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2008年10月22日 (水)

「ロスト・ハイウェイ」を観た (8)

おっと、忘れてはいけない、「ロスト・ハイウェイ」における「イメージの連鎖」話の続きである(笑)。

オープニングに続いて、本編はマディソン家のベッド・ルームにいるフレッドの映像から始まる。まずは具体的な映像から。

フレッド・マディソンの家 ベッド・ルーム (0:02:48)-(0:05:11)
(フェイド・イン)
(1)闇の中に浮かぶオレンジ色の煙草の火。それに照らされるフレッドの右側からのアップ。彼は左手で煙草を持ち、それを喫っている。煙草を口から離すフレッド。闇の中に、白い煙草とその火だけが見える。やがて明るくなり始める周囲。フレッドのアップが見えるようになってくる。
(2)フレッドの左からのアップ。徐々に明るくなっていく。右手に煙草を持ち、虚ろな表情でやや彼の左の方を見ているフレッド。黒いローブを着ており、髪は少し乱れている。背後には、部屋の壁が見える。ガタンという物音がするのを聞き、半ば口を開け、目を伏せ気味にその方向(彼の左背後の方)を振り返るフレッド。やがて、また目を上げ左手の方を見つめる。また右手の煙草を吸う。
[インターフォンのブザー音]
煙草の煙を吐き出しつつ、インターフォンの方に目をやるフレッド。
(3)フレッドのアップ。右側、やや下方からのショット。左手に半ば灰になった煙草を持っている。
[インターフォンのブザー音]
ブザーの音の方、自分の右手の方を見るフレッド。
(4)茶色い壁に掛かったインターフォンのアップ。フレッドの主観ショット。インターフォンは銀色の金属のプレートで出来ており、上部に四列のスピーカーのスリット、下方に白いプラスティックのボタンが三つ並んでいる。
(5)フレッドのアップ。右側、やや下方からのショット。やがて立ち上がり、右手に煙草を持ったまま画面右手に消えるフレッド。黒色のローブが画面を右のほうに横切る。画面を横切る彼の影。
(6)ミドル・ショット。インターフォンのある壁の前に立つフレッドの右からのショット。画面奥の壁面を照らす光が逆光になって、彼の姿はほとんどシルエットとしてしか見えない。右手にある壁もほとんど闇に沈んでいる。
(7)インターフォンのクロース・アップ。上部にはスピーカーのスリットが見える。その下には白いプラスティックのボタンが三つ並んでいる。左から「TALK」「LISTEN」「DOOR」の浮彫りにされた表示が見える。ボタンの下部には、螺子が二つ見える。「LISTEN」のボタンを押すフレッドの右手の人差し指。
男の声: Dick Laurent is dead.
ボタンから離れるフレッドの指。
(8)ミドル・ショット。インターフォンのある壁の前に立つフレッドの右からのショット。頭を垂れ気味に、インターフォンの前に立つフレッドのシルエット。やがて首を傾げ気味に右(画面手前)の方を見るが、その表情は逆光になっていてうかがえない。首を傾げたまま画面手前に向かって歩き、廊下に出て、闇の中を画面奥に向かって歩くフレッド。その姿はほとんど闇に沈んでおり、左手に白いドアらしきものが見えるだけである。彼が進むに連れて、その後を追うショット。
(9)ミドル・ショット。リビング・ルーム。画面左側の白い壁と、右側の白い壁の間に開いた入り口。画面左手前には、棚らしきものの一部が見える。入り口の向こうは闇であり、そこからフレッドが姿を現す。両側の壁の間を通って、画面左側に歩を進めるフレッド。そこは別の部屋(リビング・ルーム)である。彼が歩くに連れて左へパン。やがて、入り口の正対した壁が視界に入っている。その壁には細長い窓があり、そこから陽光に照らされた家の外の様子が見える。窓に向かって真っすぐ歩き、その前に立つフレッドの背後からのショット。彼の左手の壁の前には、黒いソファの背もたれが見える。窓から外部をうかがうフレッド。
(10)ロング・ショット。フレッドの主観ショット。無人の道路。道路の手前には、家から道路に続く黒い金属製の手すりがついた階段が見える。道路の向こうには木々が見える。少し下方にパン。だが、そこには誰の姿もない。
(11)ミドル・ショット。窓の前に立つフレッドの背後からのショット。やがて彼は、画面左手に向かって歩き始める。その背後を追いかけるショット。ソファや電気スタンドやテレビが置かれた部屋の中を通り抜け、二方に面した広いガラス窓に至るフレッド。窓からは陽光がさしこみ、緑の木々が見える。そこでとどまる視点。画面右手のガラス窓から、外部をうかがうフレッドのロング・ショット。
(12)フレッドのアップ。右側からのショット。窓ガラスに顔をくっつけ、外部をうかがうフレッド。彼の背後には、窓越しに木々がアウト・フォーカスで見える。
(13)ロング・ショット。フレッドの主観ショット。無人の道路。右から下方をなめ、やはり無人の道路を映しつつ、視点は道路とその両側の林を映し出すまで左へとパンする。
(14)フレッドのアップ。右側からのショット。彼は窓の前に立ち、左のほうを見ているため、視点は彼の後頭部を映し出している。やがてフレッドは正面を向き直るが、呆然とした表情だ。
(15)ロング・ショット。家の外部からのショット。窓の前に立って外をうかがっているフレッド。ローブの前ははだけられている。画面の右半分を窓が、左半分を白い家の壁が占めている。左右を見回すフレッド。
(16)ロング・ショット。フレッドの家の外観。二階建ての白い壁の家。左手には、飛び出したガレージと銀色をしたそのシャッターが見える。正面には白い玄関のドアと、そのひさしを支える白い壁が見える。玄関ドアの左三分の一ははめ殺しのガラスがはまった壁だ。玄関へと続く緩やかなカーブの階段があり、それには黒い金属の格子状の手すりがついている。階段の横のスロープは芝生だ。玄関の左手の壁の前には鉢植えが三つ置かれ、右手の壁の前には背の低い木の列がある。玄関の左横の壁には横長の窓がひとつ、右手の壁には縦長の細い窓がひとつ、そのまた右には横長の窓がひとつ見えている。二階部分には縦長の窓が二つ、いちばん右手には広いガラス窓があり、そこをとおして外を見ているフレッドの姿がうかがえる。やがて窓の前を離れるフレッド。
(フェイド・アウト)

