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2008年10月27日 (月)

「ロスト・ハイウェイ」を観た (9)

ぜいぜい、なんか風邪気味ながら「ロスト・ハイウェイ」における「イメージの連鎖」の続き。今回は(0:05:12)から(0:09:39)まで。

上に挙げたタイム・チャート内の映像は、大きく分けて三つのシークエンスに分割される。具体的にいうなら、(1)(0:05:12)から(0:06:52)までの「フレッドの家の内部」におけるシークエンス、(2)(0:06:52)から(0:08:33)までの「ルナ・ラウンジ」を中心にしたシークエンス、(3)(0:08:33)から(0:09:39)までの再度「フレッドの家の内部」のシークエンスである。

前項で挙げた(0:02:48)から(0:05:12)までのシークエンスに続き、これらのシークエンス群においても作品全体についての「状況説明(エスタブリッシユメント)」が継続して提示される。まず簡潔に説明されるのが、「ミュージシャンというフレッドの職業」、「レネエという登場人物」「フレッドとレネエが夫婦関係にあること」といった「具体的事実」である。ある意味で、これらの事項の説明に関しては、もし「ロスト・ハイウェイ」がナラティヴな作品であったとしても大きく変わらないだろう。だが、それと平行して、これらのシークエンス群は、「フレッドとレネエの関係」……二人の間で発生している、どちらかといえば「内的な関係」をも描き始める。より特定していうならば、それは「フレッドが抱えている問題」の反映であり、前半部における「レネエ」の「存在(あるいは非存在)」に関する示唆を含むものだ。

たとえば、「今夜はフレッドのライブには行かない」とレネエが告げた後、彼女とフレッドとの間で交わされる会話である(0:06:12)。

フレッド: Read?... Read what, Renee?
笑いを浮かべ、フレッドの方を見上げるレネエ。しかし、その笑いはすぐに消える。それを見て、レネエから目を逸らすフレッド。
フレッド: It's nice to know I can still make you laugh.
再びレネエに視線を戻すフレッド。
レネエ: (フレッドを見上げたまま)I like to laugh, Fred.
フレッドは左手をレネエの頭上の壁につき、身を少しかがめてレネエの目をのぞき込む。ゆっくりと二人にクロース・アップしていく視点。
フレッド: That's why I married you.
なおもクロース・アップ。
レネエ: You can wake me up when you get home if you want to.

この会話をストレートに受け取るなら、まず理解できるのは、この二人の間に発生している「緊張関係」だ。一言でいうなら、うまく行っている夫婦が交わす会話ではないということである。そして、これ以降の映像で徐々に明らかにされるように、その「緊張関係」の根底には、フレッドがレネエに対して抱いている「感情」……たとえば「炎」に象徴される「強い感情」がある。では、なぜフレッドはそのような「感情」を抱くようになったのか。それを「説明(エスタブリッシュメント)」するのが、フレッドが「ルナ・ラウンジ」から自宅にいる(はずの)レネエに電話をかけるシークエンスである。

ルナ・ラウンジ 内部 (0:07:39)
(1)ミドル・ショット。赤い光に照らされている公衆電話機。その左には、壁に付けられた小さな棚の上の灰皿。画面左からフレッドが左手で煙草をくわえつつ現れ、公衆電話の前で立ち止まる。右手を公衆電話の上部にかけ、左手で受話器を取る。首を左に傾げて受話器を支えながら、両手で両ポケットの小銭をさぐるフレッド。やがて左手を公衆電話につきつつ、右手で電話機にコインを入れ、そのまま右手の人差し指でダイヤルをプッシュする。今度は右手に持ったライターで煙草に火をつけながら、首で支えていた受話器を左手で持つ。
(2)[電話機のベル]
ミドル・ショット。フレッドの家のリビング・ルーム。白い長ソファが画面左奥にみえる。その前には黒いプラスティックの椅子。低いテーブルの上に置かれた黒い電話機。鳴り続ける電話機にクロース・アップしていく視点。
(3)フレッドの左側からのバスト・ショット。赤い光の中、右手を公衆電話にかけ、受話器を左耳に押しあてて、煙草をくわえたまま呼び出し音に耳を傾けているフレッド。くわえていた煙草を、右手に持ち帰る。
(4)ミドル・ショット。フレッドのスタジオ。右から左にパンしつつ、画面手前に置かれた椅子を越えて前進し、キー・ボードの上に置かれた鳴り続ける電話機に向かってクロース・アップするショット。キー・ボードの左には、スタンドに立て掛けられたサックスが見える。
(5)フレッドのアップ。赤い光の中、左手で持った受話器を耳におしあて、呼び出し音が鳴り続けるのを聞いている。
(6)ミドル・ショット。ベッド・ルームの内部。左から右へパンし前に移動しつつ、黒いカバーが掛けられたベッドの横に回り込み、床の上に置かれた鳴り続ける電話機へクロース・アップする低い視点のショット。
(7)フレッドのアップ。赤い光の中、口を半ば開き、歪んだ表情で誰も出ない呼び出し音を聞き続けるフレッド。やがてあきらめ、受話器を公衆電話に掛ける。
(ディゾルヴ)

