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2008年8月25日 (月)

「インランド・エンパイア」を観た(X回目) (109)

なーんかこのまま秋になっちゃうんですかねー。地球温暖化はどーなったんでしょーか。大山崎が暑い暑いと連呼していたら、地球温暖化は免れるのかもしれません。それでどーなるかは、責任もたないけど(笑)。

それはそれとして、「インランド・エンパイア」における「イメージの連鎖」についてである。今回は(0:56:20)から(1:00:00)まで。

大きく作品構成的観点からみるなら、このシークエンスは(0:36:24)から提示され続けてきた「映画を作ることの映画」に関する事象にひとつの区切りがつけられるポイントである。一連の「撮影現場」のシークエンスを通じて提示されてきた演技者=ニッキーの「混乱」はエスカレートし、このシークエンスにおいてひとつの「集約点」を迎える。だが、ここまで描かれてきた「撮影現場」のシークエンスが、ニッキーを「第三者の視点」で外側から捉えたものであったのに対し、これ以降の「インランド・エンパイア」は”一回目の「Axxon N.」の発現”とそれをキーにする”「スミシーの家」の実体化”を経て、演技者=ニッキーと登場人物=スーの「混淆物」であるスー=ニッキーの「内面」描写を重ねていくことになる。このシークエンスが果たしているのは、こうした「外面」から「内面」へという作品構成上の「転回」に対する「ブリッジ」として機能である。

このシークエンスの映像的特徴としてまず目につくのは、「インランド・エンパイア」がくり返し「リフレイン」する数々のモチーフが集中的に現れていることだ。たとえば、「心理的展開の要請」を指し示す「青のモチーフ」は、「スミシーの家」のベッド・ルームを舞台にしたシークエンス全体を通して基調色として用いられている。あるいは、「侵入する視点」というリンチ固有のモチーフは、「ピオトルケの主観視点」という形で明瞭に確認されるのだ。そうした映像的特徴からみてもこのシークエンスは特異であり、全体構成のなかで非常に重要なポイントのひとつであることが理解される。では、上述したような作品構成上の「転回点」に対するブリッジとしての機能以外に、このシークエンスのどこがどのように重要な役割を果たしているのか?

結論からいうと、「インランド・エンパイア」がこの時点まで平行して提示してきた二つのテーマが、始めて関連付けられ接合されるのがこのシークエンスなのである。二つのテーマとは、もちろん、「映画というメディア」と「機能しない家族」のことだ。

それについて詳述する前に、まずはこのシークエンスが提示する具体的な映像を追いかけてみよう。

どこか
(1)ニッキーのアップ。ニッキーの斜め左からのショット。暗闇の中でニッキーがゆっくりと上方を見上げる(スロー・モーション)
[ノイズ]
(2)ツー・ショット。ニッキーの右斜め後ろからのショット。ニッキーとデヴォンが暗闇の中でキスを交わす(スロー・モーション)
[高まるノイズ]
(3)ツー・ショット。デヴォンの左斜めやや後ろからのショット。暗闇の中でキスを交わしているニッキーとデヴォン(スロー・モーション)
(ディゾルヴ)

