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2008年6月28日 (土)

「インランド・エンパイア」を観た(X回目) (94)

なんか知らんが、連日酒をかっくらっているような気がする大山崎です。おっかしーなー。なんでそーなるかなー。などと首を捻りつつ、酔っ払いの戯言の続き……じゃなくて、「インランド・エンパイア」における「イメージの連鎖」の続き。今回は(0:05:57)から(0:08:37)まで。

さて、「インランド・エンパイア」は「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」の製作に関する事象の本格的な提示を開始する。それは「Rabbitsの部屋」のシークエンスの終わり間際、ウサギたちが「誰かの足音」を聞きつけるところから始まる。

「Rabbits」の部屋 内部 (0:05:57)
(32)[足音]
ジャック・ラビット: (右を向き、ジェイン・ラビットに向かって)I hear someone.
スージー・ラビット:
(笑う)
(33)ロスト・ガールのアップ。目に向かってクローズ・アップ。彼女は涙を流している。
(34)扉の方を見ているジャック・ラビットとスージー・ラビット。ジェイン・ラビットも扉の方を向く。
ジェイン・ラビット: I do not think it will be much longer now.
ジャック・ラビットが立ち上がり、扉に近づく。彼は扉を開け、部屋を出ていく。閉められる扉。閉ざされた扉を見守る残された二匹。

豪華な部屋 (内部) (0:6:41)
(35)薄暗い豪華な部屋の内部。
[扉がきしみつつ開く]
ジャック・ラビットが両開きの扉の左側を開け、部屋に入ってくる。扉のところの照明が明るくなる。次に、部屋全体が明るくなる。それにつれて、画面右を向いたままのジャック・ラビットの姿が、徐々に消えていく。明るくなった豪華な部屋。右手にはピンクのカーテンが開けられた窓が二つ。それぞれの窓の白いレースのカーテンは閉じられている。正面奥にはジャック・ラビットが入ってきた両開きの扉。扉の両側には大きな鏡がはめ込まれている。左手にはピンクを基調した壁。壁には絵がかかっている。壁際と鏡の前には何脚かの椅子が置かれている。絨毯が敷かれた部屋の真ん中には、中央に長椅子が一脚、その両側に椅子が一脚ずつ置かれている。
(36)禿頭の老人の右からのバスト・ショット。彼自身には正面となる画面左手を見ている。徐々にアウト・フォーカスからイン・フォーカスへ。
(37)画面左手を見ているファントムのバスト・ショット。背後にはピンクのカーテンが開けられた窓と、台座に載せられた金色の彫刻がみえる。ファントムは、ちらちらと老人の方をうかがいながらときどき目を伏せるようにし、落ち着かない様子である。
(38)
老人のバスト・ショット。
[ポーランド語で]
老人:
You are looking for something?
(39)部屋のロング・ショット。真ん中の長椅子に老人が座り、その右に置かれた椅子にファントムが座っている。
ファントム: (老人のほうをみながら)Yes...
老人:
Are you looking to go in?
ファントム: (苛立って) Yes.(手をもんでいる)
老人: An opening?
ファントム: (立ち上がって老人に近寄りながら)I look for an opening. Do you understand?
老人: Yes. I understand.
ファントム: (立ったまま、苛立って) Do you understand I look for an opening?
老人: Yes. I understand completely.
ファントム: (老人の方に身を傾けるようにして)Good. Good that you understand.
(40)正面を見たままの老人の右からのバスト・ショット。イン・フォーカスからアウト・フォーカスへ。
(41)立ったままのファントムのバスト・ショット。
ファントム: (老人を見下ろし、苛立って)That's good! You understand!
画面右端に見きれていくファントム。
(ディゾルヴ)
(42)薄暗い豪華な部屋の内部。扉の近くだけが明るくなる。長椅子の向こうで、扉を向いて立っているジャック・ラビットが、右側から画面手前を振り返る。徐々に暗くなっていく照明。
(暗転)