具体的な「映像」に明らかなように、このシークエンスからは「レネエを映した映像」が完全に排除されている。そのため、果たして彼女はすでに眠ってしまっているのか、それともそもそも「家」にいないのか……フレッドと同様、我々=受容者にとってもまるで定かではない。そして、この「不確定性」によって我々が感じる「不安」や「疑念」こそが、フレッドがレネエに対して抱いている「感情」の根底にあるものに他ならない。我々はこのシークエンスにおいて、フレッドと同じ「不安」と「疑念」を共有し、彼の「内面」と「感情」を「体験」するのである。

ただ、敢えて指摘しておくなら、「(作品内)現実」において、この一連のシークエンスが描いているような「出来事」が実際に発生したかどうかは、我々=受容者には確認するすべがない。確実にいえるのは、このシークエンスで発生している「レネエがライブに来ない」という「事象」(とそれに続く一連の「事象」)そのものが、フレッドのレネエに対する「疑念や感情」の「反映」であるということだけだ。なぜなら、後述するように、この一連のシークエンス……いや、前半部における映像全体が、フレッドの「捏造された記憶」であると捉えられるからだ。

そうした捉え方のキーとなるのが、やはり”「フレッドの内面」を表すものとしての「家」”という概念である。この観点に基づいて(0:07:39)からのシークエンスを観たとき、前述した「レネエの不在」と、そのかわりとでもいうような「電話機=外界からの接触」を強調する映像は、非常に重要な示唆を内包していることになる。つまり、この「フレッドからの電話に出ないレネエ」のイメージによって表されているのは、「家の外部」……すなわち、「外界」という「客観性」を伴った場所からの「接触=電話」に対してレネエが「対応」しない(できない)ということであり、それはレネエが客観的な意味では「非存在=死亡している」だからだと理解されるからだ。レネエの「存在」は、フレッドの「主観=捏造された記憶」によってしか裏付けられない。作中で映像として提示されている「レネエ」(の大部分)はフレッドの「内面」にしか存在せず、その意味では後半部の「アリス」と同様、彼の「幻想」に過ぎないのだ。そしてそのとおり、「外界」から「家=内面」に帰ったフレッドによって、「不在」だったはずのレネエは、ベッドで寝ている姿で「確認」されるのである(0:09:22)。

となれば、(0:06:12)のフレッドとの会話におけるレネエの発言……「家に帰ってきたら、起こしてくれてもかまわない」という言及は、あるいはこうした「作品構造」に関する端的な「説明」でありえるように思えてくる。フレッドが自分の「内面=家」においてレネエを「想起した=起こした」ときにのみ、彼女は「内面=家」に「存在」するのだから。フレッドが「想起」しないものは「家」には存在しないし、存在できない。逆に、フレッドが「想起」したもの、あるいは彼が抱いた「感情」を反映する「事象」は、たとえ現実的にはあり得ないことであったとしても「発生」する……そう、たとえばミステリー・マンが、「アンディの屋敷」と「フレッドの家」の両方に同時に「存在」するように。これはきわめて「表現主義的」な方法論に基づく映像なのである。

付け加えるなら、「表現主義的手法」という観点からみたとき、「ルナ・ラウンジ」でフレッドが演奏する激しいフリー・ジャズの曲(「Red Bats with teath」)は、そのまま彼の「感情の表出」であるといえる。目に見えない「感情」を表すのは、「映像」だけとは限らないのだ。

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