まず、カット(1)において、真っ先に目に入ってくるのが、フレッド自身の映像というよりも、彼の吸っている「煙草の火」であることが注意をひく。リンチ作品において「火」のイメージは頻繁に登場し、それが基本的なモチーフであることは、たとえば「ワイルド・アット・ハート」のオープニングや「ツイン・ピークス」における有名なフレーズ「火よ、我とともに歩め」などに表れているが、この「ロスト・ハイウェイ」においても例外ではない。作中で、もっとも明瞭に表れているのが「砂漠の小屋」の映像(0:48:42)(1:50:38)であるのはいうまでもないが、その他にも「フレッドの家の暖炉で燃える火」(0:16:52)や、「ミスター・エディの屋敷の暖炉で燃える火」(1:31:51)といった形で「火のモチーフ」は登場している。そして、「ロスト・ハイウェイ」において、「砂漠の小屋」がフレッドの「意識」の奥深い部分を指し示していること、あるいはそこに「内包」される「炎」がフレッドの「真実の感情=激情=レネエに対する殺意」を表していると考えられることについては、概論部分で触れたとおりだ。

他のどの映像よりも先駆けて本編に現れるこの「煙草の火」を、そうした”「火」によって表象されるもの”の延長線上に捉えるなら、これもまたフレッドの「感情=激情」を表すものとしてみることも可能だろう。ただし、それは、「砂漠の小屋」のショットで観られるような激しいものではない。この時点では、フレッドは「自分がレネエを殺害したこと」を都合よく「忘却」しているとともに、自分の「記憶」を「捏造」しており、その結果として彼の「感情」は沈静しているからだ。

