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2007年10月21日 (日)

「インランド・エンパイア」を観た(X回目) (11)

いつものよーに、うだうだと続くのであった(笑)。

それにしても、ピオトルケ(および訪問者1)によって成される「行為には結果が伴う(There are consequences to one's actions.)」という発言自体が(00:42:20)、出来事の因果律によって成立する「ナラティヴなもの」に対するリンチの言及を含意しているように思えてならない。また、訪問者2(および訪問者1)の発言にある「払われていない支払い(An unpaid bill that needs paying.)」(1:57:31)も、「伏線の回収」への言及を連想させる。そう考えると、このシーンにおいて訪問者2の「腕時計」がクローズアップで映されるカットが存在するのも、まったく不思議ではない。これは「映画=世界」が内包する「時間的制約=時間のコントロール」という命題の表れであり、訪問者2もまた「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」における「物語展開上の要請」を行っていることの表象ではないだろうか。

話が前後するが、ウサギたちによってもたらされる「ピストル=物語展開の要請」に対置されるものとして、ファントム=クリンプからもたらされる「スクリュードライバー=心理展開の要請」(2:00:28)の存在も忘れてはならないだろう。このスクリュードライバーよって表わされるものが、スーとドリスが互いに(あるいは不倫相手の妻がロスト・ガールに対して)対して抱く「悪意」であることはいうまでもない。

たとえば、ビリーの屋敷におけるスーとドリスを交えた修羅場(1:54:03)において、まずドリス*が想起するのは腹にドライバーを突き立てたまま警察官と話をする「娼婦の自分」である。そして、その「自分」が振り返った先にいるのは彼女を「魅了する」ファントムだ。次いでイメージはそのまま、ロスト・ガール(ポーランド・サイド)が同じくドライバーで刺されて横たわっているカットのフラッシュバックへと連鎖していく**。「スクリュードライバー=悪意」という「感情」と、それに刺される(心の)「痛み」を共有することによって、スーとニッキーとドリスとロスト・ガール(と不倫相手の妻)はつながっていくのだ。「ON HIGH IN THE BLUE TOMORROWS」において、そうした「感情」こそが心理的エスカレーションを促すものであり、そこに発生した「女性たちをつなぐもの」こそが「感情移入=同一化」に他ならない。

その時その時の映像で提示されているロスト・ガールやスー=ニッキーが、前掲の摸式図のなかのどのあたりにいるか……あるいは図中において彼女たちの意識が「位置移動」するに際し、どのような映像がそれに介在しているか。そうしたことを確認していくと、たとえば「Mr.Kのオフィス」が図中のどのあたりに位置しているであろうかも、漠然とみえてくる。そして、それにともなって、以前述べた「登場人物による垂直方向の視線の交換」がどのような位置関係においてなされているかも、なんとなく把握できはしないだろうか?

(まだ続くんだわ、これが)

*もちろん、ドリスもまた「機能しない家族=トラブル」の一員であり、かつ受容者・演技者にとって「感情移入=同一化」の対象であることは改めて言及するまでもないだろう。同様に、ポーランド・サイドにおけるロスト・ガールの不倫相手の妻も同じ立場であることが、この妻がロスト・ガールと並んで「ストリート」に立っているカット(2:11:00)によって明示されている。

**リンチがあらかじめシナリオを用意しなかったことを理由に「インランド・エンパイア」の解釈不能性を唱える意見が見うけられるが、それがいかに的外れであるかがこのシークエンスからもわかるだろう。撮影された映像はあくまで「素材」であり、映画作品のコンテキストは映像を「編集」することによって出来あがるものであることを、再度、指摘しておく。

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