フォト
2016年9月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

« 「ロスト・ハイウェイ」を観た (18) | トップページ | 「ロスト・ハイウェイ」を観た (19) »

2008年12月 4日 (木)

「Beautiful Dark」を読む (6)

んなわけで、Greg Olson著のデイヴィッド・リンチ伝記本「Beautiful Dark」をば、チマチマ読んだり読まなかったりする日々。

AFIに入学して妻ベギー&娘ジェニファーとロサンジェルスに移り住んだ直後、リンチは「サンセット大通り」のノーマ・デズモンドの屋敷として使われた建物を捜して、あちこちうろついたらしいです*。リンチの「サンセット大通り」に対する思い入れはいろいろな形で有名だけど、ということは1970年までにすでにリンチはこの作品を観ていたわけですね。根拠ナシなんだけど、なんとなくもっと後で観たのかと思っていたので、ちょっと意外。

「影響を受けたもの」という件でいえば、カフカの「変身」やゴーゴリの「鼻」をリンチが読んだのはAFIに入学してからだった……という事実がこの伝記中で明らかにされております。特に「鼻」に関しては、リンチは深い感銘を受けたようで、そのシュルレアリスム的な描写や、数回に及ぶナラティヴのシフト、オープン・エンドな結末等々に影響を受けた様子であります。当時の妻だったペギーの証言によると、「彼は『鼻』を翻訳で読んだので、より簡略化され(リンチ自身の考えや感覚や想像を反映させることができる)『余白』を残した形で体験することができた」ということでありますが、Olson氏はこれは、「(作品を作るに際して、観客が)夢をみる余地(give you room to dream)を残すように努めている」というリンチの発言と重なる……と述べています。

さて、映像作家を養成する学校であるからには当然至極ではありますが、AFIは学生に作品を作ることを求めておりました。リンチはそれに応えて「Gardenback」という作品のシナリオを書きます。これまたペギーの証言によれば、この作品はリンチが描いた「背中から緑色のものを生やし、前かがみになった人物」の絵に基づいたものであるようですが、ざくっとした粗筋はこんな具合。

「ヘンリーとメアリーは彼らの家で幸せに暮らしておりました。ある日、ヘンリーは別の女性を見掛け、『何か』がその女性からヘンリーへと移ります。その『何か』とは『虫』で、それはヘンリーの心に似た屋根裏で大きく育ちます。彼の家は、彼の頭のようなのです。『虫』は育ちつづけ変化して怪物になり、ヘンリーを乗っ取ってしまいます。ヘンリー自身が怪物になってしまったわけではありませんが、彼はそれと折り合いをつけつつやっていかなくてはなりません。しかし、そのせいで彼の家庭は完全に滅茶苦茶になってしまいます」

とまあ、Olson氏の指摘を待つまでもなく、みてのとおりこの作品のテーマは、完全に毎度お馴染みの「何かよくないことが起きる場所としての『家』」あるいは「人間の内面を表すものとしての『家』」であるということですね。Olson氏の指摘によると、このように「頭」を「家」になぞらえるという考えは、過去、多くの創作者や哲学者によって採用されていたようです。ただし、リンチはそのような過去の著作物に触れる前にこの「家」に関するテーマの作品を作っており、かつ、現在でもそのような著作物をほとんど読んでません。

もうひとつ、この作品のテーマとして採用され、後のリンチ作品にもみられる共通テーマとみなされるものとして、Olson氏は「不倫(adultery)」を挙げています。たとえば「イレイザーヘッド」の「向かいの部屋の女性」、「ロスト・ハイウェイ」の「レネエ」、「インランド・エンパイア」の「スーザン」にみられるような、っつーこってすねい。これまたペギーの証言によれば、リンチはロマンチストで、「互いに相手を連れた見知らぬ同士が、エレベーターの中で出会って一目惚れ」なんてなことが本当に起きる可能性があるなどとのたまっていたようです。そんなこと嫁さんと話してていいのか、リンチ(笑)。

興味深いのは、この作品に登場する”「虫」によって表されるもの”についてのOlson氏の考察です。当然ながら、これは「ヘンリーのメアリーに対する裏切りの象徴」であるわけですが、Olson氏は過去の文学作品において「虫」が「不安や欲望や恐怖によって不安定になった精神状態」を表すものとして使われていた例を挙げるとともに、ルイス・ブニュエルの諸作品に現れる「虫」についても触れています。ただし、リンチはそうした文学作品を読んでいないし、ブニュエルの映画作品を観たのも、この「Gardenback」のシナリオを書いた後であることも明らかにされています。この「虫」は、明らかにカフカの「変身」からの影響であるわけですが、同時にOlson氏は、むしろリンチが12歳のときにアイダホで観たカート・ニューマン監督の「蝿男の恐怖(The Fly)」(1958)、あるいはエルビス・プレスリーの「恋にしびれて(All Shook Up)」の歌詞「My friend's say I'm acting wild bug; I'm in love, I'm all shock up」からの影響だったんじゃねーの? と述べています。

