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2007年10月28日 (日)

「インランド・エンパイア」を観た(X回目) (16)

あ、落穂、落穂(笑)。

リンチ作品に頻繁に登場するモチーフである「成立しない会話」について。お約束のように「インランド・エンパイア」においても、このモチーフがいろいろな形で表出している。

典型的なのが、ポーランド人老夫妻(キャスト表にはMr. Zydowicz、Mrs. Zydowicz)となっているとニッキー夫妻の会話だ(0:34:00)。

Nikki: (微笑みながら) What?
Mr. Zydowicz: [speaking Polish] You didn't understand what I said?
Nikki: (首を振って) Um, I don't understand.
Mr. Zydowicz: Mmm. You don't speak Polish.
Nikki: No.
Mr. Zydowicz: [speaking Polish] A half...
Piotrek: I-- I think she understands more than she lets in.
Nikki: But I don't speak it too, so...

このシーンでまず表出しているのは英語とポーランド語の「言語の違い」による会話の不成立だが、それよりも重要なのはスーとピオトルケの間の「会話の不成立」のほうではないだろうか。なぜなら、のちに登場する裏庭でのパーティでピオトルケが「サーカスに入る」と宣言するシーン(1:45:11)において、この「夫婦間の会話の不成立性」は変奏され、繰り返されるからだ。同時に、ここで挙げた二つのシーンは、「機能しない家族」というモチーフにもつながっていくように思える。それは、以前触れたキングズレイと照明係バッキーとの「成立しない会話」においても同じ……というより、むしろ問題が「トラブル=機能しない家族」に収斂していくことがもっともわかりやすく明示されているのが、この二人の会話においてであるといえる。

この視点でみていくと、前々項で挙げた「訪問者1」とニッキーの会話も、また「成立しない会話」の範疇に入るのかもしれない。かろうじて二人の会話は成り立っているようにみえるが、それは「訪問者1」の話す東欧訛りの英語が理解できるのと同じぐらいの意味合いにおいてだ。そして、訪問者1も「それは結婚についての話か?(Is it about marriage?)」あるいは「あなたの夫は関係しているのか?(Your husband. He's involved?)」とニッキーに問いかける(0:13:47)。「インランド・エンパイア」において、「成立しない会話」と「機能しない家族」のモチーフはなんらかの形でセットになって提示されている。たとえば「ツイン・ピークス」でのゴードン・コールがらみのシーン、あるいは「カウボーイとフランス男」のハリー・ディーン・スタントン演じる耳の遠いカウボーイによる同モチーフの表象あたりと比較して捉えた場合、より他のモチーフとの融合度……ひいては作品への融合度という点で緊密といえるのではないだろうか。

また、以前にも触れたように、「Rabbits」の各シーンにおいても「成立しない会話」は表れている。が、今までこの項でみてきたものとは違った表象の仕方をしているのは明らかだ。それは「成立しない会話」の実現形式にも表れている。この項で今まで挙げてきた「成立しない会話」が登場人物間の「言語の差異」「器質的問題」「情動的差異」などのいわば作品内起因によるのに対し、「Rabbits」のシーンでは意図的な「コンテキストの混乱(あるいは破壊)」という「記述の方法論」によっている。また、直接的に「機能しない家族」とリンクしているかというのも微妙だ。

「Rabbits」における「成立しない会話」は、シットコム(Sitcom = Situation Comedy)というフォーマットの強調として機能しているのではないか……というのが個人的な捉え方だ。つまり「Rabbits」のシーンにおいてまず優先されているのは、それこそシチュエーションや形式のほうであって会話の内容ではない。ここで「成立する会話」を用いることは、逆にその意図をぼやかすことになる。むしろ「Rabbits」の各シーンにおいて注目すべきなのは、映像によって示唆されるものなのではないだろうか。

(まだいろいろと落穂はあるのであった)

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