「代弁者/代行者」として機能することを考えるなら、「ヤツは易々と女を手に入れる」というハンクの言及(カット(5))もまた、フレッドが抱いている「意識」や「感情」のある側面を反映していることになる。その観点にしたがうなら、ここでハンクが「代弁」しているのは「アリス=レネエの代替イメージ」を手に入れたフレッドの「歓喜」、あるいは彼が感じている「全能感」である。彼が「ピート」として存在するかぎり、「監視/追求」の施行者であるはずの刑事たちがまったく手を出せないという状況には以前と何ら変わりはない。それに加え、ここに至ってフレッドは「希求の対象」を手に入れるが、それに対しても「監視者たち」は完全に無力である。すべてはフレッドの思うがままであり、彼の「都合のよい」ように展開する。「後半部=ピートを核にした幻想/捏造された現実」が始まったときと同様、フレッドは自分が「全能」であることに酔いしれている。その「裏返し」が二人の刑事たちの「渋い表情」であり、ハンクの言及であるわけだ。
そして、このフレッドが感じている「全能感」は以降のシークエンスにも引き継がれる。
ホテルの部屋 内部 夜 (1:19:07)
(7)ミドル・ショット。ベッドの上で性交しているピートとアリスを右側面から捉えたショット。アリスにのしかかり、腰を振っているピート。画面中央奥のシェードが半ば降りた窓からさしこむオレンジ色の柔らかい光にぼんやりと照らされている室内。窓際には白い傘の電気スタンドが見える。窓の右横には開かれたカーテンと、木張りの壁。
(ディゾルヴ)
(8)アリスの右目あたりのクロース・アップ。アウト・フォーカスからイン・フォーカスへ。画面左からの照明で、彼女の顔の左半分は影になっている。
(素早いディゾルヴ)
(9)ピートの左目あたりのクロース・アップ。画面右方向からの照明で、右目のあたりは影になっている。左から右へパンしてピートの左目が画面中央に来る。
(10)アリスとピートのアップ。横たわったアリスの顔を、上からピートがのぞき込むショット。画面左が頭方向、ピートの右側面、やや頭方向からのショット。アリスが右手の人差し指の腹で、ピートの顎のあたりを愛撫している。ピートの右手は、アリスの髪を撫でている。アリスは顎を愛撫していた右手の人差し指をピートのペンダントにかけ、それを下に引っ張ってピートの頭を引き寄せ、口づけを交わす。一度唇を離したピートは、自分の顔を右によせ、再度アリスにキスをする。三度、キス。
(ディゾルヴ)
(11)アリスとピートのアップ。二人はすでに服を着ている。画面左のアリスが、キスをしながらピートを右方向に押していく。背後の壁にピートの背中が行き当たるが、そのままキスを続ける二人。画面の左端に窓の端が見える。二人にクロース・アップ。一度離れ、今度はピートの方からキスをする。また離れ、ピートが首の角度を変えてまたキス。アリスがピートの顔に広げた右手を伸ばしてキスをする。
アリス: I want more!
ピート: Me, too.
キスする二人。顔を離すアリス。ピートはそれを追いかけてキスしようするが、アリスは頭を後ろにひいてそれを許さない。
アリス:(笑いを浮かべながら)Can I call you?
ピート: Yeah, Call me at home. I'll give you the number.(笑みを浮かべる)
頬をすりあわせ、やがてキスをする二人。右手をピートの頭の左側面に伸ばす。
アリス: OK, baby.