「スミシーの家」のベッド・ルーム 内部
(ディゾルヴ)
(4)ミドル・ショット。スミシーの家のベッド・ルームの内部。青い光であふれている。ベッドに向かってクロース・アップ。ベッドの上の上掛けが盛り上がり、誰かがその下にいるのがわかる。なおも盛り上がった上掛けに向かってクロース・アップ。
(5)ツー・ショット。ニッキーとデヴォンのアップ。喘いでいるニッキー。
ニッキー: You feel that?
デヴォン: Yeah.
ニッキー: Oh...
(6)デヴォンのアップ。
デヴォン: You move like that again and I'll come.
ニッキー: (画面外から) Okay.
(7)ニッキーのアップ。ベッドに横たわっている。うごめいているデヴォンの影が画面右端に見える。
ニッキー: Wait. Stop. Stop, baby.
(8)デヴォンのアップ。
ニッキー: (画面外から) Oh, God. Oh, yeah.
(9)ニッキーとデヴォンのツー・ショット。喘いでいるニッキー。
ニッキー: Just do it one more-- Oh, yeah.
ニッキー: Oh, God.
デヴォン: Yeah.
ニッキー: Oh, God damn.
(10)デヴォンのアップ。たまらないように首を上下に振るデヴォン。
デヴォン: (笑って) Yeah.
ニッキー: (画面外から) Yeah, Yeah.
(11)ニッキーのアップ。
ニッキー: Okay. Our first time. Fucking this good.
(12)デヴォンのアップ。
デヴォン:  You're talking through the whole thing.
(13)ニッキーのアップ。
ニッキー: Oh, Please.
デヴォン: (画面外から)You talk too fucking much.
ニッキー: Uhh!
デヴォン: (笑う)
デヴォン: (画面外から) Are you gonna talk through this whole thing?
ニッキー: Oh, God. Stop.
デヴォン: Shh... (ささやき声で) Look at me.
(14)デヴォンのアップ。ニッキーはあえいでいる。
(15)ミドル・ショット。ピオトルケの主観ショット。ベッド・ルームの入り口への廊下から見た、ベッド・ルームの内部。視点は、ゆっくりと部屋の中に入っていく。向かいの壁際に置かれたクローゼットと、その上に置かれた四角い電気スタンドのシルエットが見える。左手の壁の陰に隠れて、まだベッドは見えない。
ニッキー: (画面外で) Ohh... Ohh...
(16)ミドル・ショット。ピオトルケがゆっくりとベッド・ルームの入り口に姿を現す。
ニッキー: (画面外で) Mmhh...
入り口からベッドの方向を見ているピオトルケ。
ニッキー: (ささやき声で) You remember... remember that night...
(17)ミドル・ショット。ピオトルケの主観ショット。ベッド・ルームの中に入っていく視点。徐々にベッドが視界に入ってくる。
ニッキー: (画面外で) when I said that thing...about it being a--
(18)ベッド・ルームの入り口のところに立つピオトルケ。彼はベッドのほうを見詰めている。
ニッキー: (画面外で) Oh, you feel that?
デヴォン: Yeah.
[荒い呼吸音]
(19)
ミドル・ショット。ピオトルケの主観ショット。ベッド・ルームの内部。ニッキーとデヴォンいるベッドが観える。
ニッキー: (画面外で) Oh, remember--
(20)ピオトルケのアップ。ベッド・ルームの入り口に立って、ベッドのほうを見詰めている。
ニッキー: (画面外で) remember I told you... about thing,
(21)ニッキーのアップ。
ニッキー:this thing that happened?
(22)デヴォンのアップ。黙ってニッキーの言うことに耳を傾けている。
ニッキー: (画面外で。ため息)
(23)ニッキーのアップ。
ニッキー: It's a story that happened yesterday,
(24)デヴォンのアップ。
ニッキー: (画面外から) but I know it's tomorrow.
デヴォン: That doesn't make sense.
(25)ニッキーのアップ。
ニッキー: It was that scene that we did yesterday, when I'm getting groceries for you with your car. And it was in that alley,
(26)デヴォンのアップ。デヴォンは狐につままれたような顔をしている。
ニッキー: (画面外から) and I parked the car. There's always parking there.
(27)ニッキーのアップ。
ニッキー: So there I am.
デヴォン: (画面外から) What?
(28)ニッキーのアップ。困惑した表情である。
デヴォン: Sue, damn.
ニッキー: (画面外から) It's a scene we did yesterday. You weren't in it. That one when I'm in the alley.
(29)ニッキーのアップ。
ニッキー: I' going to get groceries for you with your car, and I park there 'cause there's always parking. You know the one.
(30)デヴォンのアップ。
ニッキー:(画面外から)I see this writing on metal.
(31)ニッキーのアップ。
ニッキー:And I start remembering something. I'm remembering... and...ohh...this whole thing starts flooding in, this whole memory. I start to remember. And I-- I don't know. I don't know what it is.
(32)デヴォンのアップ。上目遣いにデヴォンはニッキーをまじまじと見る。
ニッキー: (画面外で)[荒い呼吸音]
(33)ニッキーのアップ。
ニッキー: It's me. Devon, It's me. Nikki.
(34)デヴォンのアップ。無言でニッキーを見詰めるデヴォン。
ニッキー: (画面外で) [荒い息をしている]
デヴォン: It's not making any sense. What is this, Sue.
(35)ニッキーのアップ。
ニッキー: It's me. Devon, It's me Nikki. look at me, you fucker!
(36)デヴォンのアップ。
デヴォンが顔をゆがめて笑う。
ニッキー: (画面外から)  Oh, Please. Please.
デヴォン: [笑い声]
ニッキー: (画面外から) Please. Oh--
(37)ニッキーのアップ。
ニッキー: (ささやき声で) Look at me.
デヴォン: (画面外で)[笑い声]
ニッキー: Please.
(フェイド・アウト)
(フェイド・イン)
(38)ミドル・ショット。ピオトルケの主観ショット。ベッド・ルームに続く廊下。青い光と影が廊下にたゆたっている。廊下を後退していく視点。
(フェイド・アウト)