「Rabbitsの部屋」と「豪華な部屋」の位置関係は、映像からは明確にはされない。後に現れる「47の扉」と「Rabbitsの部屋」の関係(2:46:15)などから、おそらく「暗い通路」を介してつながっているのだろうという推測は可能だが、それを裏付ける映像も存在しない。いずれにせよ、確実に指摘できるのは、この「豪華な部屋」の内部のシークエンスで発生している事象が、「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」という映画作品に対する「介入/コントロール」に関連したものであるということだ。それは、ジャック・ラビットが現れる二つのショット……カット(35)のショットとカット(42)のショット……によって表されている。この二つのショットはシークエンスの始まりと終わりの両端に配置され、いわば「括弧」のように機能している。後述するように「Rabbitsの部屋」のウサギたちは「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」に対する「介入/コントロール」を行う存在として位置づけられており、その一員であるジャック・ラビットによる「括弧」でもって囲まれている「もの」は、やはり「介入/コントロール」に関連していると理解されることになる。

そのことを裏付けるのが、その「括弧」の内側に現れる、禿頭の老人ともう一人の男との「関係性」……後に「Mr.Kのオフィス」におけるスー=ニッキーの発言によって「ファントム」あるいは「クリンプ」と判明する男との「関係性」だ(1:46:41)(1:59:18)。その「関係性」がどのようなものかは、以降のシークエンスにおいて徐々に明らかにされていくわけだが、この「豪華な部屋」のシークエンスにおいてもその基本部分はすでに現れている。

カット(36)で「豪華な部屋」に現れる老人が、後に「バルト地方」でピオトルケとともに「ファントム」を捜索すること(1:53:57)、また同じく「バルト地方」のどこかにある家の内部で行われる、三人の老人たちによる「介入/コントロール」の場にピオトルケを連れていく役目を担うこと(2:01:35)を、すでに我々は知っている。この禿頭の老人が、他の老人たち(あるいは、ウサギたちやMr,K)のように直接「介入/コントロール」を行っている映像は「インランド・エンパイア」には存在しない。が、彼がその手助けをしていることは確実であり、やはり広い意味で「介入/コントロール」を行う立場にいる存在であることは間違いないだろう。

そして、「ファントム」がここで初めて登場する。「ファントム」によって表されるものは、まだこのシークエンスではまったく明らかではない。また、「Rabbitsの部屋」のシークエンスでウサギたちが耳にした「足音」が「ファントム」のものだったかどうかも、定かではない。このシークエンスから読み取れることは、たとえばカット(37)の様子から、彼が「禿頭の老人=介入/コントロールを行う存在」よりも弱い立場にある、あるいは彼が老人を恐れていることである。同時に、カット(39)において老人に向かって訴えかける様子から、ファントムが彼に対して何かを希求していることも明瞭だ。言葉をかえれば、老人が「ファントム」に対して何らかの”「許可/許諾」を与える存在”であること、つまり「ファントム」が老人の「コントロール下」にあることが、この二人の会話の様子にも表れているといえるだろう。たとえば、映像からみてとれるように、彼らは「視線の交換」を行わない。この後何度となく「インランド・エンパイア」に登場する「視線の交換」が意味するところを敷衍するなら、この二人に「感情の共有」など存在し得ず、それが成立しないほど「異質な立場」であることがこの「視線を合わせない」という「表現」から読み取れることになる。

さて、では「ファントム」は「禿頭の老人=介入/コントロールを行う存在」に、何を訴えかけ、何を希求しているのか。

「ファントム」は、しきりに「入りたがっている(look to go in)」。そして、そのための「開口部を求めている(look for an opening)」ことを二度にわたり訴えるとともに、老人が自分の希求を理解していることを繰り返し確認する。もちろん、この時点では、彼が「どこに」入りたがっているのか、「何の」開口部を探し求めているのかは明瞭ではない。だが、後に我々は「ポーランド・サイド」に彼が現れロスト・ガールに暴力をふるう様子を観ている。あるいは、「ポーランド・サイド」の「ストリート」でロスト・ガールと遭遇するところを目撃している。加えて、「アメリカ・サイド」の「スミシーの家」の隣家の裏庭でスー=ニッキーの前に姿を現すのを我々は知っている。そして、最終的に彼が「スミシーの家」から通じる「暗い通路」に現れ、「47の扉」の前の「暗い通路」でニッキー=スーが放つ銃弾によって「崩壊」するの場面に我々は立ち会った。逆説的に、彼が現在入りたがっているのは、”それらすべての「場所」によって表されるもの”であることになる。

