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2009年3月 8日 (日)

「ロスト・ハイウェイ」を観た (34)

ぶっ壊れたデスクトップの入れ替えやら、新しい無線LANルータの設置やらでバタバタしている大山崎でございます。今年に入って、もう何度PCのセッティングをしてるのやら(笑)。おかしいなあ、そんなハズじゃなかったのになあ。とりあえずひととおりセッティングを終えて、一息ついている状況。もう当分、何も壊れてくれるなよ(笑)。

そんなこんなしながら難渋しつつ進行中の「ロスト・ハイウェイ」における「イメージの連鎖」であったりする。今回は(1:06:39)から(1:07:58)まで。

ミスター・エディとピートを乗せたベンツは、山道のドライブから「自動車工場」に帰還する。引き続きこのシークエンスにおいても、ミスター・エディが付随させているさまざまなイメージが明らかにされる。

アーニーの自動車修理工場 外部  (1:06:49)
(1)ピートとミスター・エディのバスト・ショット。ベンツの助手席側からの助手席のサイド・ウィンドウ越しのショット。助手席のドアを開けて降りようとするピートを、その向こうの運転席にいるミスター・エディが呼び止める。
ミスター・エディ: Wait a minute...
ベンツを降りようとしてとどまり、再び座席に座ってミスター・エディの方を見るピート。シャツの胸ポケットから紙幣を取り出し、二枚ほどをピートに差し出す。
(2)ピートとミスター・エディのバスト・ショット。ベンツの運転席側から、運転席のサイド・ウィンドウ越しのショット。助手席のピートのほうを見て、紙幣を差し出しているミスター・エディ。それを受け取り、ミスター・エディを見るピート。
ピート: Thanks, Mr Eddy.
(3)ピートとミスター・エディのバスト・ショット。ベンツの助手席側から、助手席のサイド・ウィンドウ越しに車内を見るショット。作業服の胸ポケットに、受けとった紙幣を突っ込んでいるピート。残った紙幣を再びシャツの胸ポケットにしまうミスター・エディ。
ミスター・エディ:
No. Thank you. I'll be bringing the Caddy by tomorrow.
ミスター・エディが助手席のほうに身を乗り出し、ピートの前にある画面外のダッシュ・ボードに右手を伸ばす。画面外でコンパートメント・ボックスを開け、右手で取り出したビデオ・テープをピートの前に差し上げる。
ミスター・エディ:(ピートを見ながら)You like pornos?
(4)ピートとミスター・エディのバスト・ショット。ベンツの運転席側から、運転席のサイド・ウィンドウ越しに車内を見るショット。
ピート:(差し出されたビデオ・テープを見ながら)Pornos...
ミスター・エディに視線を移すピート。
(5)ピートとミスター・エディのバスト・ショット。ベンツの助手席側から、助手席のサイド・ウィンドウ越しに車内を見るショット。
ミスター・エディ:(手に持ったビデオ・テープを見ながら)Give you a boner?
横目でピートを見るミスター・エディ。
(6)ピートとミスター・エディのバスト・ショット。ベンツの運転席側から、運転席のサイド・ウィンドウ越しに車内を見るショット。笑いながら差し出されたビデオ・テープに目を移すピート。
ピート:(右手を振って、ミスター・エディを見る)Uh, no, no thanks. No.
(7)ピートとミスター・エディのバスト・ショット。ベンツの助手席側から、助手席のサイド・ウィンドウ越しに車内を見るショット。
ミスター・エディ:
Suit yourself, champ.
そのまま、右手に持ったビデオ・テープを、画面外のコンパートメント・ボックスにすまうミスター・エディ。
(8)ピートとミスター・エディのバスト・ショット。ベンツの運転席側から、運転席のサイド・ウィンドウ越しに車内を見るショット。ビデオ・テープをしまったあと、左手をハンドルの上部に掛け、ピートに向き直るミスター・エディ。ミスター・エディを見ているピート。
ピート: Well, uh...I, I'll see you, then.
ミスター・エディ:(小さく頷きながら)You will.
ピートは少しミスター・エディを見つめていたが、やがて助手席のドアを開け、車外に出る。車外で立ち上がるピートを追って、上方にパン。ベンツの屋根越しに、ピートをおさめるショットになる。彼の向こうには、白と赤の修理工場の柱と壁。画面右端に、停められている自動車のサイド・ウィンドウが見える。振り返って助手席のドアを右手で閉め、腰をかがめてベンツの内部をのぞき込むピート。

カット(1)(2)で提示されているのが、ミスター・エディの「顧客」としての資格の再確認であることはいうまでもないだろう。ピートの労働に対して、ミスター・エディは「対価」を支払うのである。続いて、ミスター・エディは「もう一台の別な車=キャデラック」を明日までに持ち込むことを伝えるが(カット(3))、これは彼のピートの「労働」に対する「評価」であり、今後も継続して「顧客」としての関係を結び続けることを宣言するものである。それを受けて、カット(8)のピート(=フレッド)の言及や表情によって明らかなように、彼も自分とミスター・エディとの「関係性」が継続的なものであることを認識する。この宣言/認識によって、これより後のシークエンスでピート=フレッドがとる「行動」が一部規定されることになるのだが、それについては当該シークエンスについて述べる際に触れよう。

