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2008年1月13日 (日)

「インランド・エンパイア」を観た(X回目) (41)

というわけでいつものように、「インランド・エンパイア」における「イメージの連鎖」をさぐる作業はダラダラと続くのであった。とりあえず前回の続き、(1:31:50)から(1:37:19)までの連鎖を追いかけてみる。

ここの一連のシークエンスで映像として提示されているものを順に追いかけると、以下のような流れになる。

(1)ベッドから抜け出すスー
(2)「スミシーの家」のリビング・ルームで電話をかけるスー
(3)「Rabbitsの部屋」の電話が鳴る
(4)誰かが電話をとるのを待つスー
(5)電話をとるジャック・ラビット。受話器からは「Billy?」と問いかけるスーの声がする
(6)受話器に耳をあてているスー(フェイド・アウト)

このように「スミシーの家」(2,4,6)と「Rabbitsの部屋」(3,5)がクロス・カッティングで交互に示され、本来「ビリー・サイドの家」に向けて発信されたはずの電話がジャック・ラビットによって受け取られたことが提示されている。このシークエンスによって表されているのは、やはり「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」という映画作品が受けている「コントロール」のことだ。

このコントロールが非常に強いものであることは、上記のシークエンスにおいてみられるように、本来ビリーにつながるはずだったスーの電話をいわばウサギたちが横取りする形になっていることからも明らかだろう。この「横取り」は、ウサギたちによる「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」に対する「介入」のイメージを伝えている。以前も述べたように最終的に「Rabbitsの部屋」につながる限りにおいて、この「電話」はもともと「物語展開の要請」を行うものではあるが、ウサギたちは放逸な「物語展開のエスカレーション」を許さないのだ。ウサギたちが目指すものは「受容者の感情移入の獲得と維持」を前提とした「作品=商品」の成立であり、それを実現するうえで「不要」である要素や「障害」となる要素を、作品から積極的かつ強力に排除する。前もっての排除がかなわず、たとえそれが作品の中ですでに起きた事象であったとしても、つまりすでに撮影されフィルムとして残されているシーンであったとしても、最終的には「編集」という手段による「削除」でもって排除を達成する。

ウサギたちの介入を受け、彼らのコントロールによって修正された「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」は、さらにその修正を踏まえた「物語展開」を要請する。その要請は、「シルクの布に煙草の火で開けられた穴を覗く行為」のインサート・カット(1:33:18)を挟み、またしても「Mr.Kのオフィス」における「人生相談」(あるいは「自分語り」)という「効率のいい物語展開」(1:33:26)という形で応えられることになる。だが、なぜここに「シルクの布に煙草の火で開けられた穴を覗く行為=映画を作る行為=映画を観る行為」のカットがインサートされなければならないのか?

まず思いつくのは、ウサギたちによって削除・修正された「物語展開」は「分断」を引き起こす可能性があり、それは同時に「心理展開の分断」を発生させる可能性をも意味するということだ。ナラティヴな作品が「物語展開と心理展開の連動」という特性を備える以上、この「分断の連動」もまた不可避であるわけだが、当然ながらそれは望ましいことではない。古典的ハリウッドの映像編集は、まずなによりも「作品に対する受容者の感情移入の獲得と維持」を目標として発達したものである。もし何らかの理由で「物語展開の修正」が行われるならば、それは「心理展開」を断絶させない形で、つまり「受容者の感情移入」を破壊しない形で行われるのが原則だ(もちろん、何らかの効果を意図している場合はこの限りではない)。

その原則が達成できない場合、「物語展開の修正」はときとして「心理展開の修正」をも伴わなければならない。「編集」による修正であるにせよ、抜本的に「物語展開」と「心理展開」両面の改変作業を行うにせよ、それは基本的に「映画を作る作業」に還元されていく。ここで「映画を作る行為」としての「シルクの布に煙草の火で開けられた穴を覗く行為」のイメージが提示されるのは、こういう意味合いにおいてだ。

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