このように改めて指摘されると、リンチ作品における「虫」のモチーフの共通性に気づかされます。Olson氏は例として、主人公のジェフリーが「害虫駆除員」になりすましてドロシーの部屋に入る「ブルーベルベット」を挙げていますが、思うに「ロスト・ハイウェイ」においてもピートの部屋の壁を這う「蜘蛛」や、照明器具の傘の中でもがく「蛾」が登場していますね。これらの「虫たち」が(駆除されるものをも含めて)何を指し示しているかといえば、やはり「よからぬ感情や意識や考え」であるように大山崎は思います。また、Olson氏はリンチのドローイングに「ant in house」というまんまな作品があることも指摘していますが、これもまたやはりモチーフとしては完全に同根であるのでしょう。

しかし、結局、リンチは「Gardenback」の作品自体を全ボツにします。その理由のひとつは、当初リンチはこの作品を45分くらいの中編として考えていたのですが、AFIの教官から「リニアなストーリーやダイアログを加えて、長編作品にせい」という教育的指導が出たことです。それは自分がやりたいことではなかったので、やる気を削がれたリンチは気分シオシオ。ううむ、この頃から「テメーの作りたいものを作りたいように作る」という基本姿勢を確立していたわけですね、エライなあ(笑)。そしてそれ追い討ちをかけるように、ワロン・グリーン(Walon Green)監督の「大自然の闘争 驚異の昆虫世界(Hellstrom Chronicle)」**(1971)が劇場公開されます。この作品は「虫」による世界支配を科学者が警告するっつー体裁のセミ・ドキュメンタリーでありました。これをみたリンチは、他人様が先にやっちゃったものの二番煎じはヤダ! とゆーことで「虫」関連について一気にやる気をなくし、このシナリオはなかったことになってしまいました。

実はリンチはこのシナリオを書いている最中、ペギーと繰り返し討論を交わしており、彼女はこの作品の問題点を以下のように指摘しています。すなわち、「デイヴィッドは不倫という巨大で邪悪な怪物を、悪として捉えられないでいた。なので、彼はこの怪物をドラマ的に適切に倒す方法を見付けられなかった」と。えーと、そりゃまあ、「エレベーターで見知らぬ同士が一目惚れ」なんて言ってるようでは、この「虫」は退治できなかったかもしれません(笑)。

とゆーよーな経緯でこの「Gardenback」は幻の作品となってしまったわけですが、「心のような屋根裏(attic, whitch is like his mind)」や「頭のような家(The house is like his head)」がというイメージを、リンチは映像的にどのように表現するつもりだったのか、ちょっと観てみたかったよーな気もします。しかし、この作品の「ヘンリーとメアリー」という登場人物名はそのまんま、「不倫」というテーマは形を変えて「イレイザーヘッド」に引き継がれることになるわけです。

*結局、当時のリンチは見つけられずじまいだったみたいですが、IMDbによるとノーマ・デズモンドの屋敷として使われたのは「641 N. Irving Boulevard, Midtown, Los Angeles」の「Getty Mansion」という建物で、現在はすでに取り壊されてしまっているそーです。

**
余談ですけど、この「大自然の闘争 驚異の昆虫世界」、フランク・ハーバートの小説作品「Hellstrom's Hive」(1973/未訳)に触発されて作られたらしいです。「砂の惑星」の監督を引き受けたとき、リンチがそれを知っていたかどーかは不明。いや、たとえ知っていたとしても、さすがのリンチも「二番煎じは……」とか言い出して「砂の惑星」を蹴飛ばしたとは思えませんが(笑)。

« 「ロスト・ハイウェイ」を観た (18) | トップページ | 「ロスト・ハイウェイ」を観た (19) »

デイヴィッド・リンチ」カテゴリの記事

映画」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/215302/43321477

この記事へのトラックバック一覧です: 「Beautiful Dark」を読む (6):

« 「ロスト・ハイウェイ」を観た (18) | トップページ | 「ロスト・ハイウェイ」を観た (19) »

最近のトラックバック