(0:56:20)から(0:56:39)までのシークエンスは、どこを舞台にしているのかを含めて、非常に不明瞭なショットの積み重ねで構成されている。その背景はほとんど「暗闇」であり、場所の特定自体が不能だ。場所の不明瞭性を受けて、そこで提示されている映像そのものも非常に不明瞭である。果たして、このキス・シーンは「ニッキーとデヴォンの不倫」を指し示しているのか? それとも、彼女/彼が演じる「スーとビリー」による「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」の撮影風景なのか? それを判別する材料も一切ない。次第に高まるノイズとスロー・モーションによる映像が、何かがエスカレーションしていることを表わしているだけだ。この「不明瞭さ」をごく素直に受けとるなら、このシークエンス自体が、直後に提示される”「スミシーの家」のベッド・ルーム”のシークエンスへの「ブリッジ」として機能しているを指し示していることになるだろう。後述するように、このシークエンスで提示されている映像そのものが、ベッド・ルームのシークエンスで提示される映像と関連付けられている。”「Axxon N.」の発現”および”「スミシーの家」の実体化”という「転回点」に向けての「移行」は、このシークエンスからベッド・ルームを舞台にしたシークエンスを含めて、段階的に行われているわけだ。

(0:56:39)からの「スミシーの家」のベッド・ルームのシークエンスへは、ディゾルヴによるカッティングによってつなげられるが、直前のシークエンスでの「不明瞭さ」は、このシークエンスにおいても引き継がれている。舞台となっている「場所」が具体的にどこであるのか、実はこの時点で我々=受容者には判断する材料がない。そこが”「スミシーの家」のベッド・ルーム”であることは、「スミシーの家」が実体化した後、(1:06:06)からの映像によって明示されるまで了解されないのだ。直前のシークエンスと同様、この「場所」の「不明瞭性」はそこで発生している「事象」自体の「不明瞭性」にそのまま直結し、そこで発生する疑問もまた同じである。すなわち、この映像が提示しているのは、「ニッキーとデヴォンの不倫現場」なのか? それとも二人が演じる「『ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS』の撮影現場」なのか?

だが、実体化した後の「スミシーの家」の内部で発生する事象の数々を目撃した我々は、少なくともこのシークエンスに関する限り、そうした「具象的な問いかけ」が無意味であったことを知らされる。そして、それを知る過程をつうじて、この「スミシーの家」こそがリンチが繰り返し提示する「何かよくないことが起きる可能性のある場所としての『家』」というモチーフのヴァリエーションであり、同時にその「内部」が演技者=ニッキー(および登場人物=スー)の「内面」を表象していることを了解するのである。

こうした了解に基づけば、このシークエンスが保持する「不明瞭性」とは、実はその「抽象性」の表われに他ならないことが理解されるだろう。これまで、「インランド・エンパイア」は「『ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS』の撮影風景」という形で、「(作品内)現実」と「(作品内)非現実」という概念の「対立(あるいは混同)」を何度か描いてきた。しかし、このシークエンスで発生している事象に対して、そうした「対立概念」はまったく適用できない。明らかに「撮影風景」を表わす一連のシークエンスで描かれていた「ニッキーとデヴォン(あるいはスーとビリー)関連」の事象を継続して描きながら、このシークエンスは突然、その「表現方法」を「具象性」(あるいは「半具象性」)から深い「抽象性」へとずらすのである。このシークエンスが「ブリッジ」として機能している理由は、このように、「インランド・エンパイア」がこれまで提示してきたものの内容と、これから提示するであろうものの形式をともに内包している点にあるのだ。

(この項、続く)

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