カット(7)のインターフォン越しの「声」の「発声者」が実はフレッド自身であり、それが彼の「裡なる声」であることは(2:08:16)において明らかにされるわけだが、ここではまず、作中で提示される”「外界」からの「フレッドの家の内部」に対する「接触」”が、すべて基本的に「間接的」な形で行われることを指摘しておきたい。この「インターフォン越しの声」もそうだが、「差出人不明のビデオ・テープ」あるいは「電話」によって、この「家」と「外部」はつながれる(あるいは、フレッドのレネエに対する「電話」のように「つながれない」)。唯一の例外が、「レネエの通報」によって、ビデオ・テープの「謎」を探るために来訪する「刑事たち」(0:22:34)である。他の誰でもなく、彼らだけが「フレッドの家」を「直接」来訪し、その内部に足を踏み入れる。それは彼らに付随する「監視/追及」のイメージに直結しており、彼らの「追及の強度」がフレッドの「内面」に侵食していることの表れと受け取っていいだろう。なによりも、フレッドから「ビデオと記憶の関係」についての発言を引き出すのは、この刑事たちなのだから。そしてそれが故に、ピートを核にしたフレッドの「幻想」のなかでは、刑事たちは徹底的に「無力化」され「無害化」されるのだ。

いずれにせよ、こうした「外界からの接触」が「間接性」をもって発生することもまた、フレッドの「内面」の表象として彼の「家」が描かれていることの一端を垣間みせるものである。この「間接性」自体が、フレッドの「意識」の閉塞性を物語っているといえるだろう。

そして、その「外部」からの「接触」に応じて、フレッドはカット(9)-(16)にあるように、「窓」から「外界」を見る。この「外界」を覗く行為そのものが、フレッドが「内面」から「外界」を観照しようとする試みであるのは明らかだ。そこには誰の姿も見えない。実際に映像上の実時間で計測した限りでは、「家の内部のフレッド」が窓に辿り着く前に、「家の外部のフレッド」は刑事たちのセダンに追われ、とうにミスター・エディのベンツで走り去っている。だが、もし「内部のフレッド」が間にあっていたとしたら、彼に「外部のフレッド」の姿が認められただろうか? これは非常に興味深い問題だ。それがフレッド自身の「裡なる声」である以上、フレッドには「発声者」が見えたどうかは、なんともいえないところだ。

だとすればこの「発声者の不在」は、”人間の「認識」”の根本問題に関する言及であると同時に、この作品の基本テーマの明瞭な提示であり得る。フレッドの「主観」では、それは「外界」からの「接触」だと認識した。だが、「客観的」に見た場合、それが正しいかどうか「認識」の主体であるフレッドには答えられない。そして、それはもちろん、フレッドだけに限った話ではないのだ。程度の差こそあれ、フレッドと同じく我々は全員、「外界」を自分なりのやり方で「認識」し、自分の好きなように「記憶」するしかないのだから。

このシークエンスを全体的にみたとき、まず「フレッドの家」の「内部」から始まり、「家」の「外観」の一部を見せつつ、最後にカット(16)で「家」の全景を見せるという構成になっている。基本的に、このシークエンス全体が作品の「舞台説明」や「状況説明」、あるいは「主要登場人物の紹介」の機能を果たしている以上、その短いスパンのなかで説明の順序が「倒置」されていること……通常なら一番初めに提示されるであろう「フレッドの家」の全景の映像が、シークエンスの最後に配置されていること自体はとりたてて問題ではない。だが、この作品がフレッドの「内面」を描いているという認識に立ったとき、この「煙草の火」から「家の外観」へという提示対象の「移行順序」は、非常に面白い。通常なら「極小」から「極大」への移行であるはずのものが、主題的には逆であるからだ。このシークエンスの映像は、まず「フレッドの感情」が作品の主題であることを提示し、その「感情」が「家」の「内部」に存在することを表しつつ、カット(15)および(16)によって「家」と「フレッド」の「同一性」を表象するという「手順」を踏んでいる。いわば、「外的」な説明と、「内的」な説明が、互いに逆方向に同時進行しているのである。

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