結論からいうと、それらの「場所」は基本的に人間の「内面」を表している。「スミシーの家」を代表とする「家」が表すもの、その「家」の集合体である「ポーランド・サイド」の建物、「ストリート」によって表象されるもの、そして「47」の扉へと続く「暗い通路」……これらの場所は「家」と「ストリート」という対置概念を構成しつつ、「高低のアナロジー」によってむすばれている。そして、それぞれの場所で発生する事象は、「機能しない家族」を起因とする登場人物=スーや演技者=ニッキー、そして受容者=ロスト・ガールの「感情」の反映だ。「ファントム」が今ここで「入りたがっている」のは、かつ結果的に「入りこむ」ことに成功したのは、「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」という映画作品を”観ている者/演じている者/演じられている者”すべての「内面」なのだ。

そう考えるとき、「Opening」という語句自体が複合的な意味を帯びていることが理解できるだろう。まずそれは、「ファントム」が入りたがっている「人間の内面」への「開口部」である。加えて、禿頭の老人が「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」という映画作品に関する「介入/コントロール」を行っていることを考慮するなら、それは「(映画作品の)始まり」をも意味するはずだ。だが、「インランド・エンパイア」を観すすめるうちに、我々はこの「Opening」が、その両方の意味であったことを理解することになる。なぜなら、「ファントム」が「人間の内面」に入り込むその「開口部」こそが、実は「インランド・エンパイア」においては「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」という「映画作品=感情移入装置」に他ならないからだ。

この「ファントム」が行う”「開口部=映画作品」を介した「人間の内面」への「侵入」”というイメージは、リンチが繰り返し唱える「映画の魔法」という概念と密接に関係している。なぜなら、リンチがいう”「世界」としての「映画」”が成立するためには、「映画」が受容者の「感情」に対して働きかけ「感情移入=同一化」が構成されること……非常にあからさまな言い方をしてしまえば、受容者に対して「感情操作」が行われることが必須であるからだ。この「感情操作」のイメージが、「ファントム」が「魅了(=催眠術=hypnotize)」を行うという表現(1:53:23)に直結していくことは容易に理解されるだろう。一言でいうなら、たとえば”「ハリウッド伝説」の概念”を表すNikoなどと同様に、「ファントム」は”「映画の魔法」という概念”を表す存在である。

ひとつ指摘しておきたいのは、「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」に「侵入」を許されたファントムが、基本的にその後もずっと、老人たちやウサギたちによる「介入/コントロール」の管理下にあることである。「サーカス」によって表されるものが「公的」なイメージや「組織」のイメージを付随させていることは何度か指摘してきたとおりだが、ならば「ファントム」が「サーカス」に所属しているという「表現」そのものが、彼が「介入/コントロール」を受けていることの提示として理解できるはずだ。逆に、「ファントム」が「バルト地方」の「サーカス」から姿を消した(1:46:47)という表現が表象するものは、彼が一時的にせよ「介入/コントロール」するものの管理から逃れたことに他ならない。であるからこそ、禿頭の老人は「ファントム」の行方を探さねばならない。「ファントム」に「侵入」を許諾したのは、彼であるからだ。だが、最終的に、Mr.Kが電話の相手に向かって告げるように、「(ファントムが)間違いなく、どこか近くにいる(He's around here someplace. That's for sure)」こと(2:19:44)は把握されており、ウサギたち/老人たち/Mr.Kの管理から「ファントム」が完全に逃れることは不可能であったのは明らかだ。なによりも、「バルト地方」の老人たちがもたらす「拳銃=物語展開の最終要請」から放たれる銃弾によって「ファントム」が崩壊すること(2:44:32)からもわかるように、彼の決定的な生殺与奪の権限が「介入/コントロール」するものの手に握られていたことは、「インランド・エンパイア」全編を通じて変わらない。

……という具合に、「インランド・エンパイア」は、「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」という映画作品に「介入/コントロール」を行うものと、それを「開口部」として侵入する「映画の魔(法)」という二つの概念を紹介し終えた。続いて現れるのは、「訪問者」と「演技者」であるニッキーだ。

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