だが、より重要と思われるのは、同じくカット(3)およびカット(5)で行われるミスター・エディのピートに対する「オファー」……すなわち、「ポルノ」の「ビデオ・テープ」を提供するという申し出である。この「アイテム」には、二つのイメージが内包されている。まず一つは、「前半部」の「幻想/捏造された記憶」のなかでそうであったように、「ビデオ・テープ」が付随させる「ありのままの記憶」というイメージだ。それは「前半部」におけるフレッドの「幻想/捏造された記憶」を崩壊させるキーとなったイメージであり、当然ながらピート=フレッドにとっては「忌避」の対象となるものだ。であるならば、彼が言下にこの「オファー」を断るのは、至極理にかなった行動であるといえるだろう。

しかし、「ビデオ・テープ」が「ありのままの記憶」を指し示しているならば、それに収録された内容が「ポルノ」として言及されるのはなぜなのか? この疑問に対する答は以降のシークエンス群によって徐々に明らかにされるわけだが、結論から先に述べるなら、この「ポルノ」に関連するイメージが表しているのは、フレッドが抱いていた「レネエに対する疑惑」そのものであり、その反映である。そして、その「疑惑」こそが、フレッドがレネエを殺害するに至ったそもそもの「原因/動機」であったことは、あらためて指摘するまでもないはずだ。

たとえば(0:33:04)からのシークエンスにおいて、レネエは「アンディに仕事を紹介してもらった(He told me about a job)」とフレッドに向かって言及する。だが「それはどのような仕事か?」というフレッドの追及に対し、彼女は「忘れた(I don't remember)」と「曖昧」にしか答えない。以前にも述べたように、この「曖昧さ」は、フレッドの彼女に対する「疑惑」がなんら具体的根拠を伴っていないことを指し示している。だが、この「レネエとフレッドの会話」が「アリスとピート」の間で完全にリフレインされること(1:30:43)に表されるように、「後半部」に登場する「ビデオ・テープ」をはじめとする「物事のありのままの記録」であるはずの「媒体」が提示するものも、実は「曖昧」でまったく「実体」がない。それを端的に表すのが、たとえばミスター・エディやアンディと並んで「レネエとアリス」が写っていたはずの「写真」(1:45:46)から、「アリス」だけが姿を消してしまうという事象だ(2:06:38)。この「変容する写真」が表象しているのは、本来なら「ありのままの記録」であるはずのものもまた、「後半部」の「幻想/捏造された現実」のなかでは、「フレッドの主観や感情」によって歪められる「対象」でしかないということである。表面上、作品の文脈は「ビデオ・テープ」に収められた「ポルノ」こそが、レネエがアンディから紹介された「仕事」であることを示唆し、アリスによる「言説」(1:29:55)もそれを裏付けているかのようにみえる。だが、仔細にみれば、そうした文脈自体が「フレッドの根拠のない疑惑」の範疇を出ていない。もし「ビデオ・テープ」や「フィルム」や「写真」などの「ありのままの記録(であるはずのもの)」が「後半部」においてもそのとおりの機能を果たしているとすれば、それは「フレッドがレネエに対して、根拠のない疑惑を抱いていた」という「事実」を記録しているという一点においてのみなのである。

上記のような事項を踏まえたとき、ミスター・エディが「ポルノ」の「ビデオ・テープ」をピートに提供しようとする行為が表すものがみえてくるはずだ。「現実」や「社会」を表象する彼は、客観的な「ありのままの記憶=ビデオ・テープ」と関連付けられ、”「ビデオ・テープ」の内容=「レネエに対するフレッドの疑惑」=「事件の要因」”をピート=フレッドに突きつけて、その「事実」を「認知/認識」するように迫るのである。ミスター・エディは、フレッドの「ピートを核にした幻想/捏造された現実」に侵入し、それを崩壊させる可能性を内包した「脅威」なのだ。前述したように、ピート=フレッドは「ビデオ・テープ」の申し出を断るが、ミスター・エディはその拒絶に対して「好きなようにしろ」と鷹揚に対応する(カット(7))。当然ながら、ピート=フレッドは「好きなようにする」。なぜなら、このシークエンスの「場」は、彼自身に都合のよく捏造された「幻想/現実」であるのだから……少なくとも、今はまだ。

また違った観点から述べるなら、ミスター・エディに付随するこのような「イメージ群」は、フレッドが「現実」や「社会」をどのように捉えているかを現わすものでもあるといえる。ミスター・エディは「交通ルール」を破ったドライバーを「処罰」し、その一方で「ポルノ」を製作するが、そのいずれの場合も「直裁的な力」を後ろ盾としているのだ(1:32:15)。つまり彼は、恣意的に強権を発動して「厳格なルーリング」を弱者に押し付けつつ、その片方でかろうじてルールに適合した「後ろ暗い仕事」によって利益を獲得している存在なのである。そして、フレッドの(自分に都合のいい)観点に基づくなら、「処罰されるドライバー」と同様、彼自身もそうした「現実」や「社会」に一方的に翻弄され、そうした利益からも阻害された「犠牲者」なのだ。しかし、客観的に考えるなら、それは「フレッドにとって都合のいいこと」が、「現実/社会」にとって必ずしも「都合のいいこと」とは限らず、またその逆も真であることの(歪んだ)表れにすぎない。

