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2007年9月30日 (日)

「インランド・エンパイア」を観た(X回目) (2)

ちょいと気になって、「インランド・エンパイア」における「主観ショット」の出現頻度なんぞ調べてみた。

ざくっと「前半」「中盤」「後半」に1時間ずつ三分割して、さてどういう分布になっているか。どーでもいいけど、こーゆーときに三時間の映画ってのは分けやすくていいですね(笑)。

一般的な映画の場合、最初はほとんど「主観ショット」というのはなく、中盤にかけて増えていき、後半はそれなりの出現頻度に収まる……というのが普通であるはず。要するに、最初は客観視点で登場人物の紹介をば行い、観客の感情移入がある程度できた中盤で主観ショットを使い始めてより感情移入を促進していき、後半では客観ショットと主観ショットを取り混ぜながら山場を盛り上げるっつーのが、まあ、「黄金パターン」であるかと思う。

リンチ作品の場合、客観ショットのフリしてるけど、実はこれは全部フレッドとかダイアンとかの主観視点なんじゃねーの? ってな問題点もあるのだけど、まあ、それはちょいと置いとく。同様に「インランド・エンパイア」では、ほとんど全編がロスト・ガールの主観ショットであるという言い方もできるわけなんだけども、話がヤヤこしくなるので、これもとりあえず横に置いとく。

加えて「インランド・エンパイア」においては、それがスーの視点であるのかニッキーの視点であるのか、はたまたニッキー=スー(あるいはスー=ニッキー)の視点であるのか、解釈によって判断が分かれるいう致命的な問題があるのだが、そこは独断と偏見で乗り切ることにする(笑)。

てな具合に、各種の棚上げが終わったところで、では具体的に見ていくことにする。

まず、「前半」。映画開始から1時間の時点で、現われる主観ショットのカット数は全体で「20」。登場人物別にみていくと、いちばん多いのが実はピオトルケの6回だったりする。次点がニッキーの4回、デヴォンの4回。ニッキーよりピオトルケの主観ショットの方が多いというのは意外だが、前項で述べた「混乱を意図したシーン」における「(プロップの方の)撮影カメラの代行視点」によってカット数を稼いでいる。そういう観点からみても、このシーンの特異性というか、それが意図するところは注目に値するのではないだろうか。

ついで、「中盤」。ここで主観ショットのカット数はぐんと伸びて「52」に増える。もっとも多いのがやはりスーの視点で、数にして46。パーセンテージで88%を越えるが、ここはスーの状態別に分けるなりして、より詳細にみていきたいところだ。

んでもって「後半」だが、総カット数にして「43」。前述の理由で誰の視点であるか判然としない箇所も多いのだが、一応、ここではスー(あるいはニッキー=スー)の視点による36を登場人物別の最大出現数としておこう。このなかには、前項で述べたスー(B)による視点も含まれている。依然として、後半全体の83%をスー(あるいはニッキー=スー)が占めていることになる。

全体として、主観ショットの出現パターンとしては、通常の映画作品とほぼ同一であることがわかる。意外といえば意外かもしれないが、このあたりもあるいはリンチ作品の映像特性を表す傍証のひとつとして理解すべきなのかもしれない。「ロスト・ハイウェイ」や「マルホランド・ドライブ」などとあわせ、機会があれば検証してみたい。

(続くと思うぞ)

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