(ディゾルヴ)
カット(7)からカット(10)にかけて、ピートが「アリス」と激しい性交を行う様子が描かれる。この二人の様子は、「前半部」において「レネエ」とフレッドの性交が不首尾に終わること(0:12:25)が示唆されていたのとは対照的であるといえる。「レネエ」がフレッドとの行為の最中もほとんど「感情」を表さなかったのとは異なり、「アリス」はきちんとピートとの性行為に「満足」し、最終的にはより一層の「希求」を表明する(カット(11))。このアリスの言動が、フレッドの「満足」もしくは「希求」を「代弁/代行」していることは指摘するまでもない。また、辛辣な見方をするなら、「アリスが満足し一層の希求を表明すること」自体がフレッドの「希求」に包括されているともいえるだろう。
だが、この「アリスとピートの関係」もまたある種の「欺瞞」でしかないことは指摘するまでもないはずだ。なぜならフレッドもしくはピートと女性たちの「性行為」(とみえるもの)は、それがフレッドの「幻想/捏造された現実」の内部において発生している事象であるかぎり、実は「幻想」でしかないからだ。それはいわばフレッドの「自慰行為」でしかなく、どのように「他者との関係性」が成立しているように見えるとしても、そこにあるのはフレッドと「イメージ」との間にむすばれた「一方的な関係」なのである。それを端的に表しているのが「不首尾に終わるフレッドとレネエの性行為」のシークエンスであり、特にレネエがほとんど無反応であることはきわめて示唆的であるといえる。だが、前述したように、「ピートとアリスの性行為」も「幻想」としての本質においてまったくの差異はなく、これは「ロスト・ハイウェイ」が描く「性行為」全般(「映像内映像」として現れるものも含めて)について共通して指摘できることになる。
こうしたことを念頭においてこのシークエンスをみたとき、興味をひかれるのはカット(8)からカット(9)にかけての映像……「アリスの右目のアップ」と「ピートの左目のアップ」がデゾルヴによってつなげられる映像である。まずこの二つの映像は、明らかにアリスとピートが「対置される存在」であり、かつ「対称的な存在」であることを示唆している。つまり、二人はともにフレッドの「代弁者/代行者」であり、それぞれが(ときとして背反する)彼の「意識」あるいは「感情」を表象しているということだ。
示唆的なのは、「アリスの顔の右半分」と「ピートの顔の左半分」を瞬間ディゾルヴで重ね合わされた瞬間、左右が揃った「一つの顔」が完成することである。前段で触れた”フレッドの「意識」あるいは「感情」の表象としてのアリスおよびピート”を踏まえるなら、この「完成した一つの顔」が「フレッドの意識の総体」を表わすことはいうまでもなく、であなるならばこの「顔の統合」がアリスとピートそれぞれの顔の「影」の部分……つまり「闇」の部分を糊代にしてなされることも、リンチ作品における「夜」と「闇」のモチーフが表すものを踏まえるなら、あるいは当然であるかもしれない。
ピートの自動車 夜 (1:20:16)
(12)(ディゾルヴ)
ピートとアリスのアップ。自動車に乗っている二人を、ウィンド・シールド越しに右斜めから撮ったショット。ハンドルを操作しているピート。目をつぶり、彼の右肩に頭を乗せるアリス。それを見下ろすピート。正面に視線を戻し運転を続けるピート。ピートの右肩に頭を乗せたまま、彼を見上げるアリス。それを見下ろすピート。また正面に顔を戻して運転を続けるピート。
(フェイド・アウト)
この映像は、(0:33:04)で提示された「車中のレネエとフレッド」のリフレインでありヴァリーエションであるといえる。ヴァリエーションで有り得るのは、アンディの屋敷から帰宅する途中のレネエとフレッドの間には不和と諍いしかないのに対し、このショットにおけるアリスとピートはその真逆であるという点においてだ。その意味合いにおいて、直前のシークエンスにおける「ピートとアリスの性行為」と同じく、これはフレッドにとって「あったかもしれないレネエとの関係」あるいは「構築したいと思っていたレネエとの関係」だといえる。
だが、作品の各所で示唆される映像をみるかぎりにおいて、そうした関係の成立を阻害していたのは実はフレッドによる「一方的な関係の強要」に他ならないのも確かだ。かつ、フレッド自身はその阻害要因が”「現実のレネエ」のコントロール不能性”にあると理解していること……いいかえれば”阻害の責を「現実のレネエ」のコントロール不能性に帰したいと「感じている/考えている」”ことも明白なのである。そもそもその「幻想」の根幹において、フレッドは徹底的に「遁走」しているのだ。



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