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2009年2月12日 (木)

「Beautiful Dark」を読む (12)

Greg Olson著のデイヴィッド・リンチ伝記本「Beautiful Dark」のおハナシ。今回も「エレファント・マン」に関するOlson氏の記述の続きをば。

さて、ここから先は落穂拾い的にOlson氏の記述で興味深かったところをばピック・アップしてみることにします。

Olson氏は、リンチの諸作品の根底にある「家族」の概念が、やはり「エレファント・マン」にも見出せることを指摘します。その端的な表れがメリックがトレーヴスの家を訪問するシークエンスで、「リンチはトレーヴス家の者と訪問者を、まるで家族写真のような配置に置く。すなわち、妻のアンとトレーヴスがジョン・メリックを守るようにだ」とOlson氏は述べ、トレーヴス家がジョン・メリックの「拡大家族(extended family)」として機能していることを示唆します。また、バイツによって檻に入れられたジョンを解放する、小人をはじめとするサーカスの畸形たちもジョンの「拡大家族」として捉えます。この文脈において、トレーヴスは「善き父(good father)」として機能し、逆にバイツは「悪しき父(bad father)」として機能するとOlson氏は述べますが、このあたりは「ブルーベルベット」に登場するさまざまな「父親」と比較してみるのも面白いかもしれません。

もうひとつ、面白いと感じたのは、トリーヴスがバイツに金を払い、メリックを検査のために病院に連れて行こうとする際の映像に関するOlson氏の記述です。バイツはトレーヴスの襟をつかみ、息がかかるほど顔を寄せるのですが、Olson氏はこうした登場人物の動作あるいは配置が、その後のリンチ作品にも頻繁にみられるモチーフであると指摘します。そして、このモチーフの底流にあるのは、「身体のもっとも重要な機能は、精神をいろいろなところに運ぶことにあるように思える」というリンチの発言であると氏は捉えます。つまり、人間の「頭」は「精神の容れ物(mind's vessel)」であり、そしてそこには「想像、夢、意識」だけではなく「天国と地獄」=「善いものと悪いもの」も収められているとリンチは捉えている、と。

Lynch_distorted_nude そして「容器」である「頭」と「頭」が接近したとき、その「内容物」である「善いもの」と「悪いもの」は……この作品に従っていうならトレーヴスの意識とバイツの意識は、「物理的には交わらないものの、融合する危機に瀕することになる」とOlson氏は述べます。この氏の記述を読んで思い出されるのが、リンチの写真作品「Distorted Nude」シリーズの一作品です。この写真作品では、二人の女性の接近した頭部の間で、明らかに「融合」が発生していることがみてとれます。まさしく「リンチの世界では、空気を介して、電線を伝う信号を介して、あるいは目を見るだけで、もっとも忌避し恐れるものにその者の心を変貌させてしまう。静かに、そして怖いぐらい易々と、闇はあなたの内面に滑り込む」ことを、この写真作品は表しておりますですね。でもって、「エレファント・マン」において、トリーヴスとバイツの「頭」が接近し、その「容器の内容物」が融合した結果生まれたものが、トリーヴスがバイツに対して感じる「精神的な類似性(psychic kinship)」であることになります。それは、つまり「メリックを搾取している点で、自分とバイツがどう異なっているのか」という思いであるわけですね。

さて、そんなこんなで「エレファント・マン」は好評をもって迎えられ、1981年のアカデミー賞において最優秀監督賞を含めた8部門にノミネートされます。このアカデミー賞授賞式はレーガン大統領が拳銃で撃たれるという事件のために、史上初めて開催が延期されるわけですが、実はロナルド・レーガンは普段はあまり政治的な発言をしないリンチが、唯一、支持を表明した政治家でもあります。ただし、Olson氏はリンチがレーガンの政治施策にどれだけ賛同していたかは疑問に感じているようです。むしろ、リンチがレーガン本人を評した言葉……「彼は昔ながらのハリウッドの雰囲気、カウボーイのたたずまい、力強さを備えている」に表されるように、非常に雑駁にいうなら、リンチが惹かれたのはレーガンに付随する「イメージ」であって、その政治能力ではないのではないかっつーことですね。ま、ここらへんはリンチ本人による詳細な発言があるわけでもないのでアレですが、娘ジェニファーを含めたさまざまな人の証言などからも、どーもOlson氏の言うとおりっぽい印象ではあります。

結果としてこのオスカーでは無冠に終わるものの、いずれにせよリンチは商業映画監督として非常に幸先のいいスタートを切ったといえます。それは「砂漠の惑星」の監督として抜擢されることにつながるわけですが、それについてはまた次回でということで。

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