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2007年12月10日 (月)

「インランド・エンパイア」を観た(X回目) (32)

ちょいと横道にそれて落穂拾い。

デイヴィッド・リンチの公式サイトで公開されていた作品に「Darkened Room」(2002)という短編がある(現在は公開終了済。DVD「DYNAMIC:01 THE BEST OF DAVID LYNCH.COM」に収録されている)。「シルクの布の穴」のモチーフは、この短編においてよりシンプルな形で登場している。

この短編には、ロスト・ガールの原型である「涙を流すブロンドの女性」が登場する。彼女の前にブルネットの女性が差し示すのが、自分が着ているスリップの裾に空いた「煙草の火による穴」だ。「シガレットバーン」と「シルクの布」そして「それに空いた穴」という要素がすでにこの短編で提示されているのだ。そればかりでなく、ブルネットの女性は「腕時計」についてもその台詞の中で言及すると同時に、涙を流す女性を言葉でいたぶる。まるで「インランド・エンパイア」を凝縮したような作品だともいえるが、それだけに、最初この短編を観たときにはなかなかそのコンテキストが読み取れなかった。しかし、「インランド・エンパイア」を観てしまったいま、これらのモチーフの表すものはそれなりに明らかのように感じられる。なにより、作品タイトルの「暗い部屋」が何を表すか、これはもう明確なのではないだろうか?

この短編が「インランド・エンパイア」と共有するアイデアはそれだけではない。「涙を流すブロンドの女性」を受容者に向かって紹介する役目は、その友人と称する日本人女性に託されているのだ。東京に住み、バナナについてアレコレを「英語字幕付き」の日本語英語で語るこのEthuko Shikata嬢は、なんらかの形で裕木奈江が演じた日本人浮浪者のアイデアとして発展して行ったと考えられなくもない。もしかしたら、Shikata嬢が語る「大量に産出され消費されるバナナ」とは、すなわち「ハリウッド映画」のことなのではないだろうか? もしそうならば、彼女の姿は「日本人の浮浪者がハリウッド伝説のごった煮を語る姿」にも重なる部分があるといえる。

また、この日本人女性の登場シーンに「泣いている友人が見えるか? 私には見えない (Do you see her? I can't see my friend. )」と受容者に向かって問いかけ自ら答える台詞がある。これは、「インランド・エンパイア」における老人たちとピオトルケのやりとりに出てくる「彼女がわかるか?(Do you recognize her?)」(2:02:11)と、まったく同一だといっていいだろう。こうして見る限りでは、「Darkened Room」で提示されている様々なアイデアやモチーフが、「インランド・エンパイア」の「核」のひとつとして発展していったことはまず間違いないように思える。

話が脱線ついでに、もう一発(笑)。2006年にアヴィッド・テクノロジー社(Avid Technology, Inc.)がリンチの協力を仰ぎ、「ROOM TO DREAM」という自社映像編集ソフトのプロモートDVDを製作して、無料で配布したことがあった。試しに取り寄せてみたら、日本まで本当にタダで送ってくれたのには驚いた。あの節はとてもお世話になりました。この場を借りてお礼申し上げます。

それはそれとして(笑)、このDVDにリンチ製作の短編がサンプルとして収録されているのだが、その製作がちょうど「インランド・エンパイア」の「裏庭でのパーティ・シーン」(1:43:37)の撮影と同時期であったらしく、当該シーンに登場する三人の俳優を使った作品になっている。「サーカスに行くはずだった男」を、二人の女性がからかい男性が逆ギレするこの作品も、やはり単体で観たときには何のことやらわからなかったが、今ならばやはりこれも、「サーカス」という「インランド・エンパイア」と共通したものに言及している作品であることが理解できる。その当時、この短編が「インランド・エンパイア」の一部ではないかという噂もあったが、ある意味では正しかったわけだ。しかし、そういう目で見れば、この男女のやり取りは、なんとなくサーカスからスーの元に戻ったピオトルケの図であるようにも見えてこないでもないのだが、どんなものだろうか(笑)。

こうして見ていくと、間違いなく「インランド・エンパイア」は何年にもわたってリンチが暖めてきたアイデアの集成であることがわかる。あるいは、この2本の短編と「インランド・エンパイア」の関係性こそが、リンチが繰り返し述べる「アイデア同士がくっつき、また新たなアイデアを呼びながら一本の作品となっていく過程」のいい実例であるといえるだろう。「リンチ・ワン」がこうした過程の実際を、またいくらかでも明らかにしてくれるかもしれないと期待している。

(横道は終わったけど、まだ続くのかしらん?)

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