こうした「ミスター・エディによって表されるもの」の「性格」は、続く「刑事たち」のシークエンスによっても裏づけされることになる。

修理工場の外部 昼 (1:07:24)
(9)張り込んでいる二人の刑事のショット。ウィンド・シールド越しに車内を見るショット。左の助手席にはルーが、運転席にはハンクが座り、画面の右斜め方向を見ている。
ハンク: Damn!
(10)ミドル・ショット。工場の内部。刑事たちの主観ショット。ベンツの屋根越しに、向こうに立っているピートをバスト・ショットおさめるショット。画面左に向かって歩き姿を消すピート。下方にパンし、運転席に座ったミスター・エディの後頭部を、運転席のサイド・ウィンドウ越しに捉える。
ハンク:(画面外で)Lou...
ピートを見送ったあと、ミスター・エディはやや左を向き、その左横顔が視界に入る。
(11)ウィンド・シールド越しに車内を見るショット。運転席のハンクが、右手の人差し指で自分が見ている画面右方向を指差す。
ハンク: You recognize that guy?
ルー:(しばし沈黙したあと)Yeah.
(12)工場の車内。ベンツの運転席側のサイド・ウィンドウから車内を見るショット。やや左に顔を向けているミスター・エディ。
ルー:(画面外で)Raurent.
ベンツのエンジンをかけるミスター・エディ。ハンドルに左手をかけ、ベンツをバックさせ始める。ベンツが右方向にバックするに連れ、右にパンする視点。視点はやがてベンツのウィンド・シールド越しに斜め右から車内をとらえる。
(13)ウィンド・シールド越しに車内を見るショット。助手席のルーのほうを見るハンク。厳しい顔をしているルー。正面右手のほうに視線を戻すハンク。
(フェイド・アウト)

二人の刑事は、おそらくは「後ろ暗い仕事」に関連してミスター・エディを知っている(ように描かれる)。かつ、彼の本名が「ロラント(Raurent)」であることも、ハンクの問いかけ(カット(11))に対するルーの発言(カット(12))によって明らかにされる。もちろん、この「二人の刑事」が相変わらず「揶揄の対象」であることからわかるように、彼らもフレッドの「幻想/捏造された現実」を構成する一要素であることは間違いなく、そのかぎりにおいて「フレッドの代弁者/代行者」として機能しているのはいうまでもない。ならば、二人の刑事が「後ろ暗い仕事」に関連してミスター・エディを知っているということは、フレッドがそのようにミスター・エディを「後ろ暗い仕事」に関連付けたということに他ならない。また、彼らが「ミスター・エディ」と「ロラント」との「同一性」を認める発言をすることは、そのままフレッドが両者を「同一のもの」として認識したことを指し示している。

「ロラント」という名前が、冒頭のシークエンスにおいてインターフォン越しにフレッドが受け取ったメッセージに……「ディック・ロラントは死んだ(Dick Laurent is dead)」というメッセージに含まれていることは(0:03:53)、改めて指摘するまでもないだろう。この合致が、ミスター・エディとディック・ロラントの「同一性」を指し示しているならば、このメッセージの伝えるものは明瞭であるといえる。すなわち、フレッドにとって「現実は死んだ」のだ……フレッドが「ありのままの現実」から「遁走」し、それからまったく乖離した「幻想/記憶/現実」を捏造した時点で。そしてこの「現実殺し」は、その「幻想/記憶/現実」が崩壊し、また新たな「幻想/記憶/現実」を構築するたびに繰り返し発生するのだ。

ここに至って、「前半部」において提示された、いくつかの映像が表象するものがみえてくる。まず指摘できるのは、(0:02:48)からのシークエンス……フレッドがインターフォン越しに「メッセージ」を受け取るシークエンスが、彼が「幻想/捏造された記憶」を作り上げた直後であり、そもそもオープニングの「夜のハイウェイ」の映像がその「幻想の構築」に向かう途上の「遁走」を表象していたということだ。そして、(0:31:44)からのシークエンスにおいて「ロラントが死んだのじゃなかったか?」というフレッドの一言に、アンディが激しく反応した理由も明瞭に了解されることになる。アンディが発言するように、客観的な意味において「ディック・ロラントが死ぬことなどあり得ない(Dick can't be dead)」……ディック・ロラント=ミスター・エディが「現実」を象徴する存在である限りにおいて。かつ、同じくアンディの発言にあるように「ミステリー・マンがディック・ロラントの友人である( He's a friend of Dick Laurent's, I think)」ことの理由の一端も理解されるだろう。ミステリー・マンがフレッドの心の奥底に隔離され隠蔽された「真の心の声」であるかぎりにおいて、それは「ありのままの現実」すなわちミスター・エディ=ディック・ロラントと密接に関連することになるのだから。

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